連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 1話「何か物足りない」(1)
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第四章 狼煙の先に
1話 「何か物足りない」(1)
「えっ、また?」
ナイフはリカルドの報告に、小さく驚きの声を上げた。リカルドは黒曜石のような瞳を曇らせ、暗い表情で頷く。
一行は、まだツマルタの街に滞在していた。リカルドが研究拠点として購入している小屋を、ナイフが訪問している。もと王国騎士で王子の護衛も務めていたディルムッドが加わり、家出中の王女であるミリアの護衛も安心の状態で、さあ、次の目的地を検討しよう、としていた一行。しかし、ここでまたゴナンが高熱を出してしまったという。そして咳は、前回よりも激しい。
「…ゴナンが製鉄に興味を持っていたし、少しでも自分でお金を稼ぎたがっていたから、昨日、工場街の方に連れて行って、数日の約束で製鉄所で日雇いの仕事を体験させてもらったんだけど…」
リカルドはそう言って寝室の方を見る。ゴホッ、ゴホッとゴナンの激しい咳が聞こえてくる。
「……今朝、起きたらまた熱が高くて、咳が以前よりもひどいんだ」
「………」
ナイフは寝室の様子を覗きに行く。ゴナンはナイフに気づき、慌てて体を起こした。途端に激しく咳き込み、そして息がゼイゼイと荒くなる。もともと華奢で小柄な体が、さらに弱々しく見える。
「ゴナン…。苦しそうね」
「……ゴホッ。ナイフちゃん……。ごめん…」
「どうして謝るの?」
ナイフは肩をすくめて微笑むと、ベッドサイドに座り、ゼイゼイと息するゴナンの背中をさすった。鋭く鍛え上げた男性の体躯をドレスに包み、優しい女性の心を持つナイフ。面倒見の良い性格で、すっかり一行の母のような立ち回りが身についてしまっている。
「息が苦しい? 喉が痛いの?」
「…ゴホッ…。喉は痛くはないんだけど、動いたりして息をしようとすると、なんか、苦しくて…。ゴホッ」
「…そう…。痛くないのなら、まだいいわね。咳止めを出してもらわなきゃね」
そう微笑んで、銀に近い金髪のゴナンの頭を優しくなで、寝せて寝室を出るナイフ。そしてリカルドと顔を見合わせ、小声で話す。
「……結構、ひどいわね…。前のがちゃんと治ってなかったのかしら?」
「いや…」
リカルドは、目にかかるほどの黒髪のくせ毛を揺らして、首を横に振った。
「今日も働く予定だったから、さっきゴナンの不調を伝えに工場の方にいったんだけどね。工場長さんが教えてくれたんだ。たまに、工場で働き始めると咳や鼻水がひどくなる人がいるんだって。『空気』が合わないせいじゃないかって話なんだけど…。でも、あそこまでひどくなる人はいないそうだ」
ちなみに昨日1日、ゴナンが日雇い作業で働いている間、リカルドはゴナンが心配でたまらず、父兄参観よろしく、ずっと工場に留まってゴナンの様子を見守っていた。その過保護ぶりにナイフはため息をつき呆れていたのだが…。
「……空気…」
以前、ストネの医者に聞いた話や、ゴナンの兄・アドルフの手紙を思い出す。ずっと自然の中で育ってきた人が、「街の空気」に障って体調を崩すことがあると…。
「確かに、工場の方は煙が立ちこめているし、空気が濁っている感じはしたものだけど」
「僕らは平気だけど、ゴナンにとってはあまりよくない環境なのかもしれないな…」
リカルドは腕を組む。『街の空気』に弱いというゴナンの体質のせいだったら、やはり、旅に連れ回すことが大丈夫なのかと考えてしまう。
(……それとも…。この前、巨大鳥を見た。もし、そのせいで起こった不幸だったら……)
「リカルド、ナイフちゃん……。ゴホッ、ゴホッ……」
と、ゴナンが寝室から顔を覗かせた。息がゼイゼイとなっている。
「ああ、ゴナン。寝てなきゃダメだよ。もうすぐお医者さんが来てくれるから」
「ごめん、俺がまた、足を引っ張って…。もう、巨大鳥、違う場所に行っちゃってるよね…」
3ヵ月もの間、巨大鳥に乗っていたミリアの経験を元に、1週間~10日ごとにエリアを動いては周回しているというルートを予測しているリカルド。しかし、一行がツマルタに滞在し始めてから、もう1ヵ月以上の時間が経っている。

「…慌てなくても大丈夫だよ。いろいろ、大変なことがあったんだから、仕方が無いよ」
リカルドが微笑んでゴナンの頭を撫でる。でもゴナンは、落ち込んだ表情だ。
「…ゴホッ。……でも、それも全部、俺のせいだし…。ねえ、俺を置いて先に進んでよ。治ったら追いかけるから」
「ゴナン…」
リカルドは優しく微笑みながら、ゴナンを寝室の方へと連れて行く。
「……僕はそんなことはしないよ。もし、その選択をするとしても、他の皆が先に行けばいいんだから。そもそも、次の行き先をまだ決めかねているんだよね」
「そうなの? ……ゴホッ、ゴホッ……」
リカルドはゴナンをベッドに寝せる。おでこに手を当てると、高熱ではあるが前回ほどではなさそうだ。
「うん。お医者さんが来たら、その後、宿の方に行って、皆にも相談してくるよ。君を一人にするようなことは、絶対にないから、ね」
「……」
ゴナンは申し訳なさげにリカルドを見る。リカルドは微笑んで、優しく頭を撫でた。
「ね、君は何も心配しないで」
「…うん……」
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