連載小説「オボステルラ」 【第三章】13話「1年前、そして」(6)
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13話 「1年前、そして」(6)
「それで、その犯人を殴り殺したの…?」
ナイフが、ディルムッドに尋ねる。ディルムッドはふう、と息をついた。
「殺した、……つもりだった…。しかし、奴の身柄を城に持っていった後、しぶといことに奴は息を吹き返したのだ。殿下の命は、戻らなかったというのに…。軍に身柄を預けたが、その後どのような扱いになっているかは知らない」
話し続けるディルムッドの横でずっと無言でいるミリアは、あの日、犯人を引きずって城へと戻ってきたディルムッドの姿を思い出していた。両手は血で真っ赤に染まり、胴にも顔にも返り血を浴びた、壮絶な姿。全身で泣いているかのようだった。それが、ミリアが見たディルムッドの最後の姿だったのだ。
「…最後の最後で、意気地が無かったのだ。結局、敵討ちすら果たせず、殉死もできず、どこまでも中途半端な男だ、私は」
「……」
「しかし、命を奪わなかったとは言え、心の弱さから自らを抑えられず、個人的に制裁を加えてしまったことには変わりは無い。騎士団にはもう、戻れない」
一同はしんと無言になる。まさか、将来の名王と嘱望されていたアーロン王子が、もう、この世に居ないとは…。
「…1年間も王子の死を公にしない理由は、何なのだろう? 高貴な方の死が一定期間秘されるというのは、たまにあることではあるけど、それにしても1年は長すぎる。ミリアは、国王陛下に何か聞いているの?」
リカルドがミリアに尋ねるが、ミリアは首を横に振る。娘にすら、その心の裡を明らかにしていないのだ。ディルムッドが補足する。
「……私には陛下のお心は分かりかねるが、もしかしたら対外的に明らかにしたくない思いがあるのかもしれない。特にエルラン帝国は、王に比べて女王を侮る傾向がある。それに、王族には似つかわしくない不名誉な死であることも、知られたくはない所だろう。弱みやつけいる隙を見せたくない、そういう事かもしれない」
「……」
重苦しい空気が、部屋を包む。何を語ればいいのか、継ぐ言葉さえ浮かばなかった。
ディルムッドが、その沈黙を破る。
「……こういうわけで、王太子殿下の死は、今のア王国が抱える最大の秘密と言っても過言ではない。くれぐれも、内密に願いたい。もし漏らした場合…、貴殿等に何か罰が与えられる可能性もある」
「……ディル…。わたくしが心を乱し、一方的に漏らしてしまったのよ。そんなこと……」
「殿下、経緯は関係ない。知られてしまったからには、仕方が無いのです…」
そう、静かにミリアに訴えるディルムッド。その言葉を受けて、ミリアは少し考えた…。
「…ねえ、ディル。だったら、情報が漏れないよう見張るためにも、わたくしのこの旅に護衛としてついて来てくださらない?」
「!」
ミリアのその提案に、一同はハッとなる。確かに、王女の護衛でこれ以上の適任はいない…。中でもナイフが、強く同意した。
「そうよ。元々、王族の護衛に就いていた騎士様なんだから、プロ中のプロじゃない! ディルが付いた方がいいわ! 間違いない!」
「ナイフちゃん、どうしたの、急に…」
その勢いにリカルドが驚く。ナイフとしては、ディルムッドが護衛に付いてくれれば自分はお役御免、ストネの街に帰れる、という目論見であった。
「…だって、王女様の護衛というだけでも大事なのに、将来の女王様の護衛ということになるなら、もう私の手には負えないわよ」
「……!」
そうだった、とリカルドはミリアを見る。王位継承権第二位であったこの少女は、兄が死した今、次期女王となる運命を背負っているのだ。
しかし、ディルムッドは首を横に振った。
「…いいえ。それはご容赦ください。私にはもはや、そのような責ある仕事を務める資格はないのです」
「資格だなんて…。あなたの力が必要なのよ」
「…殿下、私はまだ、あなたがこのように陛下に内緒で城を出られて旅をされている理由を聞いておりません。いや、理由がどうこうではない。すぐに城へ戻られてください」
「それはできません!」
ミリアが声を荒げる。凛とした良く通るその声に、ディルムッドはビッと姿勢を正し、押し黙る。職業病、とも言うべき反応である。少しの沈黙の後、ディルムッドは尋ねた。
「…なぜです…、殿下……」
「…だから言ったでしょう? サリーが居るから大丈夫だって。彼女が女王となる土台を作るため、わたくしは旅を始めたの」
「な…」
ディルムッドはそのミリアの言に驚き、唖然とする。確かにあの影武者は聡明で明るく、才気に溢れる少女ではあるが…。
「殿下、しかしそれはあまりにも…」
「お兄様は、周りに幸運をもたらす方だった。お兄様が国王になれば、その『幸運の星』によって、きっとこの国も、もっともっとよくなった。でも、わたくしが女王になると、絶対にこの国を傾けるわ。お兄様さえ死に追いやったこの『不運の星』が、きっと国民に降りかかる…」
「ですから、アーロン殿下の件は私のせいだと…!」
そう、声を荒げて、ディルムッドははっと我に返った。そして、はあ、とため息をつき、席を立ち上がる。
「……私が殿下の旅に同行しない以上、私はあなたの振る舞いにどうこうと言う資格はございません。ともかく…、話は以上です。失礼致します。まだ、警察による聴取があるようですので」
そう静かに言って、拠点を後にするディルムッド。エレーネはミリアを気遣う。
「…ミリア…。大丈夫?」
「……ええ…。1年も前のことだもの。お兄様とキールの死は、もう、わたくしの中では乗り越えていることなの。そして今、次の一歩を踏み出しているのだから…」
「……」
「……でも、やっぱり、思い出すと、哀しいわ…」
そう呟いて、涙をこぼすミリア。毅然とした態度をとり続ける、この小さくも強い王女の、少しの感情のこぼれをエレーネは受け止めた。ミリアの肩をそっと抱く。ミリアはそのまま、エレーネの胸で泣き続けた。
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