毎日不幸とかウケる。ウズベキスタン珍道中【第1話】~初手からスカイライナー遅延でマジ不穏~
まえがき
2026年5月。私は見知らぬ地、中央アジア・ウズベキスタンで不幸の爆風を浴びていた。
待って、おかしくない?
だってウズベキスタンには観光に来たはずなのに。ほら、有名な青の世界。あれを見に来たんだよ?
厳密には青の世界、見てる。ちゃんと見てる。
でも、なんかちょいちょい不幸がはさまってくるんですけど。
ウズベキスタン4都市周遊、7泊9日。
同行者は友人の豚山だ。
笑顔、笑顔、時に真顔。
豚山と繰り広げた7泊9日のドタバタウズベキスタン旅行記、ここに幕開けし。
◇ ◇ ◇
スカイライナーは遅れています
随分と久々の海外旅行である。
スペインとクロアチア、候補に挙がったふたつの国のどちらを旅先とするか迷い、悩みに悩んだ末に突然豚山がひらめいたウズベキスタンに決まった。そんな旅である。
往路の出発地である成田空港までは、京成スカイライナーに乗って向かうことにした。
久しぶりの海外を前に、準備は万端。気持ちも身体も前のめりだ。
日暮里駅で最後の日本メシとしてネギトロ丼を喰らう。時間ギリギリだったので急いで頬張ってホームに上がると、スカイライナーは遅延していた。
人身事故だそうだ。こんなことを言ったら申し訳ないが、なんだか幸先が良くない。
私の乗る便はまだ20~30分の遅延で済んだが、その次便は運休とのこと。次便の乗客も同じ便に乗り込むこととなり、人口密度高めの移動で私の旅は幕を開けた。
国際線の飛行機は、定刻通りに成田を出発した。
国際線とは言っても、行きの飛行機内はCAさんも含めて日本語が飛び交っているし、とりわけ海外感も無い。
かくいう私も、話題の恋リア『恋愛病院』のしんじ(43)の話を隣に座る豚山に熱弁していた。豚山の顔は先ほどから死んでいる。そんなことはお構いなしに恋リアの話を熱く続ける私には、海外旅行の風情を語る資格は無いだろう。
そんな調子で呑気なフライトを楽しんでいたら、ドッカーン!!と、とんでもねぇ着陸。
マジで爆発でもしたのかと思った。隣の豚山はまだ表情を失ったままだ。もしかして着陸に気が付いていないのだろうか。
ダイナミック着陸の面白さを誰かと共有したかった私は、キョロキョロと周囲を見渡した。同じくキョロキョロしていた外国人の知らないおばさまと目が合い、一瞬の沈黙の後、2人で爆笑した。
これが、この旅の記念すべき初笑いである。
そしてウズベキスタン・タシケントへ
タシケント空港に着いたのは21時前後だったと記憶している。
入国審査は日本人には何も聞かないスタイルなのか、「見てろ」と言われたカメラをただじっと見つめるだけで終わった。

タシケント空港の到着ロビーには両替所やATMをはじめ、現地で利用可能なSIMを扱う店など、旅に必要なものがコンパクトな空間にすべて収まっていた。
まずはSIMカードを購入する。
9日間の旅程なので15GBもあれば十分だろうと考えていたが、豚山がそれでは少ないと言うので70GBのものを注文することにした。
SIM屋のお姉さんに伝えると「それならUZTELECOMの50GBがいいわよ」とのアドバイス。特にキャリアにはこだわりが無かったので、お姉さんの勧める”UZTELECOMの50GB”をそのまま購入した。
ちなみにSIMに関してはこの先不幸が待っている。しかし何も知らないこの時点では、大容量のSIMをスマホに入れてホクホクの2人なのであった。
荷物のピックアップには少し時間が掛かっていた。
待っている間に、ウズベキスタン鉄道の公式サイトをチェックする。ウズベキスタンに旅することを決めてから、ほぼ毎日のようにチェックしている予約サイトだ。もはや日課である。
私が狙っているのは『アフラシャブ号』という高速列車のチケットだ。
ウズベキスタンを旅するには、列車を使った長距離移動が必須となってくる。その長距離列車にもいくつかの種類があり、私が予約した時点で最速王者の座に君臨していたのがこのアフラシャブ号だった。他の列車に比べて移動時間を大幅に短縮出来るため、観光客からの人気ももちろん断トツ。当然私もこのチケットをなんとしても入手したいところであった。
ところがいざ日本から購入しようとすると、どうやっても決済時にエラーが出てしまうのだ。何度試しても事態は同じ。つまり購入が出来ないのである。
そうして私がもたもたと手こずっている間にアフラシャブ号の空席はどんどん減っていき、遂にはゼロになってしまった。私のアフラシャブ☆ライフは夢と消えた。
アフラシャブ号のチケットを買うことが出来なかった私は、代わりに『シャルク号』という列車のチケットを取った。アフラシャブ号に比べると速度の遅い列車だが致し方ない。
シャルク号や寝台列車のチケットについては、なぜだか決済完了までスムーズに進むことが出来た。
日本でそこまでの手配をしておきながら、その後もアフラシャブ号への憧れは変わらず抱き続けていた。そしてそれが件の日課に繋がる。
私はこれを執念と呼んでいる。
そんな私が小耳にはさんだ情報によると、どうもこのアフラシャブ号、発車予定日直前になると空席が数席復活するらしいのだ。何それめっちゃ良い話じゃん。一縷の望みを胸に、サイトを開く。
あった。しかも8席。
お宝を前に興奮で手が震える。
日本からは原因不明の決済エラーで購入まで辿り着けなかったが、ここはもうウズベキスタン国内。SIMも替えた。これ、いけるんちゃう?
期待しながらサイトを進んでいくと、まさかの決済エラー。毎度おなじみの画面でアフラシャブ号への道は閉ざされた。
「結局買えないんかーい!」と思った次の瞬間、自分たちがこのあと寝台列車に乗るために駅へ行くことに気付いた。
駅って…切符売ってますよね?
ってことは…買えちゃいますよね?
今、確実に脳汁が出ている。ほぼ諦めていたアフラシャブ号の輪郭が、再びくっきりと浮かび始めたのだ。
ただひとつ心配なのは、現在の時刻がもう23時近いということだ。これからATMキャッシングをして、タクシーを手配して…私たちが駅に着く頃にはどんなに急いでも0時前になっているだろう。
窓口…やってんのか?
考えたところでわからない。ここはもう賭けるしかないだろう。
ようやく出てきたスーツケースをせっせと転がし、空港内のATMへ。実はこのATMに関しても不安がひとつあった。
ATMの中にスム札が残っているのか否か問題である。
ウズベキスタンの通貨である”スム”は桁数がとにかく多いことで知られる。例えば1,000円を両替したとすると、ウズベキスタン通貨では約75,000スム分の紙幣に変わる。このように、少額両替しただけでもかなりの枚数の札束が動くのだ。
事前の下調べでは、ATMの中にスム札がすっからかんだったという情報をまぁまぁ見た。空港のATMなんてかなりの人数が利用するだろうし、ましてや今は夜…シチュエーション的にはいかにも無さそうじゃない?
不安半分でATMを操作する。
スム札は…残っていた。やったね。
手数料を考慮し、とりあえずは日本円にして約1万円、750,000スムをキャッシングした。
これで現金スム、SIM、荷物の三種の神器は揃った。
はやる気持ちを抑え、空港の外へ。
まずは、ウズベキスタンの配車アプリ”Yandex Go”を使ってタクシーを呼ばなければならない。
Yandex Goと言えば、登録時のSMS認証でウズベキスタン旅行者を苦悶させることで名高いアプリである。なぜだか私はこのSMS認証では苦労せず、日本での設定は10分もかからないうちにあっさり終わった。
日本でクレカ支払いの設定まで完了させておいたため、すぐにでもYandex Goアプリは使えそうだ。
初のYandexタクシーを呼ぶフェーズに入ったところで、もれなく白タクドライバーの皆さんのTaxi~?Taxi?Taxi~?Taxi?Taxi~?Taxi?Taxi~?Taxi?Taxi~?Taxi?Taxi~?Taxi?Taxi~?Taxi?Taxi~?Taxi?Taxi~?攻撃の洗礼を浴びる。
聞いてはいたが、思っていたよりスゴい。あとみんな距離感が近すぎてコワい。
慣れない歓迎をどうにか潜り抜け、自分の呼んだYandexタクシーに乗り込んだ。
初めてだったので勝手が良くわからず、スマホの画面を見せて「呼んだのは私だよ!」アピール&乗車して開口一番に「タシケント南駅!タシケント南駅にお願いしますね!」とテンション高めの声掛けをおこなったものの、ドライバー無反応の様子を見て(こういうの要らないんだ…)と早々に学習した。
アフラシャブ号への執念
タシケント南駅のロータリーには小さな売店がいくつか並んでいた。深夜の暗い世界の中に、ぽっと灯る売店の明かりがまるでオアシスのように映った。
先ほど手に入れたばかりの現地通貨”スム”を使い、列車内で飲む水と、ウズベキスタンの定番食であるサモサとグンマを購入。ウズベキスタンに来て初めての”スム”での買い物だ。
この国での旅がいよいよ始まったのだという喜びと期待が、心の底から湧き上がってくるのを感じた。

ウズベキスタンでは、駅構内に入るたびに手荷物検査がある。が、緩い。
ウズベク人は顔立ちが濃いので、平たい顔族の私としては勝手に厳格なイメージを持ってしまいがちなのだが、めちゃくちゃに緩い。
検査になっているんだか甚だ疑問のゲートを抜け、切符売り場がどこにあるのか尋ねてみる。
「今ゲートを通過したんだから切符は持っているだろう?」
そうだ。そうなのだ。その反応が正しいのだ。
確かにその切符は持っている。でも今欲しいのは別の列車の切符なのだ。
状況がややこしいし、私のアフラシャブ号への執念の話は多分伝わらないだろう。そもそもそんな気持ち悪い話は伝えなくてもいい気もする。
とりあえず「他の日の切符が買いたいんだ」と伝えると、(変な奴)とでも言いたそうな顔をしながら「切符売り場は建物が違う。右に行け」と教えてくれた。
右は静かだった。右と教わったものの、その右に人の気配はほぼ無かった。不安に思いながらも右に進み、それっぽい扉から「すいませ~ん」とか言いながら中に入ると何かのオフィスだった。
絶対入っちゃいけない雰囲気だけは察したため、光の速さでUターンしさらに右へ。
またしてもそれっぽい扉があった。今度もオフィスなのか…!?とおそるおそる覗いてみると、そここそが切符売り場であった。
いくつか並んだ窓口のうちのひとつだけが解放されており、そこに制服を着たお兄さんがちょこんと座っている。
窓口が開いている時点で、ほぼ勝ち確であろう。お兄さんに事情を説明し、日本で予約したシャルク号のチケットのキャンセル手続き、そして新たにアフラシャブ号のチケット購入手続きをしてもらった。
自分の名前が印字された紙チケットを手にした瞬間、もはや昇天しそうな気分になったが、大人なので平静を装った。
願うこと1ヶ月半、私の執念は遂に実ったのだ。
夜の寝台列車へ
再び手荷物検査のゲートを抜け、駅構内へ。
先ほど切符売り場について尋ねた駅員に「切符買えたよ!ありがとう」みたいなジェスチャーをしたら、全く興味を示していなかった。どうやら既に「変な奴」で確定していたらしい。

ホームへ出て、寝台列車に乗り込む。
車内はムワッとした熱気に満ちていた。随分と狭い廊下を抜け、予約している個室の扉を開ける。
個室には4つのベッドがあった。そのベッドの下の段に私と豚山、そして上の段にはブハラ出身という男性2人組が入った。一人がイケイケ系で、一人が几帳面な人だった。
イケイケ系が私たちに「おめーらどこから来たの?俺ブハラ」と話しかけている間、几帳面なほうが正座をしてシーツを綺麗に敷きだした。
外国人が正座をしている光景を目の前で見る衝撃。自分の分を敷き終えると、さも当たり前のような顔をしてイケイケの分のシーツも敷き始めた。実に美しく、丁寧な仕事っぷりである。
「チャイナ?コリアン?ヤポン?俺ブハラ」
イケイケのウェイに圧倒されながらも、視界の隅でみるみる綺麗に整っていくシーツが気になって仕方ない私。
几帳面さというのは国境を越えても信頼を勝ち得るのだな、と思いながら、異様な蒸し暑さの中で眠りについた。東京から16時間半。
気付いたらもう、そこはサマルカンドであった。
