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「アーカイブ・サテライトの園」第2話

●あらすじ

人工知能と人工意識を搭載とうさいしたアンドロイドが普及し、多くの人間が仮想世界に入り浸るようになった近未来。人類は増え続けるデータに対処すべく、データ保存に特化した衛星アーカイブ・サテライトを打ち上げた。
その衛星へ送るデータを選別するアーキビストとして働いていた五塔重法ごとうしげのりは、不審ふしんな死を遂げた妻、エリコの死の真相を突き止めようと動き始める。
車椅子に乗る元探偵の老女、雪島時子ゆきしまときこと、一人息子を持つ備品管理課所属の刑事、冠木一獅かぶきかずし、警官型アンドロイドのキャス、エリコの元同僚の荒角あらかどから協力を得た五塔は、宇宙素粒子物理学の研究者であったエリコが残した未完成の論文を頼りに、信じ難い真相にたどり着く。


第1話 もくじ 第3話


気まぐれに開けたカーテンから、攻撃的な光が射し込んできて、反射的に閉じた。ソファに深く座り、荒れ果てた部屋の中を見渡した。いい加減に片付けるか無視するかの2択に迷う。  

たっぷり迷ってから立ち上がり、テーブルの上に置いてある小さな箱を手に取った。箱の中からコンタクト型のデバイスを取って装着する。3回、2回、1回の瞬きで起動させた。次に耳に着けっぱなしのイヤホン型デバイスに軽く触れて電源を入れると、両足首と両手首に巻いている生体せいたい電流送受信ベルトも連動して起動する。

聴覚と視覚を閉ざされる緊張が、ほどよい光と街の喧騒けんそうによって緩んできた。仮眠を取る直前まで没入していた仮想空間の街が、眼前に展開されていく。

アバターとなった自分は今、いつもの広場の中心にいるようだ。5回瞬きをすれば、身体は軽やかに走り出す。西洋風、東洋風、アラビア風、様々な建物が並ぶ街の景観が、俺は好きだ。まとまりがなさすぎて疲れる、と言っていたエリコは、めったに仮想空間には入らなかった。

建物よりも多種多様な見た目のアバターとして存在している人々は、自由を謳歌おうかしている。仮想世界の路地裏には仄暗ほのぐらいこともあるが、表通りにいる人々は平穏に過ごしている。

もう世界中のほとんどの人間が、人生の大半の時間を仮想空間で過ごすようになった。巨大な卵型のカプセルのようなデバイスを使って、五感を完全にアバターと連動させている人も多い。このまぼろしの街はもはや現実だろう。特に、夢も希望も失くした俺のような人間にとっては、甘い毒のような現実だ。卵の中に身体を預けて仮想世界で生きるなんて、少し前までは考えられなかったが、今ではそれもいいかと思うようになってきた。

少し散歩した後、いつもの遊び場に足を向けた。付き合いの長い友人に誘われて、一時の気晴らしのつもりで入ったカジノ街。失職してからすぐだから、もう1ヶ月は入り浸っている。

そろそろ止めなくては。しかし止めて、何をすればいい?もう何もない。健全すぎる現実世界で上手く泳ごうとしても、今の俺はおぼれて死ぬだけだろう。

気付けば細い路地を歩いていた。広い通りに戻ろうと振り向くと、遠くから歩いてくる友人の姿が見えた。今日もハリウッドスターのような派手なスーツ姿だ。実際の彼の姿とはかけ離れている。しかしアバター姿でしか会わない今では、今目の前にいる彼が本物のような気がする。

「よぉ。相変わらず地味な見た目だなぁ。せっかくのアバターなんだから、もっと遊び心のある外見にしてみないのか?」
「どうでもいいだろ俺の外見なんて。早くカジノに行こうぜ」

お互いにログインすれば大体カジノ周辺にいるため、もはや約束せずに待ち合わせできる。早口でくだらないことを話す友人と並んで歩きながら、適当に相槌あいづちを打つ。ギャンブル自体よりも、この友人と無意味な時間を過ごすことがなぐさめになっているのかもしれない。ほんの少しの、だが。

「今日はすごいハッカーが来るんだ。アーカイブ・サテライトをハックして、カジノの過去の記録を抜き出して、勝率をあげることができるんだって」
「それ、違法だろ? それに、ちょっと前まで俺は公務員のアーキビストだったんだぞ。そんな奴に関わって捕まったら、テロリスト扱いされる」
「今は俺と同じ、無職の一般人だろ。大したことにはならないって。あの人は上手くやるから、そもそも捕まらない。捕まらないなら問題無しだ。この前、お前のこと話したら興味持ってくれたみたいでさ。今日は俺らと組んでもいいって。がっぽり勝たせてもらえるぜ」

足に力を入れて立ち止まり、友人の腕を掴んだ。

「俺を出汁だしにするなよ。とにかく俺は止めとく。お前も違法賭博とばくなんかやるなよ。誰かに通報されるかもしれない」
「少しくらい大丈夫だって。お前も来るって言っちゃったんだよ。なぁ頼むからさ、一緒に来てくれよ」
「だから、無理だ。仮想空間で捕まったら実刑くらうんだぞ」
「……そうかよ。可哀想だと思って誘ってやってんのに。お前はいいよな。元公務員だから、国民給付金もたくさん貰えて。俺みたいに、アンドロイドに次々と仕事奪われて腐っていくみじめさなんか、想像もつかないだろ。じゃあな」

友人のアバターが一瞬で消えた。長いため息で胸の苦しさをやり過ごし、接続を切る。イヤホンとベルトを荒々しく取り外し、キッチンへと急ぐ。食洗器からワイングラスを取り出して水を注ぎ、飲み干す。もう一杯注いでリビングに戻った。

見回してみると、本当に散らかっている。やることもないのだ。片付けよう。まずテーブルの上にあったビニールテープを手に取る。どこに収納するか考えながら、無意識にソファに座ってしまった。

家事をしてくれるアンドロイドがいれば楽だろう。世界中でどんどん普及率は上がっていて、今では家事用のアンドロイドがいない家のほうが少ないくらいだ。しかし、人工知能と人工意識のあるアンドロイドは、もはや人間と変わりない。常に家の中に他人がいることにも、アンドロイドを家電のように扱うことにも抵抗があるのだ。エリコも同じようで、我が家では2人で交代して家事をこなしていた。

アンドロイドは人間の下手な演奏に合わせて、上手に演奏し続けてくれている。人間もアンドロイドの演奏に合わせるようになり、人間社会はいくらか穏やかな合奏ができるようになった。

もちろん最初は聴くに堪えない出来だった。しかし世界で唯一の政府、国際政府が全ての地区の住民に一定額の生活費を与える制度を作ったことで、音色は劇的に美しくなった。

犯罪歴さえなければ生活は保障される。しかも国際政府への貢献度によって支給額は増える。この制度が実施されると、どの地区でも治安が格段に良くなった。世界共通の言語や宗教を押し付けてくる国際政府に、激しく抵抗する人々も激減した。人類はアンドロイドに寛容かんようになり、より怠惰たいだになり、作り出した仮想世界に入り浸るようになり、怒りや恐怖に駆られて暴力に走ることも少なくなったのだ。

片手でビニールテープをもて余していると、部屋の隅のレコードプレーヤーが目についた。エリコが買ったものだ。役に立たない骨董品こっとうひんを集める癖があったエリコの、一番のお気に入りだった。もうレコードなんて製造されていないし、過去のレコードの大半は博物館でしかお目にかかれない。買ってどうすると止めたが、毎日レコードプレーヤーの魅力を熱く語ってくるエリコに根負けした。

近づいて、よく見るとほこりを被っている。思ったよりも綺麗な状態だ。エリコは時々、何もセットされていないレコードプレーヤーが回る様子を静かに眺めていた。珍妙な行動が多いので特に気にしなかったが、理由を聞いておけば良かった。

埃を払ってからレコードプレーヤーの電源ボタンを押す。無音の回転が始まった。何が愉快ゆかいなのか、やはり全く理解できない。

ひらめいて、テーブルに置いていたビニールテープとワイングラスを持ってくる。回転を止めて、テープを回転台の中心に置いて、そのテープの上にグラスを置く。そして再び起動させればグラスが回転し始めた。そして人差し指をグラスの水に浸し、指先をグラスのふちに慎重に当てると、透明度の高い音が舞い上がった。指先に伝わるかすかな振動がくすぐったい。

「グラスハープだ。すごいじゃん。なるほど、こういう使い方もあるんだ。水の量変えたら違う音になるかなぁ」

エリコが言いそうなセリフが口からこぼれる。しかし俺の低く平坦な声では、エリコを少しも再現できない。

「……メモリアル・パレス」

頭に浮かんだ単語をつぶやくと、視界の隅にホログラムの起動ボタンが現れてぎょっとした。コンタクトを着けたままだったのを忘れていた。少し迷ったが、レコードプレーヤーを止め、イヤホンを装着し直してボタンを押す。

メモリアル・パレスは故人そっくりなアバターと自然に会話できるアプリだ。死者が生前残したデータを学習させればさせるほど、再現度は増していく。精神的な依存性が高いアプリとして、危険とうわさされている。興味本位でダウンロードし、思いつく限りのエリコの情報を入れてはみたが、まだ使ったことはない。エリコの幻影にすがり付く自分が、簡単に想像できるからだ。しかしもう、いい。どうでもいい。

次々と表示されるボタンを押していくと、突然エリコの姿がホログラム立体映像として目の前に現れて、息を呑んだ。よく家で着ていた緑色のカーディガン。なぜか両手を組み合わせて、狐の窓を作っている。退屈な時によく出る癖だ。両手を重ねて出来る隙間すきまからのぞけば、人に化けた妖怪を見破れるという古い手遊び。エリコと目が合う。狐の窓越しに。

「のり君、久しぶり。話でもする?」
「……」

のり君。俺の本名、五塔重法ごとうしげのりからエリコが付けたあだ名だ。エリコそっくりの口調で呼ばれても、所詮しょせんホログラム映像だ。エリコだとは思えない。しかし無意識に本物を探してしまう。目を離せなくなってしまう。危険とささやかれる理由が、よく分かった。

エリコはプライベート用のパソコンも買わない、携帯も必要最低限でしか使わないようなアナログ人間だった。セキュリティレベルが低い個人用の携帯やパソコンは、あらゆるデータを自動収集する。バックアップのためだ。そんな膨大なデータがあったら、より本物らしいエリコになってしまっていただろう。手帳や手紙、写真や付箋ふせん、そして俺の記憶。そういったものの中にしか、エリコの欠片が残っていなくて良かったと、心から思う。

「今日は話したくない日?うーん、そうかぁ。まぁ、そういう日もあるよね。じゃあ私が話そうか。研究所に新人の子が入ったんだけどさ、私のこと本名で呼ぶわけよ。当たり前だけど。呼ばれてさ、なんか他人の名前で呼ばれてるような変な感覚になった。自分の本当の名前なのにね。職場のほとんどの人がもう、エリコさんって呼ぶからさ。あぁそういえば私、本当は江利川遠子えりがわとおこだったんだって気付いたんだ」

楽しそうに話すエリコを見ていて、懐かしい、と思ってしまう。いつの間にか仕事で手一杯になっていて、俺はエリコの話をしっかり聞いていなかった。いつ頃からだったか思い出せないほど長い間、素っ気ない態度をしてしまっていた。エリコも俺に愛想が尽きたのか、俺に諦めたような目線を送るようになっていたと思う。

付き合っていた学生時代と新婚の頃は、ほぼ毎日よく話していた。エリコは昔から宇宙や物理が好きで、小難しく奇妙な話を俺に楽しそうに話してくれた。俺はエリコの訳の分からない話を聞くことが好きだった。大学を卒業した後、エリコは宇宙素粒子物理学を扱う研究所の職員になった。それに比べて俺はしばらくの間、まともな就職もできないままで。

一度だけ、高熱を出したエリコを職場まで迎えにいったことがある。圧倒された。最先端の機材に囲まれた、広大な研究所。その中で、白衣姿のエリコは美しくて遠い存在に見えた。真っ赤な顔で長椅子に寝転んでいても、きらめいていた。追いかけなければ。そう思った時、子どもの頃の夢を思い出したのだ。アーキビストになる夢。憧れのアーカイブ・サテライトに関わることができれば、エリコと対等な関係になれると信じていた。実際は俺が仕事を優先しすぎたせいで、関係がぎくしゃくして。遠ざかるばかりだったエリコは、とうとう消失した。

俺がアーキビストになんかならなければ、エリコは今も生きていたかもしれない。ああ、そもそも俺と一緒にいなければ。君と結婚していなかったら、遠子とおこは死ななかったかもしれない。葬式で義父から静かに言われた言葉を、頭の中で反芻はんすうする。

「ねぇ、のり君。お願いがあるんだ」

死体安置所で見た時よりも格段に顔色が良いエリコは、急に真剣な顔つきになった。

「遺品の中に、USBメモリがあったでしょ?仕事用の鞄の中に入れてた紺色のUSBメモリ。あの中に書きかけの論文があるの。あれを読んでみて」
「え、論文?」

おかしい。メモリアル・パレスは、過去の会話内容から適切な言葉を抽出ちゅうしゅつし、アバターに語らせるアプリだ。こんな会話した覚えはない。過去にしていたとしても、そんな会話の音声データは残っていないだろうし、文章を打ち込んだ記憶もない。

「読んで。完璧に理解してほしいわけじゃないの。ただ、読んで、気付いてほしい。共有したいことがあるんだ。パスワードは結婚記念日から7日前の日付。お願い」

涙がこぼれる寸前のような緊張感のある表情に胸が詰まる。少しでも間違った返答をしたら、エリコの顔に死相が浮かび上がってきてしまいそうで、恐ろしくなった。

「読む、読むよ。でもなんで。俺は素粒子も宇宙のこともさっぱりだ。エリコ、俺はなんにも分かってなかった。分かってるふりをしてたんだ」

鳴り始めたエラー音で自分の声すら聞こえなくなった。エリコの姿は消え、強制終了という文字が視界をさえぎる。座り込み、うわ言のように謝罪の言葉を繰り返しながら考えた。あれはきっとバグではない。エリコの……。デバイスの電源を落とし、のろのろと立ち上がった。エリコの作業部屋に入れば、すぐに目当ての鞄が目に入った。

あの日、広場のベンチに横たわっていたエリコは、睡眠薬と致死量の毒物を飲んでいた。誰かと争った形跡は見つからず、目撃証言も無かったので警察はすぐに自殺と断定した。状況から見れば確かに服毒ふくどく自殺の可能性が高い。しかし、他殺の可能性が全く無いとは言えない。

他殺を疑う気持ちが、凄まじい速さで俺の胸に根を張っていく。エリコはきっと真剣に論文を完成させようとしていた。未完成のまま殺された無念さが、俺にメッセージを送らせたのではないか。読んで気付いてほしいと、切実に訴えていた。他の誰でもない、エリコ自身が。

鞄をしばらくあさって、ついに見つけた。警察に訴えても、動いてはくれないだろう。ならば。紺色の素っ気ないUSBメモリを両手で包む。どうか真実に繋がっているようにと願った。


第1話 もくじ 第3話


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