んの魔法|長編小説|第2章 終わりに「ん」のつく言葉(第3話)
これは、言葉と記憶と心をつなぐ、僕の再生の物語。
始めから読む方はこちら → 序章 海辺のバス停(第1話)
前回 第1章はこちら → 第1章「んしり亭」へようこそ!(第2話)
本編はここから
「さあさ、こっちへおいで。えっと、名前を聞いてもいいかの?」
「僕の名前は…」
ンタンタンは僕をカウンターに手招きしながら、名前を聞いてきたのだけれど、僕は自分の名前を、すぐに答えることができなかった。
「みゃーはお前に名前があってもなくても、“おみゃー”と呼ぶニャ!」
マフがそう言って、一番左端のスツールにヒュッと飛び乗り、尻尾をくるんと丸めた。どうやら、あの場所がお気に入りのようだ。
「まあいいさ。お前さんが自分で名乗る気になったら、話せばいいんじゃ。」
ンタンタンは、そう言ってカウンターの中に入って行った。
「ほれほれ、ぼーっとしとらんで、そこに座っておくれ。今晩のおかずは“おでん”じゃ!」
カウンターの内側から、んたんたんの楽しそうな声がして、僕のお腹が“グ~!”と大きな音で返事をしたので、二人はケタケタと声を立てて笑った。
「マフや、ほらこの子にスプーンとフォークを並べておくれ」
おでんなのに、食べ方は洋風なんだな?と思いながら、カウンターのスツールによじ登るように腰かけた。
10歳で身長がまだ140cmしかないので、足がぶらんぶらんと揺れている。
座った僕の右側に、いつの間に降りたのか、マフがナフキンを置いてスプーンとフォークを並べてくれた。
「おひやだニャ。」
どこから持ってきたのか、お水も出してくれた。
「あの…ありがとう。」とお礼を言うと、
「みゃーのお仕事だニャ。」と離れたところで声がした。
あれれ?マフはいつの間にか、また左の端のスツールに戻っていた。
そしたら、突然ンタンタンが騒ぎ出した。
「事件(じけん)じゃ~~!」
「どうしたの?」
僕はつい気になって声をかけてしまった。
「おでんの鍋に、大根(だいこん)とはんぺんはあるんじゃが…、いや、大根、はんぺん、大根、はんぺん……だけしか入っておらん!」
ンタンタンはがっくりと肩を落として、何度もお鍋の中をお玉でかき回している。
「マフや、卵とこんにゃくと餅巾着は入れてなかったかね?」
「さあ?みゃーは知らないニャ!」
十数秒の沈黙。ンタンタンの疑いの目がマフに注がれる。
「み、みゃーはちょっとだけ味見をしただけニャよ。お師匠の帰りが遅いから、味見をたくさんがんばったニャ!」と、マフが白状したので、ンタンタンは「やれやれ」と肩をすくめた。
そして、「さあ、おあがり。」お椀にはんぺんと大根をいっぱいよそって、僕の目の前に置いてくれた。
「僕は、はんぺんが一番好きだから、いっぱいあって嬉しいよ。」
素直に本当の気持ちが口に出た。
だから、嬉しくて僕はパクパクと「んしり亭」のおでんを口に運んだ。
「おお!喜べ、底にごぼてんがあったぞ!」とンタンタンは嬉しそうにそう言った。
僕の心が少しずつ柔らかくなってきて、この世界に馴染み始めたころ、あのデザートがひょいと現れた。
ガラスの足のついたお皿に乗った、カラメルたっぷりの卵色の固めのプリンだ。
お母さんがよく作ってくれたプリンに似ていて、とても美味しそうだった。脇に生クリームが添えられていた。
「ようやく笑ったようじゃな?」
ンタンタンがニンマリと笑い、してやったりという表情でそう言った。
鼻先のおヒゲがピクピクしていた。
「え?」
「お客様…おっと、人間は、うまいものを見るとみんな嬉しそうな顔をする。大好きなものを見ると、みんな笑顔になる。」
僕の顔、そんなに笑っていた?
恥ずかしいから見ないでほしいのに。
「食べてもいいの?」
「もちろんだとも、さあ、おあがり」
僕は、顔を見られないように下を向いて、プリンを口に入れた。
やっぱり、お母さんが作ったプリンの味にそっくり。
僕が大好きだった、あのプリンだ。懐かしくてほろ苦くて、泣きそうになったので、急いで全部口の中に放り込んでしまった。
僕が黙っていると、
「マフはプリンよりもティラミスの方が好きだニャ。プリンは危険だニャ。」と言っているのが聞こえてきた。
「そうだったな。気をつけんとな。」と、ンタンタン。
えっ…?“危険”って、どういうことなの!?
プリンに毒でも入っていたのだろうか?
僕は急に我に返った。知らない場所についてきて、いろいろ食べたりしてしまった自分に、激しく後悔をしてしまった。
「あの…プリンは危険って、どういう意味なんですか?」と、恐る恐る聞いてみた。
すると、ンタンタンは、
「言葉のとおり、終わりに「ん」がある、だからじゃよ。」と言った。
「この世界はな、「言葉」と「イメージ」で作られているんじゃよ。
全ての物が言葉であり、言葉が持つイメージが具現化しているのじゃ。」
ンタンタンは、僕の前に立って、一本のスプーンを手に持って、僕の目の前にかざした。
「つまり、この“スプーン”という言葉がこのスプーンを作っておる。」
「スプーン?」
「ほれ、持ってみい?」と言って、ンタンタンが僕にスプーンを渡した。「わっ!」
そのスプーンを受け取った瞬間、僕の頭の中に、なぜか“おでんのはんぺんを食べているイメージ”がはっきりと浮かんできてしまった。
ビックリしてスプーンを落っことしてしまい、スプーンはカラーンと足元に転がっていく。
「今、このスプーンがお前さんの記憶を呼び起こしたのじゃ。」
ンタンタンは、僕の足元に転がったスプーンを拾いながらそう言った。
「言葉には、本来思いを伝える力があるからの。」
気づけば、夕闇から宵闇に変わり、窓からうっすら差し込む月光に照らされ、部屋の真ん中でランプの炎がチラチラと揺れていた。
「じゃあ、なんで、終わりに「ん」がつく言葉は危険なの?」
ここは「んしり亭」なんて名前だし、あちこちに「ん」の文字があったから、「ん」という文字が気になってはいたけど、どうしてそれが危険なのかがわからない。
「他の言葉にも魔法はあるのじゃが、基本的には微力だから特に影響はないのじゃが…、「ん」で終わる言葉には言葉の後に余韻があるじゃろ?
それが強力な魔法、“『ん』の魔法“を生み出して、人の精神に深い影響を与えるのじゃ。
特に、”言葉“と”記憶“が結びついた時は、その物自体が特別な力を得ることになる。
だから、「ん」で終わる言葉は、気をつけないと、呪文がなくても勝手に魔法にかかってしまう言葉なんじゃよ。」
ンタンタンが、スプーンの柄の部分を人差し指と親指でつまんで、奇術師のように上下に揺らせてみせた。
「スポンされるニャ!」
「スポン?!」
と、マフが補足してくれたけど、スポンって何?
僕には二人が言っている意味が全くわからない。
「えっと、つまり、この世界は僕の記憶でできているってこと?」
「少し違うぞい。お前さんの記憶は、この中にある。」と、ンタンタンはカウンターにゆっくりとスプーンを置いてから、僕の胸の方を指さしてそう言った。
「ほれ、両手でお皿を作ってみい。」
僕は言われた通り、胸のあたりで両手を広げてくっつける。
「まあまあ、広いお皿だわい。」
そう言って、ンタンタンは、僕の手の上で何やら指で文字をなぞった。
すると僕の掌のお皿の上で、青い光の文字がふわっといっぱい出てきて、しばらくすると、1冊の本を形作っていく。
ずしっと手に重さを感じた瞬間、光は消えて、小さな本が僕の手にのっかっていた。
「スポンの本ニャ!」
マフがその本を見て、ちょっとだけ後ずさりした。
「この本は何?」
「これはな、『深淵の本』― 別名『スポンの本』じゃ!」
と、ンタンタンは言った
『深淵の本』別名『スポンの本』は、スマホくらいの大きさで、結構厚みがある。古びた皮の表紙は、ランプに照らされて少し黄色味がかってはいるけど、海の底のような濃い青で、その表紙の真ん中に銀色の「ん」の字が描かれていた。

※登場人物「んたんたん」の表記を「ンタンタン」に変更しました。物語の世界観により沿うための調整です。過去話も順次修正しております。
第3章 スポンのルール(第4話) につづく…
「ん」の魔法 ~深淵の本と心の夜明け~ の固定ページはこちら → いらっしゃいませ!お茶ですか?それともお話ですか?
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