連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 7話「鋭い男」(6)
7話「鋭い男」(6)
ボンヤリとゴナンのことを思いながら雲海を眺めるリカルドの横で、観光客と村のガイドの男性とが話を続けている。
「そういえば、ここ数日、紅白の煙が上がっていないなあ……」
「紅白の煙って何ですか? ガイドさん」
「ほら、少し遠くに低い山があるのが見えるだろう? 頂上が雲海の上に出ている。最近、あそこのてっぺん付近から不思議な煙が定期的に上がっていたんだよ。赤色の煙と白色の煙が一本ずつ、1日に何回かね。ずっと続くようだったら、霧以外の新しい名物になるかなと、村の人間と話していたんだけどな」
(赤と白の煙が1本ずつ……)
その会話を何となく耳に入れつつ、ボーッとその低山を見るリカルド。海にぽっかり浮かぶ小島のように、山の上部が霧から顔を出している。あの頂上付近には朝霧は及んでいないようだ。と、ここでハッと気付く。
(赤と白の狼煙……! まさか……)
「ガイドさん!」
リカルドは突然、すがりつくようにその村人ガイドに尋ねる。その勢いに驚くガイドと観光客。
「…何だ? ……おや、あんたは、昨日の迷い馬の飼い主さん……」
「その、紅白の煙は、い、いつから? あの山で…?」
「どのくらいかなあ? 俺たちが気付いたのは半月くらい前だが、もしかしたらその前から上がっていたかもな」
のんびり答えるガイドに、さらにリカルドが詰め寄る。
「あ、あそこは、誰か住んでいたりしますか…? それとも、無人の地?」
「山頂付近にラギオンという爺さんが1人で住んでいるよ。人嫌いで偏屈でな、霧が大嫌いだからって、朝霧が届かないあそこに隠棲しているんだ」
「ラギオン……?」
その名前に少し覚えがあったリカルド。
「ラギオン爺さんの仕業かと思ったんだが、この前、うちの村に住む義理の娘さんが様子を見に行ったときに尋ねたら、『泉の妖精の仕業だ』としか教えてくれなかったらしい。よくわかんねえが、だったら『妖精の祝福の息吹』っていう名で村の新たな名物にしようと思ってたんだけどなあ…」
そう残念がるガイド。そうなのねえ、と観光客も相づちを打ちながら聞いている。その脇をリカルドはビュンと駆け抜けて、らせん階段を駆け下り始めた。
(赤と白の狼煙は、僕らの間で決めた、僕らにだけ分かる合図だ。きっとそのラギオン爺の元にゴナンがいるんだ……! この地域には巨大鳥がいた。僕らが追いついてくれると、信じて……)
助けを求めて、一行に気付いてもらえるように、ひたすらに狼煙を上げていたのかと思うと、リカルドの胸はギュッと苦しくなる。転げ落ちる勢いでらせん階段を降りたリカルドは、見晴らし塔の麓にいた村人の女性に飛びつく勢いで尋ねた。
「あの…、小さな山に住むラギオンさんの所へ行きたいのですが、道を教えてもらえれば…」
「えっ、それは構わないけど、霧が晴れてからでないと道印が見えないから、迷ってしまうわよ」
尋ねられた女性は、そこまで口にしてはたと思いつく。
「ああ、そうだわ。だったら、この村に、ラギオンさんの亡くなった息子さんの奥さんが住んでいるんだけど、そちらに寄ってくれない? もしかしたら、何か届け物があるかもしれないから、ついでに届けてあげてほしいわ」
「…はい、それは、構いませんが」
「ああ、でもこの前、お孫さんの行商隊が行ったばかりだったかしら…。ひとまずご用伺いだけでも、していただけると助かるわ」
どうせ霧が晴れるまでは動けないのだから、ついでの用事を済ませるなんて、わけもない。女性の導きで一軒の家を訪れると、60代くらいの女性が迎えてくれた。
「まあ、お義父さんに届け物をしてただけるなんて、ありがたいわ。娘に託し損ねたものがあって。もうすぐ冬になるから、綿入れのジャケットを縫っていたのよ。この前顔を出したとき、いつも使っていた毛皮のマントをなくしてしまったようだったから。これを渡していただいていいかしら?」
「はい。確かに」
「私ですら、いつもすぐ追い返されちゃうから、あなたも心して行ってね。そうとうな偏屈爺さんなの。だからこそ、あんな作品が作れるんでしょうけど」
「……?」
「間違っても、職人だとか陶器屋さんだとか呼んではダメよ。あの爺さんは芸術家であることに、かなり誇りを持っているの」

(ラギオン、ラギオン……。その名は、まさか……)
リカルドは少しだけ爺の名に引っかかったが、荷物を受け取り、そして宿に戻って自身の荷物もまとめた。ゴナンと合流できれば、そのまま旅を続けられるからだ。霧が晴れる頃合いを見計らって、宿の主人に別れを告げ、チップを多めにはずんで、馬を走らせフースーの村を出た。
↓次の話↓
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