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石川大観光!ライブ参加兼観光の石川ツアー開幕す!!【志賀町・前編】

二泊三日の二日目は能登半島を回ることにした。
その最たる理由は能登半島の道の駅スタンプラリーを完遂させるためだ
能登半島でスタンプを押せていない道の駅は残りわずか7か所となっていた。

今回は約二年前の「スタンプラリーのやり残し」を片付ける絶好の機会ということで、観光を兼ねて能登半島を東に西に走り回ってきた。
まえがきはこのくらいにして、そろそろ書き出していこう。

せっかくなので約2年前に奥能登まで回ってスタンプラリーをした時の記録をマガジンにしてまとめておいたので、よかったらどうぞ。


金沢市内から能登半島へ向かうにはのと里山海道を使うことになる。
金沢市周辺は四車線の道路も多く環状道路の整備も着実に進んでおり、能登半島へのアクセス性もよい。


道の駅ころ柿の里 しか

のと里山海道の西山ICを降りてしばらく西へ進むと、能登半島の主要国道の一つである国道249号へ合流する。
この国道沿いには数多くの道の駅があり、ここはその一つだ。

実は昨年、出張でこの辺りには来ていたことがある。
当時は震災から一ヶ月ほどしか経っておらず、道路や駐車場の至る所が隆起しひび割れが起こっていた。

今回一年が経過して同じ道路を走行してみたところ、国道や高速道路における隆起は上手に工事されて復旧されていた。
工事に携わった関係者の方々には本当に感謝したい。

道の駅の施設としては農産物直売所があるほか、レストランと入浴施設も整備されていた。
震災の際は入浴支援も行っていたのではないだろうか。

能登半島、特に奥能登の観光名所が描かれたポスターを発見した。
その中でも目を引いたのは隆起海岸道路だ。
震災により誕生した隆起海岸道路を早速観光に活用しようという発想にたくましさを感じられて素晴らしいと思った

冗談抜きでこれは走ってみたいと思うほど気になったのだが、さすがに今回の行程では厳しいものがあるので断念した。
今後、奥能登へ行く機会があれば是非走ってみたいと思う。

道の駅と国道を挟んで反対側にはスーパーセンターロッキーという商業施設がある。
ロッキーというのは石川県のご当地スーパーらしく、能登を走り回っているとあちこちで目にするローカルチェーン店だ。

昨年能登へ出張した際に食料品の買い出しでお世話になったお店でもある。
スーパーセンターというだけあって品揃えは豊富であり、また偶然にも宿泊先と出張先との間にあったのでとても便利だった。


能登金剛 巌門

能登金剛という景勝地がある。
日本海の荒波が作り出した断崖絶壁と奇岩が見られる海岸線の一帯を指し、福浦港から関野鼻までの29kmのことをいう。
その中にある名所の一つである巌門というのは能登金剛にある海蝕洞のことで、遊覧船も運行している観光名所だ。

今回の能登半島でのお目当ての一つがこの遊覧船だった。
実はここを訪れたのは初めてではなく、10年前にも一度訪れている。

その時も遊覧船に乗ろうとしたのだが、折悪しく波が高くて欠航しており乗船することは叶わなかった。
今回はそのリベンジだったというわけだ。

10年越しのリベンジということで今回は何としてでも乗船したかったのだが、またしても欠航で乗船することは叶わなかった。

腹立たしい二文字だ

念のために遊覧船案内所で店員に確認したが、やはり今日は波が高くて欠航だと言われた。
ここへ到着したのは午前10時半ごろだったが、一時間ほど前までは運行していたという。

最も楽しみにしていた遊覧船の予定が消えてしまった落胆は大きかったが、とりあえず美しい景色を堪能しておくことにした。


道の駅とぎ海街道

能登金剛を出て国道249号を北向きに走っていると、左手に道の駅が見えてくる。
とぎ海街道という名前の「とぎ」というのは地名で、漢字では「富来」と書く。
元々は羽咋郡富来町だったが、平成の大合併前により同郡志賀町と合併して志賀町となった。

元レッドショルダーのことではない

この日は快晴でゴールデンウィークということもあり、多くのライダーが集まっていた。


仮設住宅

道の駅の駐車場のすぐ横には、令和6年能登半島地震の被災者向けに仮設住宅が設置されていた。
この周辺にはスーパー等の商店のほか、被災者は無料で利用できる日帰り入浴施設もあるため、仮設住宅を建てるには適した立地だと言えるだろう。

5月19日には愛子さまが被災地訪問でここを訪問されていた。

お土産売り場には特産物として焼酎や日本酒、そして醤油も売られていた。
富来町にはカネヨ醤油という大正時代創業の醤油蔵があるのだという。
焼酎は一本お土産に買っていったが、せっかくなら醤油も一本買って帰ればよかったと今さら思っている。

お土産売り場

さくら貝資料館

館内にはさくら貝資料館が設けられており、きれいな貝殻が多く展示されていた。
これは近くにある増穂浦海岸が貝が打ち寄せられる名所であり、多様な貝を採取できるのだという。

また、「岸壁の母」と呼ばれた女性についての展示も同じ場所でされていた。
「岸壁の母」というのは戦争へ行った息子の帰りを舞鶴の岸壁で待ち続けた富来町出身の女性のことで、のちに息子の戦死報告を受けてもなお息子の生存を信じて待ち続けたという心打たれる実話だ。


世界一長いベンチ

志賀町にはギネス世界記録にも登録された世界一長いベンチが存在する。
ちょうど道の駅の裏側にあるので、道の駅の駐車場に車をとめて徒歩で行くことが可能だ。

階段を登りきった先には「岸壁の母」という歌の歌詞と経緯が刻まれた石碑がある。

観音像も建てられていた

さて、いよいよ世界一長いベンチのお出ましだ。
ベンチそのものは防潮堤の上にある遊歩道沿いに設置されており、ところどころに木製のテーブルが置かれて休憩できるようになっていた。

率直な感想を言ってしまうと、思っていたよりもかなり地味だった
ベンチといえば横一直線になっているイメージが強かったので、途中にテーブルがあって曲がりくねっているとあまりベンチらしさを感じられない。

また、木製の落ち着いた色で作られていることもあり、なおさら地味な印象を抱いてしまう。
むしろベンチの背面にある手形入りのタイルのほうがカラフルで目立っていた

ベンチの後ろにある手形陶板には日付や名前が入っていた。
設置当初の富来町の住民のものなのかと思っていたが、観光客向けの記念品だったようだ。

昔は道の駅で一枚2500円で製作の申し込みが出来たそうだが、令和7年現在はもう受付していなかった

このあたりは25年くらい前のものだ

ここが増穂浦海岸だ。
海や海岸の形は美しいが、漂着物の多さが目についた。
富来町も令和6年の能登半島地震により津波被害を受けていることから、その影響もあるのかもしれない。

海岸近くを歩いていると防潮堤の斜面に沿って海岸向きに建てられている建造物を発見したので、階段を降りて周辺を散策してみることにした。

写真手前の柵に囲まれたエリアはバーベキューでもやるためのスペースだったのだろうか。

謎のスペース

さすがに建物内部には入れなかったが、建物の敷地内に入ることは出来たのでちょっと拝見。

一番気になったのはこの白い浴槽のような何かだった。
形状的にはジャグジーのように見える。
1人分くらいしか入ることが出来なさそうな浴槽だが、たとえ夜だとしてもこんな海岸から丸見えの場所で入浴するのだろうか。
プライベートビーチでもないので、きっと水着着用での利用が前提だったのだろう。

眺望はバッチリだ

この建物の謎が気になり建物の内部をガラス越しに見ていたところ、ようやくこの建物の正体が判明した。

シーサイドヴィラ渤海 支配人」とある。
支配人というからには、おそらくホテルだろう。
ここはホテルの施設の一部だったのだ。

シーサイドヴィラ渤海自体は今も道の駅の近くにある。
仮設住宅について言及した際に日帰り入浴施設があると書いたが、その日帰り入浴施設こそがシーサイドヴィラ渤海なのだ

帰宅してから調べてみたところ、海岸沿いの施設が現役の頃の画像が出てきた。
白い構造物は予想通りジャグジーだった。

なお、令和7年5月現在シーサイドヴィラ渤海では震災による施設の損傷を理由に入浴施設しか営業しておらず、残念ながら宿泊することは出来ない。

ベンチの北端まで歩いてきた。
かなりの長さだが、やはり地味さは否めない。
そもそもきれいな夕日が見える海岸というのを売りにしているそうなので、夕方に行くのがいいのだろう。


次回は能登金剛の一部である景勝地の関野鼻ヤセの断崖義経の舟隠しについて書こう。
日本海にせり出した断崖絶壁の地形は、まさに今回の旅のハイライトとも言える絶景だった。


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