連載小説「オボステルラ」 第六章「彼方に見る」 1話「冬のシャールメールにて」(5)
1話「冬のシャールメールにて」(5)
談話室は日当たりの良いサンルームのようになっていて、今は夕暮れに沈む街の景色を大窓が切り取っている。向かい合わせで椅子に座る2人。
「今度はゴナンについての何の相談なの?」
ナイフはリカルドにそう切り出す。身体的には男性だが女性の心を磨くナイフは、その面倒見の良さも相まって一行の母的な役回りになっている。こと、この腐れ縁のリカルドに関しては、何かと無茶振りや相談を持ちかけられがちだ。
「えっ? どうしてゴナンの件って分かったんだろう?」
「あなたがそんな深刻な表情するのは、ゴナンのこと以外ありえないじゃない」
呆れたように答えるナイフ。そして、リカルドの手に握られている手紙に気付く。
「あら、手紙? もしかして、ゴナンのお兄さんから届いたの?」
「あ、いや、残念ながらそれはなかったんだけどね……」
そう呟いて、情報屋からの手紙をナイフに渡すリカルド。ナイフはそれにパッと目を通す。
「……クリストフ・フィッシャーの生家がシャールメールにあることを確認した。現在の家族構成は以下の通り……、住所は……」
その報告書を見て、ナイフは首を傾げる。
「……で?」
「えっ? だから、クリストフさんの実家がこの街にあることが分かったんだよ」
「だから、そのクリストフさんって誰よ。全く意味が分からないんだけど」
「あっ……!」
そういえば、ウキのクラウスマン邸の書斎でゴナンが父の名前をなんとか搾り出し、ジョージが古い記録からゴナンの父らしき名前を探し出した件を、ナイフには話していなかった。慌てて経緯を説明するリカルド。
「あなたねえ……。流石の私も、聞いていないことまで分かるわけないじゃない。魔法使いじゃあるまいし」
「そうだよね……。つい、ナイフちゃんは何でも知っているような気がしてて」
そう頭を掻くリカルドを、ナイフは睨むように見ながら続ける。
「で?」
「えっ?」
腕を組み、諭すように問いかけるナイフ。
「一体、何を私に相談したいっていうの?」
「そりゃあ……、その……」
訊かれて、目線を下げるリカルド。
「……僕はこの情報を握りつぶそうと思っているんだけど、本当にそれでいいのかなと思って……」
「はあ?」
ゴナンにどう知らせようか、という相談を想定していたナイフは、さらに呆れる。
「握りつぶすんだったら、最初から調べなきゃいいじゃない。ゴナンは別に興味持ってないんでしょ?」
「そうなんだけど、でも、やっぱり気になるし、自分のルーツは知っておいた方がいいのかなと思って」
「……だったら、知らせればいいじゃない?」
「……でも、やっぱり、知らせちゃうと、その…」
「……ゴナンがこのお家に行きたい、って思っちゃって、ゴナンが自分の元を去ってしまうかもしれないから、知らせたくないっての?」
「……」
「相変わらず、自分勝手な男ね……」
もう、リカルドの前ではため息しかつけなくなってしまったかのようだ。少ししょんぼりとしたリカルドは、しかしぐっと拳を握りしめて続ける。
「……僕は、自分の父のことは、そこらの虫けらよりも100倍価値のない男だったと蔑んでいるし、母はフースー村の朝霧よりも薄い存在だし、自分の血筋のことも恨んでいるけど……」
「……」
「……『普通』の人は、やっぱりお父さんお母さんのこと知りたいとか、おじいちゃんおばあちゃんに会いたいとか、自分の祖先はどんな人だろうとか、そういう風に思うものなんだよね? 僕はよくわかんなくて……」
「……」
ナイフはじっとリカルドの表情を観察する。思っていることと言っていることとやっていることがまるで合っていない、チグハグだ。そして本人も、本当にどうしてよいのか分からない様子だ。
「……まあ、『普通』は知りたい人も多いでしょうね。でも、ゴナンがそうだとは限らないわよ。現に、そんなに興味を持ってる様子じゃないんでしょ?」
「うん……」
「でも、ゴナンのためには、情報は与えた方がいいと、あなたは思っているのね?」
「うん……」
ナイフは、リカルドの思考を整理させるように続ける。
「知ってしまった以上、握りつぶすというのは、あなたの精神衛生を考えてもよくないわ。それに、このことを知ってどう判断するかはゴナン次第よ。あなたにできることは、この情報をゴナンに提示して、そして彼が選ぶ道を応援してあげることじゃないの? 今までと一緒よ」
「……うん……」
「……ただ、お兄さんの返事の手紙がきてない以上、そのフィッシャー家がお父さんの家だって、まだはっきりわからないんでしょ? むしろ、違う可能性の方が高いくらいじゃない。それを待ってもいいんじゃない?」
「……うん、そうだね……」
リカルドが妙に素直に首を縦に振り続ける。本当に図体だけ大きなお坊ちゃまだこと、とナイフはため息をついた。

「何よりもまずは、ゴナンの回復よ。この街に来た途端、あんなに弱ってしまうなんて、正直、旅で連れ回して大丈夫なのか心配になっているんだけど」
「……!」
その言葉に、またリカルドがシュンとなる。ナイフは帰るために立ち上がりながら、さらに呆れたように大きなお坊ちゃまを眺めていた。
* * *
シャールメールの閑静な住宅街。複数階のアパルトマンが建ち並び、貴族街を除けば比較的高級な住宅地だ。その中の一軒、5階建てのアパルトマンの4階へと上るナイフ。上層階は良い部屋ではあるが、階段での移動がなかなかに大変だ。すでに外は夕闇に沈んでいる。
「ただいま。ああ、お腹空いたわ」
ナイフはそう言いながら部屋に入りリビングへと進むと、皆は食事を済ませた後らしく、ちょうどエレーネがお茶をしていた。ナイフの様子を見て、ふっと笑みを浮かべる。
「……何?」
「いえ、なんというか……、よくわからないけど、本当、いろいろ、大変ね」
「まあ、他人事みたいに」
肩をすくめるナイフ。かくいうエレーネも、いつもミリアの『引きの悪さ』の影響を一手に受けているのだが……。
「ナイフがいないと、本当にどうなってしまうのかしら?」
「でも、それはきっとお互い様だと思うわよ」
そう言って2人は、互いを労るような笑みを浮かべた。
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