連載小説「オボステルラ」 【第三章】8話「石を運ぶ」(2)
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8話 石を運ぶ(2)
夜。晩御飯の時間だ。
いつものように皆から離れた場所で、支給されたパンをかじるドズ。と、微妙につかず離れずの位置にゴナンが座って、こちらをチラチラと見ながらパンを食べている姿が目に入った。
「……おい…。中途半端に近寄るくらいなら、こっちに来い」
「……!」
ゴナンは、無表情ながら少し嬉しそうな光を瞳に宿して、いそいそとドズのそばに来た。そしてパンをかじりながら、惚れ惚れとドズを見上げる。ドズは少しこそばゆい。
「…お前、名前は?」
「あ…。ゴナン、です…」
そういえば、ここに来て初めて名を尋ねられたことに、ゴナンは気付いた。個々の名前すら求められない場所なのだ。
「ゴナン、お前はどうして、体を大きくしたいんだ? 強くなりたいのか?」
ドズは、少し声に力を入れてゴナンに尋ねる。低く、腹の奥に響く声だ。
「……はい…、そうです。力も強くしたいし、剣も、扱えるようになりたい…」
「なぜ? 誰かを倒したいからか? 自身の体の大きさや強さを誇示したいのか?」
「いや……」
ゴナンは少しだけ目を伏せる。
「…別に、誰もやっつけたくはないけど、剣を振りたいのは、いざという時に、ちゃんと護れるようになりたいから、です…」
「……護る…」
「それに、子どもの頃に読んだ、絵物語の騎士が、カッコよくて…。村には本が少なかったから、俺、絵物語、その1冊しか、読んだことないし……」
「……」
「体を大きくしたいのは、そうなれば、俺はもっといろいろ、役に立てる、から…です……。ドズさんみたいになれれば、俺もたくさん働いて、お金も、稼げる…」
「お金を稼ぎたいのか? 何か欲しいものでもあるのか?」
「…いえ…。俺は、迷惑掛けてばかりだから、せめてお金くらいは自分で稼いで…、俺も、支えたいから…。それくらいできないと、俺は何も、価値がないんです…」
そこまで話して、ゴナンはうつむく。でも、ここでいくら稼げたとしても、リカルドに会える日は来るのだろうか。もうゴナンを見限って、次の旅に出てしまうに違いない。巨大鳥はゴナンを待ってはくれないのだ。
少し落ち込んだ様子のゴナンを見て、ドズはポンポン、とゴナンの頭を撫でた。
「……価値がどうとかは、よく分からないが、ここで働きながら体を鍛える方法はあるぞ」
「……!」
ゴナンは顔を輝かせる。ナイフに教わった鍛錬方法はあるが、あれをやってしまうと疲れ果てて、仕事にならなくなってしまう。
「…例えば、今、お前がやっている石運びがあるな。そのときも屈み方を工夫するんだ。こう、膝を張って、足を直角に曲げるようにしながら…」
そう言いながら、スクワットの体勢で石を拾う姿勢を示すドズ。ゴナンも立ち上がって、すぐに真似をする。
「楽ではないが、体の中心と脚を鍛えられる。石を握るときも、重い石をこういう風に持って、それで握力を鍛えられるな。持ち方を間違えると筋を痛めるから、気をつけるんだぞ」
「うん……」
「あとは、常にヘソの下の辺りを意識して動くんだ。ここ、丹田だ」
そう言って、ゴナンのヘソの下を軽くはたく。すぐよろけて、尻餅をついてしまうゴナン。ふふっ、とドズが微笑む。
(…あ、やっぱり、優しい…)
髪と髭で見えにくいが、笑顔から優しさがこぼれだしたように感じた。でも、優しいと言われることを、ドズは厭っているようだ。
「坑から石を外に運び出す役につけば、またいろんなことができる。背負いカゴに石を入れて、こう、腰の位置を低くしながら大股で歩いて行ったり…。スクワットもいいな。レールの上で車を押すのも、足腰の鍛錬になる。俺がやっている岩を割る作業は、全身を鍛えられるし握力にも繋がるから、体を鍛えるのには最も適しているのだが、あれはツルハシを持たせるから長く居る者にしかやらせないし、そもそも力が強い者の担当だからな…」
ドズがブツブツと、鍛錬方法について考えを巡らせている。ゴナンは少し呆気にとられてドズを見ていた。ドズははっと我に返る。
「……おっと、ついつい…」
そうして、少し遠い目になった。
「俺には弟がいたんだが、昨年、殺されてしまってな…。あいつは筋肉がつきにくい体質で、ゴナンと同じようなことを言っていた。筋肉をつけて、しっかり護れるようになりたいと」
「……弟さん…」
「弟によく、鍛錬のアドバイスをしていたんだ。つい、思い出してしまったよ」
「……」
殺された…。ギャングの抗争、というやつだろうか。ゴナンは哀しそうな瞳でドズを見上げる。
「…余計なことを話したな。忘れてくれ。とにかく、ここで働きながらでも、できることはある。ただ、あまり過ぎると見張りに怒られるから、ほどほどにな」
「……はい…、ありがとうございます」
「さあ、早く寝ろ。なるべく睡眠時間を多く取るのも、体を大きくするのに大事だぞ」
ナイフと同じアドバイスを口にするドズ。ゴナンはナイフを懐かしみ、少し辛そうな瞳になりつつ、ペコリと頭を下げて、自分の寝床に戻っていった。
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