連載小説「オボステルラ」 【第四章 狼煙の先に】 16話「祭の夜」(3)
16話「祭の夜」(3)
祭の日の夜。
本当に全身全力で楽しんだのだろう。ゴナンは屋敷に帰って来るなりウトウトとし始め、なんとか寝間着に着替えてそのままベッドに潜り込んでしまった。充実感で満たされた寝顔。いつものようにベッドの隅っこで寝ているゴナンの体を中央へと動かしながら、リカルドは優しく微笑む。ミリアもすぐにバタンキューだった様子だ。
ちなみにエレーネも屋敷に戻ってきているが、ディルムッドとナイフは街の人に誘われて、祭の打ち上げの仲間入りをしているようだ。
「先生」
間もなく夜11時。寝支度をしようと廊下を歩いていたジョージを、リカルドが引き留めた。
「おう、どうした、氷っ子。祭で興奮して寝られねえか?」
「あ、いえ、そういうわけではないんですが。ちょっと、改めてご相談したいことがあって…」
「…?」
「できれば、マリアーナ先生もご一緒だと、ありがたいんですが…」
そう、意を決したような表情で依頼するリカルドに、ジョージはふう、と息をつく。
「…マリアーナを呼んでくるから、書斎で待ってな」
「はい…」
リカルドは頭を下げて、先に書斎へと入る。発光石の照明を1つだけ点けて、窓ぎわのイスに座り、ボンヤリと窓の外を眺めた。今日も彼方星が赤々と、そのとげとげしい光を落としている。
「あらあら、どうしたの? こんな夜中に人妻を誘うなんて」
と、いたずらめいた笑みを浮かべながらマリアーナが入ってきた。「おいおい」と苦笑いしながらジョージも続く。リカルドはふふ、と笑い、立ち上がって2人を迎えた。
「…すみません、お疲れのところ。もしかしたら、あと数日でこの街を出立することになるかもしれないので、早めにお願いをしておきたいと思って…」
「巨大鳥がこの地を離れるかもしれないからか…。しかし今日、鳥の姿と、卵男とやらを見たんだろう? 残念ながら私は見逃しちまったが」
そう言いながら、自分のデスクの席に座るジョージ。マリアーナもその横に自身のイスを持ってくる。
「ええ…。これまでのルーティンだと、鳥がこの地域にいるのは長くてもあと1週間程度だと思います。それまでに僕らが巨大鳥と接触ができれば、また状況は変わるかもしれませんが。感触としては、かなり近づけているような気もしますし」
「そうか…」
少し寂しそうな表情になる夫妻。リカルドはその様子に、不思議そうな顔をする。
「…リカルドさん。私達には血を分けた子どもはいないけど、教え子達はみんな、我が子同然なの。もちろん、あなたもそうよ」
「そうだぜ。しかも、随分と愉快なお友達をわんさか連れてきてくれてな。屋敷がこんなに賑やかだと、楽しいものだ。この日々がもうすぐ終わって、また元通りの静かな屋敷になっちまうのかと思うと、なんだかな」
そう微笑む夫妻に、リカルドはぐっと目に力を込めた。
「…先生…。その…。僕らがこの屋敷を離れる日が来ても、ゴナンはここに残していきたいと思っているんです…」
「ん? ゴナンを?」
「……、先生。ゴナンを養子として、迎え入れていただけないでしょうか?」
「は?」
そのリカルドの申し出に、夫妻は驚いて顔を見合わせた。リカルドは泣きそうな気持ちになりながら、じっと夫妻を見つめる。呆気にとられて、しばし無言になる2人。
「…いや、待て待て…」
「…ゴナンはあの通り、まあ、無愛想ではあるけど、とても素直で心の優しい良い子でかわいくて、勉強への意欲も高いし学ぶことが好きだし、働き者だし、身の回りのこともよくできるし、面倒見も良いし、物覚えも良いし、狩りも上手だし、目標に向かって愚直に頑張り続けることができる胆力もあるし、無表情に見えるけど実は表情が分かりやすくて、それがとてもかわいくて、本当に良い子で、もう、その、かわいくて、先生方の養子になるのに不足はないと思います。年齢はもう15歳ですが、これから成人までの数年間が大事で…」
「…いや、あの子がとても良い子だというのは、もちろん同意する。お前さんがあの子を、とてもかわいく思っているのもよく分かったが、しかし…」
「…ここなら、ゴナンは大好きな勉強が思い切りできるし、良い友人もたくさんできていて、少年らしく遊べます。たぶん飢えることもないでしょうし、『街の空気』が障ってこれ以上体調を崩すこともなさそうです」
「……」
「ゴナンを引き取ることで必要なお金が増えるでしょうから、それは、僕がきちんと補填するので…」
「いや…、お金の問題ではなくてな…」
「…お願いします…。ゴナンは、『普通の暮らし』に憧れているんです。その羨む気持ちが、エドワードくんとの行き違いの原因にもなった程で」
「それは、そうだとしてもだな…」
「……ゴナンの人生のためには、僕の元ではなく先生方の元で暮らすことが一番だと、僕は思うんです。先生、お願いします…」
「…だから、待てと言っているんだ。聞きなさい、リカルド」
畳みかけるように懇願してくるリカルドの言を、ジョージが語気を強めて止めた。ハッと口を閉じるリカルド。ジョージは苦笑いだ。

「……お前さんがそんなに、泣きそうな面を見せるなんてな。本当に、長生きしてみるもんだぜ」
「……」
「ゴナンが良い子だというのはよく分かっているし、私達もゴナンのことはとても気に入っている。しかしな、氷っ子。そもそも、あの子は天涯孤独の身というわけではないだろう?」
「………、…あっ」
「あの子の故郷にはきちんと実家があって母親がいて、成人している兄が4人もいるんだろう? 歳の離れた長兄は、ほぼ父代わりらしいじゃないか。故郷を出てきてはいるが、勘当されたわけでも縁を切られたわけでもねえ。それを、お前さんの勝手な判断で養子にだなんて、流石にそうはいかねえだろう」
「……」
「……家族の絆というものを、甘く考えすぎだぜ。まあ、お前さんにそのことへの理解を求めるのは、少し酷かもしれねえが…」
「……」
リカルドは頭を抱える。この夫妻がずっと子を望んでいたことばかりが頭にあって、ゴナンのそもそもの状況に全く思いが至っていなかった。その様子を見て、ジョージは再び苦笑いする。
「…冷静沈着なシーランス博士殿が、こんな基本的なことにも気付かないとはな。突然『養子』だなんて、ちょっとぶっ飛びすぎだぜ」
「…すみません…」
リカルドはしかし、また顔を上げてジョージの目を見る。
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