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「安い人が正義」じゃなくて「考えてない人が安い」だけ。

安いこと自体が悪いとは思わない。
安くて良いものはある。
価格を抑える努力も、企業努力も、それ自体は否定しない。

でも、問題はそこではない。

本当に薄いのは、
安いかどうかだけで判断を終える人だ。

安い。だから正義。
高い。だからぼったくり。
値上げした。だから企業は儲けている。

こういう反応を見るたびに思う。
見ているのは価格ではなく、ただの印象だ。
しかもその印象には、構造が入っていない。

価格には理由がある。
素材、品質、設計、管理、輸送、保管、人件費、責任。
そういう現実の積み重ねの先に、最後に値札がつく。

当たり前の話だ。
何も削らず、何の負担も増えず、何の変化もないまま価格だけが存在しているわけではない。

それなのに、値札だけを見て終わる人がいる。
中身を見ない。
背景を見ない。
成り立ちを見ない。

その上で「安い方が賢い」と思い込む。

それは賢さではない。
判断の放棄だ。

最近の値上げに関するコメントでも、それがよく出ていた。
その中にあったのが、
“人件費が上がったということは、企業は儲けている”
という種類の見方だった。

正直、意味が分からない。

人件費は、企業にとって利益ではない。
コストだ。

ここを取り違えた時点で、もう土台が崩れている。

企業は売上から、原材料費、物流費、エネルギーコスト、人件費、その他さまざまな費用を引いた上で、ようやく利益が残る。
つまり人件費が上がるということは、企業にとっては負担が増えるということでもある。

それでも人件費を上げざるを得ない場面はある。
人手不足。
採用維持。
離職防止。
最低限の運営継続。

そうした現実の中で、価格に転嫁せざるを得ないことは普通にある。

にもかかわらず、
「人件費が上がった」

「なら企業は儲けている」

「値上げは強欲」

と短絡する。

それは社会構造を見ているのではない。
見た気になっているだけだ。

もちろん、すべての値上げが正しいとは言わない。
便乗もあるだろう。
不誠実な企業もあるだろう。
でも、だからといって
値上げ=悪
企業=加害者
消費者=常に被害者
という雑な図式に逃げていい理由にはならない。

現実はもっと面倒で、もっと重い。

本当に考えている人は、安さだけを見ない。
高い安いで反射しない。

その価格に何が含まれているのか。
どんな手間がかかっているのか。
どこに負担があり、どこを削ってその価格が成立しているのか。
その値段は、誰かの無理の上に成り立っていないか。
そこまで見ようとする。

逆に、考えていない人ほど値札しか見ない。
そして値札しか見ていないことを、消費者感覚とか生活防衛とか、もっともらしい言葉で正当化する。

でも、それは防衛ではない。
ただの停止だ。

安いものを選ぶ自由はある。
それは当然だ。
ただし、何を削ってその価格が成立しているのかを理解した上で選ぶなら、の話だ。

そこを見ないまま、
安いから正義。
高いから悪。
値上げしたから企業は儲けている。

そう言うなら、見ているのは現実ではなく、自分に都合のいい物語だけだ。

私は、安いことを否定しているわけではない。
否定しているのは、
考えないまま安さに寄りかかる態度だ。

その態度は、商品を見る目を鈍らせるだけではない。
人そのものを薄くする。

価格の背景を見ない。
責任を見ない。
手間を見ない。
継続性を見ない。
そのくせ、自分は賢い側だと思っている。

そこが一番危うい。

安さは正義ではない。
高いことも正義ではない。

正義なのは、
中身を見ることだ。
構造を読むことだ。
感情ではなく、成り立ちで判断することだ。

それすらせずに、価格だけを見て善悪を決めるなら、浅いのは市場ではない。
人の思考の方だ。

結局、
安さそのものが人を薄くするんじゃない。
構造を見ず、値札だけで世界を判断する態度が、人を空洞にする。
浅いのは価格じゃない。
思考を止めた、その判断の方だ。


Nemesis - ASTRA -

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