連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 16話「祭の夜」(4)
16話「祭の夜」(4)
リカルドは、夫妻への嘆願を続けた。
「…その…。でも、養子とまではいかなくても、ゴナンを、ここで暮らさせてはいただけないでしょうか? 正直、僕との旅に連れ回すよりも、ゴナンにとっては、それが遙かに良い選択だと思うんです…」
「……」
そう口にして頭を下げるリカルドに、また顔を見合わせる夫妻。リカルドの肩が震えている。本当は、絶対に口にしたくない言葉なのだ。
「…リカルドさん…」
マリアーナが立ち上がってリカルドの脇へとやって来て、肩にそっと手を添えた。
「…リカルドさん。もし、その方が良いというのなら、うちはゴナンさんを受け入れるのは構わないわ。何度も言うけど、人気が多い方が私達は嬉しいもの。それがあんなに良い子だとなれば、なおさらね」
「…でしたら…」
リカルドはそう、顔を上げてマリアーナを見る。マリアーナは少し寂しげに笑った。
「…でもね? それは、本当にゴナンさんが望んでいることなのかしら?」
「…え?」
「…あなた、この件でゴナンさんと、きちんと話をしているの?」
そう問われて、リカルドはぐっとうつむく。
「…いえ…。まずは先生方の了承をいただいてから、と思っていたので…。それにゴナンは、エドワードくんのような暮らしをうらやましいって言っていたし、この街でかつてないほど楽しそうに過ごしているから、聞くまでもないと…」
「……お前なあ…」
ジョージがさらに嘆息する。かなりの呆れ顔だ。
「…お前さんの中で何がどうなってこういう結論に至ったのかはわからねえが、私の目から見ると、ゴナンはお前さんがいるから、安心して楽しめているように見えるがな」
「…え?」
「子が親の元で安心してやんちゃできるのと一緒だ。ゴナンがこの街で勉強を楽しめるのも、おいしいご飯を思いっきり食べられるのも、時にはお前の元から離れて友達のところに遊びに行けるのも、お前さんが見守っているからこそ、だろう? お前に甘えて大丈夫だと分かっているからだ」
「…?」
リカルドにはその理屈がよく分からず、首を傾げる。ジョージは肩をすくめた。
「…まあ、それこそ、お前さんには理解は難しいか…。ゴナンも、表だって甘えるのは苦手な様子だしな」
「…すみません…」
「…ともかくな。ゴナンがもし本当にそう望んでいるというのなら、私達は受け入れる。そのためにも、きちんとゴナンと話すんだ。そして、ゴナンの口から、うちで暮らしたいという言葉を聞く。それが、うちがあの子を受け入れる条件だ」
「…はい…」
(…それは、そんなに難しい話ではない。僕が一度きちんと話せば、きっとゴナンはそう望むから。ただの、確認作業だ)
辛い面持ちでそう考えるリカルド。マリアーナはその表情を見て、慰めるように声を掛ける。
「…でも、リカルドさん…。あなたはそれでいいの? とても辛そうだわ…」
「…僕が辛いのなんて、どうでもいいんですよ。あと4年ちょっとで終わる僕の人生と、これから無限の可能性が拓いているゴナンの人生、どっちを重視すべきかなんて、検討の余地すらありません。僕がいくら苦しもうともそれはすぐに終わるし、そのことには何の意味もないんです。意味があるのは、僕が死ぬこと、ですから」
「リカルドさん…。そんなことを…」
いつもの冷笑を浮かべるリカルドに、マリアーナは泣きそうな顔になってジョージを見る。
「…氷っ子…。今回、ここに来てからのお前さんの様子を見て、私達はちょっと嬉しかったんだ」
「…嬉しかった?」
「ああ、そうだ。ゴナンはもちろんだが、ナイフちゃんやミリアさんや…、他の者とのふれあいが自然で、いつもの能面みてえな薄気味悪い笑顔がうっかり剥がれ落ちていて、とても『人間らしい』と思ってな。そんなお前さんを見ることができて、どこか、ホッとしていた気持ちもある」
「人間らしい…」
「……お前さんは、無駄だ意味がない、ゴナンの方が大事だというかもしれねえが、それでも私達は、お前さんにも幸せな人生を全うしてほしいんだよ、リカルド」
「……」
「たとえあと4年で死ぬと分かっていても、それまでを心穏やかに、できれば楽しく生きてほしい。そして、『ああ、悔いのない人生だった』って笑いながら、彼方へと渡ってほしいんだ…」
ジョージはそう言って、少し微笑んでリカルドの漆黒の瞳を見つめた。いつものように皺くちゃの笑みだが、その皺1本1本に哀しみを湛えている。

「…悔い、なんて…」
「…お前さんがあの子と一緒にいたいのなら、その気持ちに素直に従えば良いじゃないか。ゴナンの人生にとって良いか悪いかなんて答えは分からねえし、それを考えて選ぶのはゴナン自身だ。お前さんはお前自身の人生にとって良いか悪いかを考えて、自分の思うままに進んだっていいんじゃねえか?」
「……」
リカルドは目を伏せた。夫妻から伝わってくるまっすぐな思いが、リカルドの胸の内にざわめきを起こす。しかし、リカルドは右手でぐっと自身の左腕を掴み、そして搾り出すように答えた。
「…でも、すぐに死ぬ僕のわがままで、ゴナンの人生を縛り付けるには…」
「…………。そうか…」
ふう、とジョージはしばし目を閉じ、イスの背もたれに寄り掛かる。
「……まあ、何にせよ、ゴナンがどう答えるかだ。その返事を、明日にでも聞かせてくれ。お前ではなく、ゴナンの口からな」
「はい。…ありがとうございます…」
リカルドは立ち上がって伏し目のまま頭を下げ、そして2人と目線を合わせないまま書斎を後にした。「やれやれ…」と深く息をつくジョージ。マリアーナは涙をこぼしている。
「おいおい、マリアーナ…」
「ごめんなさい…。私が泣いたって仕方が無いんだけど、でも、やっぱり、リカルドさんがかわいそうで…」
「そうだな…。どうにもならねえのかな…」
巨大鳥を必死に探しているようでいて、もう、どこか諦めてしまっている。そんなリカルドに、夫妻はやるせない思いを抱えた。
「…まあ、そもそも、ゴナンが氷っ子の元を離れたがるわけはねえだろう。誰が見たってそれは明らかなのに、あいつはなんで、それがわかんねえんだろうな?」
「本当ね。あんなに賢い人なのに、不思議だわ…」
「ゴナンが今まで通り一緒にいて、あいつの人生を楽しく彩ってくれるさ。それに、巨大鳥の卵だとか、壁画だとか、何かが変わる兆しがある。事情はよく分からねえが、王女様が一緒に旅をしているっていうことだって、普通じゃあり得ないことだしな。もしかしたら、それが良いように働くかもしれないだろう?」
「ええ、そうね…」
そう呟いて、マリアーナは涙を拭き、立ち上がってジョージに背を向け、窓の外を見上げた。
「…でも、ゴナンさん…。あの心根の優しいまっすぐな子が私達の子どもになるなんて…。ちょっとだけ夢を見ちゃった」
「……」
そう言って少し哀しそうに目を伏せるマリアーナ。ジョージも寄り添い、肩を優しく抱いた。
「…まったく、妙な期待を持たせやがって、罪作りな奴だよ、リカルドは…」
そんな下界の人々の心のざわめきも知らず、彼方星は無遠慮に紅い光を落とし続けていた。
↓次の話↓
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