見出し画像

スタジオミュージシャン、その偉大さに触れる(後編)| 音楽シリーズ3

前回に引き続き、スタジオミュージシャンの偉大さを語っていきます。


スタジオベーシスト渡辺直樹さん

様々な音楽を聴き、演奏家のクレジットを確認するようになった私でしたが、AB’Sやスペクトラムを聴きこむにつれて、私のベースの理想形は渡辺直樹さんのプレイだと思うに至りました。

むやみに音数を増やさず、楽曲のコード進行から求められる必要にして十分なフレーズ。

曲全体のメリハリの中で、要所にメロディアスかつ端正なフィルやフレーズが入る。まさに「直樹印」。

しかもサウンドがいい。非常に丁寧に弾かれている。

これはピッキングやフィンガリング、ミュートの正確さのなせる技です。まさにトッププロ。

渡辺直樹さんのソロアルバム「SHE」

渡辺直樹さんとの出会い

今思えば、ずっと憧れていた理想のプレーヤーに、まさかお近づきになれるとは夢にも思いませんでした。

2000年頃だったと思います。直樹さんが1997年に「ソロベースの調べ」を出版し、いよいよ「ソロベース」を世に広めていこうという頃でした。

直樹さんが、直接レッスンをされるという情報がWebに上がり、私は「スタジオミュージシャン」である直樹さんの凄さを間近で見たいと思い、無謀にも門を叩いたのです。

私が30歳を少し超えた頃、一回り上の直樹さんはおそらく40代前半だったと思います(思えばめちゃ若い)。

直樹さんには何度かスタジオの現場にも連れて行っていただきました。
スタジオで初めて見る譜面をノーミスで演奏し、かつ自分の色を入れていく技術、究極の「初見力」に脱帽しました。

これは、直樹さんのベースだけではなく、レコーディングに参加している全てのプレーヤーがそのレベルにあったということで、驚くべきことです。

その凄さは「ミュート技術」にあった

レッスンの中でも、様々なことを教えていただきましたが、「不要な弦には必ずいずれかの指で触れる」「絶対に余計な音を出さない」というスタジオミュージシャンの「ミュート技術」の凄さは、いまだに真似できません。

特に直樹さんのミュート技術の特徴は、左手にありました。

左手は音程を司っており、ベースラインに応じて、常時指が動くわけです。フレットを押さえている指、つまり音を出している指は、常に変化します。

他方、ミュートに使用する指は、フレットを押さえていない指ということになりますが、これもベースラインに応じて常に変化します。

常に空いている指で不要な弦に触れ、これをミュートする。しかも、その指はフレーズに応じて自在に変化する。

私は実際にレッスンを受けて、この動きが実にスムーズなことに驚嘆しました。例えて言うなら、ギタリストの左手のコードフォームが次々に変わっていくのと同じです。

勝手に短くしない「音価」の大切さ


それと音価の大切さ。勝手にスタッカートせず、ちゃんと指定された音符の長さを弾くことが、バンドの中で求められるベースの役割であることを学びました。

早いパッセージやメロディアスなフレーズの構成など、技術的に凄いところはたくさんあるのですが、なにより基本が徹底していることが、録音芸術を支えているスタジオミュージシャンの凄いところなのでした。

レコード制作のシステムの中で生まれた職業

スタジオミュージシャンという職業は、レコード産業の中で生まれてきたものです。

レコードを制作していく過程で、レコード会社やプロダクションが、作品を作曲家、作詞家、編曲家に発注する

譜面が出来たら、レコーディングに向けて、編曲家やレコード会社のプロデューサー・ディレクターがミュージシャンの手配をインペグ屋に依頼する。

楽曲の雰囲気や、編曲家の好みで、プレーヤー指名の場合もあるし、スケジュールの都合がつかなければ、順次候補者が繰り上がっていく。

多くのスタジオミュージシャンは個人事業主で、インペグ屋がスケジュールの管理を行っているケースが多かったと聞いています。
そうして、インペグ屋を介して仕事をブッキングされ、録音現場にスタジオミュージシャンたちがやってくる、というわけです。

初見力の凄さ

実際に直樹さんの仕事現場に連れって行っていただいた際に、最も驚いたのは、録音する楽曲の譜面が、本当にその日初見だということ。
事前にデモが送られてくるとか、そういうのもありません。

スタジオに到着すると、その日の録音に使用する譜面が譜面台に置いてあるのですが、演奏が始まるまで、ほとんど譜面を見ることはありません。

ミュージシャンが集合すると、レコーディングエンジニアの方から、それぞれの楽器の音出しを要求されます。これはライブハウスでもそうですが、録音時の入力レベルや、バランスをとります。

音のバランスが決まると、すぐ録音が始まります。ほんとに「すぐ」です。

楽曲のテンポは最初から決まっていて、最初にドンカマ(メトロノームのこと)が鳴って、それを聞きながらドラマーがカウントを入れます。
そして、まあ余程のことがない限り、テイクワンです。

つまり、一回の演奏でOKテイクということです。

高いギャラを払ってでも、凄腕のスタジオミュージシャンを呼ぶ理由はこれです。

私が同行させていただいた現場では、多分アイドルの楽曲の録音だったと思いますが、アイドルご本人が歌の練習が出来るように「仮歌」を録音するのです。

その仮歌を歌うスタジオボーカリストの方が来ていて、譜面に書いてあるおたまじゃくしと歌詞を見ながら、初見で歌っておられました。これは絶対音感がないと出来ない芸当。

私も驚嘆しました「えー!!」これぞ、プロです。

ある現場では、広いスタジオの中に、ドラム、ベース、ギター、鍵盤の4リズムだけでなく、ホーンセクションやストリングスもいて、これも全て一発録りというのもありました。

直樹さん曰く、初見力がほんとに凄いのは、管や弦の人たちだそうです。
いやいや、皆さん凄い。

これをやりながら、「その人でないと出せない個性」を入れていくのだから、常人ではありません。

この凄さを多くの人に伝えたい

スタジオミュージシャンの凄さは、その辺の「楽器の上手な人」ではありません。そんなレベルではない。

全てのキー、あらゆるテンポと、あらゆるリズムに対応し、瞬時に作家やアレンジャーの要求する演奏をする。つまり音楽の理解力が格段に深い。

しかも、録音品質に耐えうるサウンドを奏でる演奏技術。
そして、その人でなければ出せない個性を刻んでいく。
それを「一期一会」、一回の演奏でやりきる。

レコーディングの現場が激減したことで、彼らの凄さを実感できる場は、ライブしかないということになりますが、事務所に所属していない方も多く、マネジメントやプロモーション不在のケースが多いです。

つまり、知っている人、一部の好事家しか、どこに行けば聴けるのか、見れるのかを知らないということです。

合同会社いちにこでは、このような寂しい現実に一石を投じていきたいと考えています。



いいなと思ったら応援しよう!