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「アーカイブ・サテライトの園」第14話

●あらすじ

人工知能と人工意識を搭載とうさいしたアンドロイドが普及し、多くの人間が仮想世界に入り浸るようになった近未来。人類は増え続けるデータに対処すべく、データ保存に特化した衛星アーカイブ・サテライトを打ち上げた。
その衛星へ送るデータを選別するアーキビストとして働いていた五塔重法ごとうしげのりは、不審ふしんな死を遂げた妻、エリコの死の真相を突き止めようと動き始める。
車椅子に乗る元探偵の老女、雪島時子ゆきしまときこと、一人息子を持つ備品管理課所属の刑事、冠木一獅かぶきかずし、警官型アンドロイドのキャス、エリコの元同僚の荒角あらかどから協力を得た五塔は、宇宙素粒子物理学の研究者であったエリコが残した未完成の論文を頼りに、信じ難い真相にたどり着く。


第13話 もくじ 第15話


押し潰されるような静寂の中で、カチッという軽い音が響いた。車椅子のロックを解除した音だ。

「キャスさん、私は信じるわ。犯人はセキュリティレベルの高い警官型アンドロイドさえ、簡単に操れる。個体のメモリに一切痕跡こんせきを残さない芸当げいとうなんて、朝飯前でしょう。あなたは犯人に利用されただけよ。あなたに罪はない」
「来ないでください!」

時子さんが近づこうとすると、キャスさんは叫んでブースから飛び出していった。一拍遅れて、冠木かぶきさんが追いかけていく。突風が通り過ぎるように2人がいなくなると、扉から局員が顔を覗かせた。

「あの、どうかなさいました?先ほどお2人が血相けっそう変えて走っていかれましたが……」
「……ちょっと議論が白熱してね。このチームは研究となると熱血だから、意見が対立すると大体ああなっちゃうのよ。お騒がせして、ごめんなさいね」

時子さんの声が遠い。全身の感覚が曖昧あいまいだった。まるで宇宙に投げ出されたかのように。


いつもより肌触りの良い毛布に違和感を覚えて、飛び起きた。見覚えのある天窓。シニアホームの談話室だ。困惑していると、開け放たれたドアから、空の洗濯かごを抱えたクロエさんが入ってきた。

「あら五塔ごとうさん、おはようございます。よく眠れました?ソファじゃ寝にくかったでしょう?簡易ベッドもあるので、今度はぜひ使ってください」
「あ、大丈夫です。毛布ありがとうございました。座ったまま寝てしまったみたいで。すみませんでした。こんなに広い談話室を占領してしまって……」
「他にも談話室はありますし、夜間はどうせ誰も使わないので大丈夫ですよ。あ、そうだ。何か軽く食べられますか? 昨日は夕飯食べてないのでしょう?」
「どうかお構いなく」
「そうですか……。じゃあホットココア持ってきましょう。先週注文していたココアが今朝やっと届きまして。この前お好きだって言ってましたよね?飲めばきっと元気になりますよ」

俺が何か言う前に、クロエさんはキッチンに行ってしまった。片手で顔をさする。そんなに俺は弱った顔をしているのだろうか。あくびをしてから、またソファに寝転がる。天井窓を見上げながら、昨日のことを思い返した。

エレクトロン・ピンボール粒子と電子の衝突によって、謎の素粒子が生まれた。その素粒子が生命体を形作り、その生命体がアンドロイドたちを操っていた。にわかには信じられない。

最後に犯人は俺の名前を呼んだ。俺に人間臭い敵意を向けていた。あいつは確かに生きている。エリコを憎んでいるような態度ではなかった。本当に殺したかったのは、俺なのではないか。もしかしたら俺のためにエリコは。ぐっと奥歯を強く噛んで、感情に引っ張られる思考をとどめる。まだ犯人の動機ははっきりしない。もっと考えなくては。

エリコは会話の後半で、犯人に何かを頼んでいた。それなりに準備が必要なことを。あの後、犯人とまた会う予定だったのだろうか。しかしあれは、明らかに別れの場面での会話だった。もう一切のコンタクトを取らないという覚悟が、ひしひしと伝わってくる会話だった。どういうことだろう。

キャスさんのことも考えずにはおれない。そういえば、第一発見者の風香ふうかちゃんはキャスさんの顔を見た途端とたんに、口を閉ざした。当然だろう。目撃した男が目の前にいたのだ。真犯人がアンドロイドを利用していると分かった時に、なぜ風香ちゃんの反応を思い出せなかったのか。もっと早く気付いていれば、キャスさんをあんなに動揺させずに済んだ。飛び出したキャスさんを追いかけていった冠木さんも、今どうしているのだろうか。昨日はずっと冠木さんからの連絡を待っていたが、来なかった。深いため息を吐く。

「あーら、大きなため息ねぇ」
「うわっ」

また飛び起きる。真横に時子さんがいた。いつの間に。

「ふふ、びっくりしたーって顔して。あら寝癖もある。本当に可愛いお寝坊さん」
「か、からかわないでくださいよ。寝起きのむさ苦しい中年男に可愛いなんて」

笑う時子さんに背を向けて、必死で寝癖を直す。

「さすがに昨日は疲れたわ。今朝は私も少し寝坊しちゃった。荒角あらかどさんも疲れた顔してたわね。残ってる仕事があるからって、紅茶を飲んだらすぐに研究所に戻っていったけど、大丈夫だったのかしら。後で荒角さんにお礼を伝えなくちゃね」
「そうですね……冠木さんとキャスさんにも」
「……そうね」

中央情報管理局からの帰り道、俺と荒角さんと時子さんは、ずっと無言だった。なんとなく歩いていたらシニアホームに着いてしまったので、しばらく休憩させてもらったのだ。紅茶を3人で飲んでいる間も、ほとんど無言。3人とも思考の海に沈んでいて、話すことを忘れてしまっていた。

「ココアできましたよ。おはよう時子さん。時子さんも飲みます?」
「あら、良いわね。じゃあお願いできる?」
「はーい」

クロエさんから受け取ったマグカップの温かさが、手から染み渡る。カカオとミルクの香りに誘われて、一口すすった。最初はしっかりと甘いが、ビターな風味が舌に残る。どこかで飲んだことがある。かなり前に俺が間違えて買った粉末のココアだ。いつも買っているココアと比べると、少し苦かった。俺はこの味も好きだったが、エリコはあまり好きじゃないと言っていた。

好きだけど嫌いなの。エリコの声が耳の奥で自動再生される。初めてエリコから向けられた、明確な拒絶の言葉。思い出すだけで胸がえぐられる。どんなに激しい喧嘩をしても、「嫌い」という言葉だけはお互い口に出さなかった。呆気あっけなく言われてしまうとは。いや、俺が言わせてしまったのだ。

ため息がまた出そうになった時、隣から軽快な電子音が鳴り響いた。時子さんが当たり前のように右耳を抑えて話し始める。ピアス型携帯、時子さんも持っていたのか。普段は耳に何も着けていないようなので、あの古いパソコンで連絡を取っていると思っていた。少し驚いていると、待ち望んでいた人の声が、携帯からかすかに聞こえてくる。冠木さんだ。俺と目が合った時子さんは、指先で耳の携帯を操作し、スピーカーモードに切り替えた。

「今は警察署にいるのね?」
「ええ。昨日走りすぎて、両足が面白いくらいカチカチです」
「冠木さん!あの、キャスさんは今どこに……」
「ああ、五塔さん。それが逃げ切られてしまいまして。面目めんぼくない。行きそうな場所は大体探してみたんですが、見つかりませんでした。今日も仕事が終わったら、別の場所を探してみます」
「キャスさんのGPS機能で追えませんか?アンドロイドには、無効化できないGPS機能が強制的に付けられているはず」
「……キャスには、人間の部下と同等に接してきました。これからも、そうするつもりです。だからキャスの意思に関係なく作動してるGPS機能は、使いたくないんです。きっと自分で帰ってきます。それか、俺が見つけて説得して、必ず連れ戻しますから。どうか俺たちを信じて、待っていてくれませんか」
「……もちろん信じています。キャスさんに会えたら、俺は気にしていないと伝えてください。GPSを使えなんて、無神経すぎました。すみません」
「いえ、いいんです。本来なら使うべきです。書類上は、俺はキャスの管理者ですから。このままだとキャスの処分が重くなってしまう。それに、アンドロイドの管理責任を放棄ほうきしたということで、すでに俺の処分は決まっています。しばらく行動が厳しく制限されるので、もう俺たちは捜査に直接関われないでしょう。キャスはともかく、俺は捜査に役立っていたわけじゃないですが、お伝えしておきます。本当に申し訳ない」
「謝らなくていいのよ。あなたとキャスさんが抜けるのは痛いけど、なんとかするから。キャスさんを、くれぐれもよろしく。それと、あなたは素晴らしい刑事なのだから、もっと自信を持ちなさい」
「ははは、そうですかねぇ。ありがとう時子さん。そちらも気を付けて動いてください。危険が迫った時は、すぐに連絡してくださいよ。すぐに大量の警官隊を送り込みますから。荒角さんにもよろしく。ではまた」

通話が切れて、談話室は静かになった。天井窓から差し込む光が、俺をソファごと温めている。だんだんと強くなる光に、ゆっくりとまたたきをした。さっきから右耳に手を当てたままの時子さんは、携帯の位置を調整しているようだ。

「時子さんもピアス型携帯、持ってたんですね」
「ああ、これはイヤーカフス型携帯なの。ピアスの穴開けなくて済むから、安全で楽ちん。こんなに小さいのに何でもできちゃうから便利よね。ちなみにさっきの着信音ね、作曲アプリで作ったのよ。仮想世界で流行ってるテクノ・ミュージックをイメージして。変じゃなかった?」
「作曲もできちゃうんですか……本当に器用ですね。プロの曲かと思いましたよ。というか、仮想世界でテクノ流行ってるんですか?」
「うん。廃棄はいきされたはずの大量の古い楽曲データが、最近アーカイブ・サテライトから発見されたっていうニュース、あったでしょ?その中に紛れ込んでたテクノ・ミュージックが若い人たちの間で話題になって、人気ミュージシャンたちが現代風のテクノ・ミュージックを作って、注目されてるみたい。仮想世界に入り浸ってる友達から、教えてもらったんだけどね」
「へぇ。今度調べて聴いてみます。もう長いこと仮想世界に行ってないから、流行にうとくて」
「その声は五塔さんかぁ?!うわっ!」

地響きのような大きな声と共に、木製のドアの向こうから衝撃音がした。急いで立ち上がりドアを開くと、兼平かねへいさんが車椅子に座ったまま呆然としていた。ドアレバーらしきものを、右手に握ったまま。

「……わっはっは! ドアを開けようとしたら取れてしまった!はっはっは!」
「えっ!手、大丈夫ですか?とりあえず中へ」

大笑いしている兼平さんを部屋に入れて、ドアレバーの残骸ざんがいを受け取った。切り傷は無さそうだが、念のため右手を開いたり閉じたりさせてみる。

「ふーっ、大きな怪我はないみたいですね。あんまり乱暴にドア開けちゃ駄目ですよ。手を怪我したら野菜の世話、できなくなっちゃいますよ」
「おお、それは困る! 気を付けなくちゃ!五塔さんも時子さんも久しぶりですなぁ!」
「お久しぶりね兼平さん。あら、今日は私たちおそろいね。嬉しい」
「お揃いですなぁ!わっはっは!実は歩くと目眩めまいがしましてなぁ。大したことないんですが、クロエさんに必ず車椅子を使うようにときつく言われてるのです!」

兼平さんの車椅子を時子さんの隣に移動させながら、はっとした。俺が名乗る前に、兼平さんは俺の名前を言った。すぐに記憶がリセットされてしまう兼平さんとの会話は、必ず自己紹介から始まるはず。つまり。

「俺のこと、覚えてくれたんですね兼平さん!」
「ん?時子さんの友人の五塔さん、でしょう? そう簡単には忘れませんよ!わっはっは!」
「そうですよね。ははっ、ははは」

2人の間にしゃがみ込んだまま、俺も笑った。時子さんは嬉しそうにうなづいている。失ったと諦めていたら、急に手に戻るものもある。運命の仕組みなんて、きっと何者も理解しきれないのだろう。

「あーっ!井ノ坂さんっ!またそんな薄着でふらふらしてたら、また風邪ぶり返しちゃいますよ!」

兼平さん以上の大声に固まる。クロエさんが大股で部屋に入ってきた。片手に持っていた哀れなドアレバーの残骸を、なんとなく背中に隠す。

「お2人とも、井ノ坂さんを見ていてくれて助かりました。病み上がりなので、まだ個室で休んでいてほしいのですが、すぐ出ていっちゃうんです。さ、帰りますよ」
「すまんクロエさん!どうにも部屋で独りだと寂しくてなぁ。それじゃ時子さんと五塔さん! またいつか!」

去っていく2人に手を振りながら、俺は覚悟を決めた。記憶は命のかなめだ。意識を乗っ取られ、大事な記憶まで改ざんされたアンドロイドたちのためにも、犯人を早く止めなければならない。放っておけば被害者が増えるだろう。

挑発ちょうはつに乗る。犯人を捕まえるには、そうするしかない。時子さんに顔を向けた瞬間、さっき聴いたばかりのテクノ音楽が流れ始めた。片耳を押えて電話に出た時子さんは、目を大きく見開く。しばらく何度か相槌あいづちを打ってから通話を終えた。

「誰からだったんです?」
「……柏戸かしわどです、だって。前回の非礼をお詫びしますって、別人みたいに丁寧で気持ち悪いの。紛失ふんしつしてたエリコさんの論文の資料が見つかったから、五塔さんと一緒に研究所に来てくれないかって……」

ほとんど忘れていた人物の名前が出てきて、絶句した。


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水原月(元水月suigetu) お気に入りいただけましたら、よろしくお願いいたします。作品で還元できるように精進いたします。

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