連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 9話「どちらが先か」(7)
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9話 「どちらが先か」(7)
しかし、この日はこれ以降、誰も巨大鳥の姿を見ることはなかった。空を飛べるルチカが巨大鳥にかなり迫っていたことに焦りも感じるが…。
(ただ、今までもずっと空から追いかけて、帝国へも行っているようなのに、それでも巨大鳥と接触できていないようだ。相当に巨大鳥は逃げ足が早いようだな…)
夕方、屋敷に戻りながらもリカルドは考えていた。そうなれば、自分たちは違うアプローチ方法を取るだけだ。とはいえ、そもそも、空を飛ぶなんてことは真似のしようもないのだが…。
「お帰りなさい」
馬を馬小屋へとつなぎ、一行が屋敷へ戻ると、ミリアとエレーネが出迎えてくれた。
「ただいま。今日、早速、巨大鳥を見たよ。ナイフちゃんが」
「まあ!」
「すぐ、逃げられちゃったけどね」
ナイフが肩をすくめる。
「…あと、ルチカとも会ったよ。やっぱり空を飛んできた」
「飛んできた…」
リカルドの報告に、エレーネが信じられないように首を振る。
「なんというか、あの子はいろいろと規格外ね」
「いや、本当にすごかったよ」
リカルドは、ルチカが語った機械の発明に関するあれこれをミリアとエレーネに伝えた。ミリアが「…そんなすごい技術を持つ機械士が我が国にいるなんて…」と感激する一方で、エレーネは少し首を傾げる。
「? どうしたの? エレーネ」
「…いえ…。ルチカはそんな風に何でも自分で作れるし、自分が望むものに向けてなりふり構わず単独で動ける行動力もあるし、ディルやナイフまで手玉に取れる武芸もあるし、王城に出入りできるコネクションもあるし、おそらく頭の回転も速いし…」
「ああ、そうだね。それに、見目も美しくて、女装バーに勤めたらトップもとれちゃうコミュ力もあるし、まあ、なかなかハイスペックな人物だね」
「…そんな彼が、一体、卵で何を叶えようとしているのかと、ちょっと不思議に思って」
「…!」
そのエレーネの言葉に、一同はハッとなる。
「…確かに、よくよく考えると、嘘か誠か分からないおとぎ話を信じるタイプではない気がするわね。どちらかというと、真逆のタイプ。自分で何でも切り拓いていくような…」
ナイフも同意する。確かに、そこには妙に違和感がある。しかし…。
「…そんな彼が必死に追うってことは、ますます、巨大鳥と卵の伝承に信憑性が出てくる材料だと捉えてしまうな、僕は…。ルチカは僕らより、随分と卵のことに詳しそうだし」
リカルドは黒曜石のような瞳の奥を暗く光らせて、そう口にした。
「…今日はマリアーナさんと私で一緒に夕食の準備をしたのよ。ひとまずは食事にして、休んだら?」
エレーネがそう、皆を労る。ゴナンは少しそわっとしたようだった。
* * *
「ほお…。本当に、この近辺に巨大鳥が今いるんだな?」
夕食の時間。一行と夫妻が共にテーブルに着くのがすっかり恒例になっている。ジョージが感心したように、リカルドに尋ねた。
「ええ。実在しますし、背中に人も乗っているんです。今までの分析通りだと、この地域の水場を周回して水を飲んで回っていると思うんですが…」
「いやあ、驚いたなあ…。しかしそうなると、この街に来たら何か不幸が起こったりするのかねえ、ふふ。私は信じちゃいないけどね」
「それは…、どうでしょう…」
リカルドははっきりとは答えられない。これまでも、巨大鳥が現れた場所では『それらしきこと』が起こってきているからだ。
「…もし、街の方に巨大鳥が現れたら、この街の人々は混乱するでしょうか?」
「うーん、どうかな? ここではあまり、巨大鳥の伝承のことは耳にしないね。大きい鳥に驚きこそすれ、それで不幸がどうのこうのはなさそうな気がするがな」
「そうなんですね」
「だからこそ、あの遺跡の壁画のことも、街の者はたいして気にしていないんだ」
「あ、ゴナン。あのお肉も取ってあげようか?」
「…えっ? あ、うん。ありがとう」
遺跡の話題が出た途端、話題を変えるリカルド。この妙な無意識の反応にも、一行はすっかり慣れてしまった。ふっと苦笑いを浮かべるジョージ。
「しかし、その空飛ぶ男とはなんとか仲良くなれないのか? 氷っ子。気象学者にとっては、空が飛べる機械なんて喉から手が出るほど欲しい代物だぜ」
「うーん…。仲良くなれるかどうかはともかく、あれはかなり訓練しないと飛ぶのが難しそうな道具に見えました。その、先生のような、お年を召した…」
「…くたびれたじじいには難しそうってことか。まあ、私自身が飛ばなくても、飛べる奴があれこれ調べてくれるだけでもいいんだがな」
「…まあ、あれは、若者でもかなり難しそうです。僕もたぶん、扱える気はしません」
苦笑いするリカルド。
…と。
「…!」
突然、ナイフがガタン、と立ち上がった。そして自身の手元をじっと見ている。脂汗をかいているようだ。
「…っ」
何かをこらえる動作をするナイフ。
「ナイフちゃん? どうしたの? 大丈夫?」
「…ええ、大丈夫よ…」
心配そうにするゴナンに笑顔で答えるが、少し苦しそうだ。そしてミリアに尋ねた。
「…ねえ、ミリア…。もしかしてあなた、今日、夕食作りのお手伝い、した?」
ミリアはすっと背筋を伸ばして答える。
「ええ! マリアーナさんに教えていただいて、パイを1つだけ作らせてもらったわ。わたくし、お料理、初めて作ったの。時間がかかったけど、思いのほか良くできたと思うのだけど」
「え、いつの間に?」

エレーネが驚き慌てる横で、ナイフは何とか笑顔を保ったまま、プルプルと席を離れた。
「そう、それは良かったわね…。…私、ちょっと、お手洗いへ。失礼するわね」
「……」
ナイフの取り皿には食べかけのミートパイがある。その皿を見つめ、何が起こったのかを何となく察して無言になるリカルドとエレーネ、ディルムッド。ここで、ゴナンがぽそりと小声で呟いた。
「…そういえば今日、ナイフちゃんだけが、巨大鳥を見たよね…」
「…!」
リカルドはじっと、皿のミートパイを見つめた…。
「…どうだろう…、この件は巨大鳥というより、ミリアのせいというか…。あ、いや、『不運の星』のせいではないよ。いや、でも、なんというか、ただ運が悪かっただけというか…、いや、だから『不運の星』ではなく、その…」
少し表情を暗くするミリアに気を使いながらも、今まさにナイフだけに起こった「不幸」について、リカルドは少し思案していた。
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