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「アーカイブ・サテライトの園」第13話

●あらすじ

人工知能と人工意識を搭載とうさいしたアンドロイドが普及し、多くの人間が仮想世界に入り浸るようになった近未来。人類は増え続けるデータに対処すべく、データ保存に特化した衛星アーカイブ・サテライトを打ち上げた。
その衛星へ送るデータを選別するアーキビストとして働いていた五塔重法ごとうしげのりは、不審ふしんな死を遂げた妻、エリコの死の真相を突き止めようと動き始める。
車椅子に乗る元探偵の老女、雪島時子ゆきしまときこと、一人息子を持つ備品管理課所属の刑事、冠木一獅かぶきかずし、警官型アンドロイドのキャス、エリコの元同僚の荒角あらかどから協力を得た五塔は、宇宙素粒子物理学の研究者であったエリコが残した未完成の論文を頼りに、信じ難い真相にたどり着く。


第12話 もくじ 第14話


白衣の着心地の悪さと緊張で、身体全体が強張こわばっている。車椅子を押しながらの移動には慣れているはずなのに、今日は動きがぎこちない。

黒い大理石の廊下と壁、シャツまで黒いスーツ姿の局員たち。初めて足を踏み入れた中央情報管理局の中は、すみで塗り潰したかのように真っ黒だった。まさにブラックボックスだ。黒くないのは巨大な天井窓だけ。吹き抜けになっているので、俺たちが待機している1階の玄関ホールにも、自然光が燦燦さんさんと降ってくる。晴れていて良かった。曇天どんてんや雨だったら、この空間の圧迫感はもっと酷かっただろう。

「ふふ、緊張してるみたいね五塔ごとうさん」

時子さんの明るい声で、張っていた肩が少し楽になった。いつの間にか強く握っていた車椅子のハンドルから、手を離す。

「そりゃ緊張しますよ。研究員の演技なんて、どうしたらいいのか分からない。今の俺は研究員っぽいですか?」
「ばっちり。受付でも堂々としてて頼もしかったわ。俳優になれるんじゃない?」
「お2人とも、私語はつつしんでください」

荒角あらかどさんに注意されて、反射的に口を閉じる。横に視線を向けてみれば、荒角さんも冠木かぶきさんもキャスさんも、表情が硬くなっていた。

真面目な新人研究員を演じているキャスさんは、目立つ漆黒の左目と顔面の傷を、大きな眼帯がんたいと肌色の医療用テープで隠している。特に白衣が似合っていない冠木さんは、心配になるほど顔面蒼白がんめんそうはくだ。

「……冠木さん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。たぶん」
「今の警部は無口で頑固なベテラン研究員ですからね。とにかく黙っていてください。もしもの時は僕がフォローしますから、頑張って」
「お、おう。もしもの時は頼んだぞ」

冠木さんとは対照的に、キャスさんは新人研究員の演技がさまになっている。この茶番劇の言い出しっぺは俺だ。いざという時は俺がなんとかしなくては。

アーカイブ・サテライトのデータを閲覧えつらんするには、複数の公的機関から許可を得て、中央情報管理局の端末機たんまつきを使う必要がある。色々な手段を検討した結果、全員で仕事熱心な研究員のふりをすることになった。荒角さんを中心に皆で知恵を出し合い、IDや必要書類を偽造ぎぞうした。ルミノシティ研究所の職員として、オンラインの閲覧許可申請をするために。

一か八かの大博打おおばくちだったが、あれよあれよという間に許可が下りた。そしてついに今、敵陣の中央情報管理局に乗り込んでいる。こんなにも上手くいくとは予想外だった。

「なんだか私もそわそわしてきちゃったわ。私は研究室長の秋島楓あきしまかえでっぽく見えてる?」

時子さんの質問に全員でうなづく。

「一番本物っぽいですよ。偽名もぴったりです。時子さんこそ俳優になれるんじゃないですか?」
「そう?良かった。今は全然変装なんてしないからちょっと不安で」
「え、変装してたんですか?」
「もちろん仕事で、よ。自分で小物を作ったり衣装を縫ったりしたこともあるわ。仮想現実の技術が進んでからは、アバターを介して色々な人に変装したわねぇ。あれは楽しかった。ちょっと趣味になりかけてたかも。おっと、また喋っちゃった。ごめん」

若い時子さんの変装姿を想像していると、黒い廊下の奥から、するどい雰囲気の女性局員がまっすぐ歩いてきた。咳払いして、背筋を伸ばす。

「ルミノシティ研究所の第八研究実の皆さん、お待たせしました。本日は私がデータ閲覧作業をサポートさせていただきます。責任者は室長の秋島楓さん、ですね。あれ、第八研究室の室長さんは男性だったような……」
「あ、柏戸かしわど室長は最近体調が優れないので、今は秋島博士が臨時りんじの室長なんです」
「そうなのですか。失礼しました。ではさっそく閲覧用の端末機までご案内します」

歩き始めた局員に付いていく。機転きてんを利かせてくれた荒角さんに近づき、小声で礼を伝えた。

「とっさに言葉が出ちゃいました。本当に柏戸は最近ずっと研究所に来てませんし、記録上は皆さん研究所に所属してますから、きっと大丈夫だと思います」
「柏戸は、もしかして中央情報管理局の襲撃に遭った日から?」

確認すると、荒角さんはしっかりと頷いた。論文盗用を自白したのだ。研究所から謹慎きんしんするように言われているのだろう。こちらとしては助かった。

乗り込んだエレベーターは、どこまでも潜っていく。扉が開くと、地上階とは真逆の真っ白な空間が広がっていた。廊下は進めば進むほど、細くなっていく。空間に丸飲みされているような気分になってきた。

「到着です。こちらのブースをお使いください。ああ、受付時にも説明しましたが、アーカイブ・サテライト内のデータの持ち出しは禁じられています。閲覧作業はこのブースの中で行ってください。私は外で待機しておりますので、何かありましたら声をかけてください」

局員に会釈えしゃくしてガラスの扉を開ける。5人分の椅子と大きな丸い机があり、机の中央に円筒形の最新型パソコンが鎮座ちんざしていた。どれも白い。鍵をかけると、ガラス扉も白く曇って外が見えなくなった。俺が椅子をどけて車椅子のスペースを作っている間に、荒角さんと冠木さんがパソコンを操作する。申し訳なさそうに部屋の隅でたたずんでいるキャスさんの顔色が、少し悪い気がした。

「大丈夫ですか?受付でアンドロイドの機能に色々ロックをかけられたでしょう?あれで調子が悪くなったんじゃ……」

データ閲覧許可の条件には、アンドロイドの閲覧者の録音、撮影機能を制限するという条件もあった。もちろんネット通信も制限されてしまう。キャスさんにとっては、このブースは特に窮屈きゅうくつだろう。

「大丈夫です。ただ今の僕は本当に役立たずなので、申し訳なくて……」
「居てくれるだけで心強いですよ。いつも捜査を助けてくれてるんですから、今回は気楽にしててください」
「そうだぞー。キャスは真面目すぎる。リラックスしろ。俺を見習え。今もパソコンのことは早々に荒角さんに任せて、背伸びしてたんだぞ」
「リラックスしすぎも禁物よ。さて、さっそく始めましょ」

いつの間にか眼鏡を着けた時子さんの一言で、全員が席に着く。浮かび上がるキーボードに荒角さんが指先で軽く触れれば、音声を波形表示する画面が、それぞれの眼前に現れた。

「やはり最新日時の音声しか残っていないようです。今から流します」

息苦しい。しばらく無音状態が続いた後、データが再生された。

"それでね、結論から言うと、君の元になった素粒子は見つからなかったの。エレクトロン・ピンボール粒子が電子と偶然ぶつかる時のエネルギーから、何かしらの素粒子が生まれてる可能性は高いと思うんだけど、エネルギー値が低すぎて測定できない。期待させてごめんね"
"いいんです。私は名無しの粒子から生まれた命。定義はそれだけで十分です。できるなら、あなたに私を突き止めてもらいたかっただけです。中央情報管理局から隠してくれとお願いしましたが、本当は最初から諦めています。いずれにせよ、私の存在は人間に気付かれる。どうせなら、あなたに引き渡されて、あなたの功績こうせきの1つにでもなれたらいいと思っていました"
"……私がそんなことするわけないでしょ。柏戸じゃあるまいし。出世や名誉なんて、どうでもいい。私は自分の仮説が正しいのかどうか、知りたいだけなんだ。君のことだってそう。エレクトロン・ピンボール粒子と電子の衝突で生成された未知の粒子が、遠い場所でただよってる君の中に入り込んで、人間の脳細胞に近いものを構築こうちくし始めて、ついに意識のある新生物になったなんて仮説、もし本当だったらぞくぞくしちゃうじゃない。あ、またお茶飲んでいい?もうちょっと飲まないと……"

「止めてください」

たまらず音声を止めてもらった。未知の粒子?新生物?まるでSFだ。現実なわけがない。しかし耳に残るエリコの透き通った声が、現実逃避とうひを許してくれない。

「……私の仮説はおおむね当たってたみたいね。エレクトロン・ピンボール粒子と電子の衝突によって生まれた謎の素粒子。その素粒子が構成した物質に、どういうわけか命が宿った。その生命体がアンドロイドたちを乗っ取って、人間と接触した……。遠い場所で漂っている君、ってどういうことかしら?五塔さん、辛いのは分かる。でも続きを聴きましょう。ここまで来たら引けないわ」

両手で顔を覆いながらうなづいた。エリコの魂が訴えた無念を晴らすために、聴かなくてはいけない。頭が破裂しそうだ。容赦ようしゃなく音声が再生される。

"もうぞくぞくしっぱなし。それにしても、君との出会いは運命的だったね。研究所の地下の倉庫に閉じ込められた時は、運が悪いって心底思ったけど、今思うと本当にラッキーだった。あの倉庫に古い計器モニターがあったことも、私が気まぐれに起動させたことも。たまたまモニターが生きてて、君からの弱弱しい音声通信をキャッチしたことも"
"そうですね。あの頃の私の意識と通信は、今よりずっと不安定だったでしょう?あなたが使ったモニターも、いつ壊れてもおかしくない代物しろものだった。私の声があなたに届いたのは奇跡でした"
"あの時、時々ブラックアウトしちゃってたね君。だから、最初はどっかの初心者ハッカーの悪戯いたずらなのかなぁって疑ってたんだよ"
"ふふ、ハッカーか。私はハッカーとも定義できますね"
"怒った?"
"怒りません。私はエリコの全てを肯定します"
"全てを肯定か……のり君も同じ。私が何しても怒らない。昔は時々くだらない喧嘩してさ、お互い子どもみたいにねたり素直に謝ったりしてた。のり君、今は私とあんまり話してくれないし、時々喋っても肯定的な反応しかしないの。わざと怒らせようとしても、優しいおじいちゃんみたいな目で私を見るの。時々、私を尊敬するなんて言うの。私から遠ざかってる。不安なんだ。のり君が私をずっと愛しつづけるっていう仮説は、本当に正しいのかって"
"エリコはのり君を生涯しょうがい愛するという説は正しいのでしょう。だからこそ不安なんですね"
"……それが、私がのり君を愛するっていう定説にも、自信がなくなってきたんだ。あ、またのり君のことで愚痴ぐちっちゃってごめんね。っていうか前回も、前々回も同じこと話した気がする……本当にごめん"
"いいんですよ。私はあなたの話を聞いているのが好きですから。続けてください"
"そう……じゃあお言葉に甘えちゃおうかな。のり君のこと好きだけど、嫌いなの。嫌いなのに、愛してほしいって駄々だだこねてる。のり君も自分も分からなくて、疲れちゃった"

青年の声で話す犯人は何も答えない。エリコがお茶を飲む音と、鳥の鳴き声と、遠くのほうで響く子どもの歓声が、静けさの中に小さな波紋はもんを作っている。週末にエリコと散歩して、広場で語り合っていた記憶が、遠い過去から俺を責める。俺はエリコを不安にしていた。エリコに嫌われていた。衝撃が受け止めきれない。俺は今、どんな顔をしているのだろう?顔を両手で覆ったまま、動けない。

"……この広場、のり君も私も好きでよく来てたんだ。ほどよく空っぽで、良い感じでしょ?樹木と草花と少しの人間と、アンドロイドたちとベンチとさ……それくらいで十分なんだよね。きっと私とのり君も、ここに散歩しにくるだけで良かったんだ……。ずっと前から、お別れするならここでって決めてた。君には最後にとんでもないこと頼んじゃったね。本当にごめん"
"いいえ。私のことは気にしないでください。でも、別れを急ぐ必要はないのでは?私はあなたを裏切らない。この仮説は正しいのですから"
"……ありがと。でも君の意識は急に消えてしまうかもしれないし、なんか最近は気持ちが清々すがすがしいし。やっぱり今が別れ時だって思うの。今までありがとうね。君は私の親友であり家族であり、先生であり教え子であり……やっぱり定義が難しい。君は君だね。私にとってはずっと、君は君のままなんだ"
"あなたに君と呼ばれ続けて、私は自分自身の漠然まんぜんとした不安の根源を、より深く理解できました。これはきっと、生命として素晴らしい進歩でしょう。エリコと長く対話ができて、本当に良かった。楽しかったです。こちらこそ、ありがとうございました"
"君だって不安だよね。生きてたら、不安になるよね。……ああ、眠くなってきた。横になっていい?"
"どうぞ。膝枕ひざまくらしますよ"
"うん……じゃ、よろしくお願いします……よいしょっと……"
"どうです?落ち着きます?人間の膝じゃないので硬いかも"
"冷たくて硬いけど良い感じ。なんか氷枕みたい。ところで今は誰に潜ってるの?なんかちょっと特殊なアンドロイドっぽいよね"
"警察のアンドロイドですよ。いつも通り、追跡装置と第三者との通信機能は完全に切っているので大丈夫です。識別番号は……"
"いいよ。言われても分からない。優しい顔してる。誰かを守って、傷ついたのかな"
"いつもならアンドロイドたちの個人的な記憶には触れませんが、私も気になって、この方の顔の傷にまつわる記憶は少しのぞいてしまいました。反アンドロイドの組織が起こした爆弾テロの被害にあって、傷を負ったみたいです"
"そう……痛かっただろうなぁ……君も痛みを感じるよね?今、痛い?ごめんね"
"いいのです。さっきも言った通り、私はあなたを肯定します"
"うん……ありがと……"
"エリコ?眠るのですか?”"
"……うん……"
"エリコ?"
"……"
"……あなたが私を定義せずにいてくれたこと、深く感謝しています。でも最近はあなたの配慮に、焦燥感しょうそうかんを覚えていました。何者でもない私は今、とても人間らしい。嬉しくはありません。人間になりたいと願ったことは一度もない。これからもないでしょう。私は生きていたいだけなのです。ちなみに今の私の識別番号はLKF9762です。聞こえましたか、五搭さん。どうか私の声を再生して、気付いてください。中央情報管理局にて、あなたにお会いできる日を楽しみにしています。それでは。私にはまだやるべきことがある。エリコを完璧に眠らせなくては"

音声が途切れると同時に勢いよく立ち上がったキャスさんは、よろよろと後退し、白い壁にぶつかった。顔面の左側、眼帯とテープで覆い隠した傷を、痛みに耐えるように片手で強く押さえている。キャスさんの顔をまたたきも忘れて見つめた。エリコが最期に見ていたものは、ずっと俺のすぐ近くにあったのだ。今の今まで気付かないとは。

「落ち着くんだキャス。五塔さんも。きっとこの部屋はカメラで監視されてる。音声までは聞かれていないだろうが、不審ふしんな動きをすれば怪しまれるぞ」
「……僕のメモリにこんな記憶はありません!本当です!信じてください!」

叫び声は途中で裏返り、金切かなきり声のようになった。アンドロイドは人間の生き写し。嘘を吐ける。しかしキャスさんはずっと誠実だった。裏切り者とののしりたい。冷静に話を聞くべきだ。衝動と理性がせめぎ合っている。苦しい。


第12話 もくじ 第14話


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水原月(元水月suigetu) お気に入りいただけましたら、よろしくお願いいたします。作品で還元できるように精進いたします。

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