日本の国際試合での勝利や日本人選手の活躍が何故楽しいのか
第1章 自分の活躍じゃないのに、なんでこんなに嬉しいんだろう?
スポーツの国際大会になると、普段は野球もサッカーも見ない人が急にテレビの前に集まりますよね。
自分もその1人です。
WBCの決勝戦では、試合開始の30分前からテレビをつけていました。
普段なら朝食を食べながらニュースを流している時間なのに、その日だけはなぜか緊張しているんです。
でも考えてみると不思議ですよね。
▶選手とは会ったこともありません。
▶コーチでもありません。
▶学生時代の同級生でもありません。
▶毎試合追いかけている熱狂的なファンというわけでもない。
それなのに、日本が点を取るとガッツポーズをしてしまう。
逆転されると、自分が怒られたわけでもないのに機嫌が悪くなる。
そして優勝すると、なぜか「やった!」と言っている。
でも冷静に考えると「いや、やったのは君じゃないでしょ」と突っ込みたくなりますよね。
実際、「自分の手柄でもないのに騒ぐのはおかしい」と言う人もいます。
「急に愛国者みたいになるのは変じゃない?」
「普段は興味ないのに勝った時だけ喜ぶの?」
そんな意見も見かけますし、それも間違いではありません。
自分は愛国者かといわれると、多分普通の人です。
そもそも、普段の生活で「自分は日本人だ」なんて、意識して生きてはいません。
勝った時にだけ盛り上がるのも、確かにその通り。
1回戦負け、予選負けなどで盛り上がりが無いと、負けても「ふーん」で終わってしまいます。
ただ、人間の心理を考えると、実はこれにはちゃんと理由があるんですね。
昔、人類は小さな集団で生きていました。
1人で生きることは難しく、仲間と協力しなければ食べ物も安全も手に入りませんでした。
だから「自分たち」という感覚は、生き残るためにとても大事だったんです。
そして面白いことに、人間の脳は「自分」と「自分たち」をかなり近いものとして扱うようになりました。
▶会社が表彰されると社員が嬉しい。
▶学校が甲子園に出ると卒業生が喜ぶ。
▶地元のチームが優勝すると街全体が盛り上がる。
そして国際試合になると、「日本」という大きなグループを自分たちの仲間として感じるようになります。
だから日本代表が活躍すると、自分のことのように嬉しくなるんですね。
これは愛国心が強いとか弱いとかいう話ではありません。
むしろ、人間に最初から備わっている機能みたいなものなんです。
そう考えると、普段はサッカーのルールをよく知らない自分が、試合中だけ急に監督になった気分で「今のはパスだろ!」なんて叫んでいたのも、案外普通のことなのかもしれません。
ただ、ここで1つ疑問が出てきます。
もし「仲間だから嬉しい」だけなら、なぜ海外のスター選手の活躍でも盛り上がるのでしょう?
国際試合が始まると、応援するのは日本だけでしょうか?
もちろんそういった人もいますし、否定もしません。
ですが、結構多くの人が、いつの間にかイタリアとか、モロッコとか、アメリカとか、様々な外国チームや選手を応援しているのです。
次は、人間が持っている「勝者と一緒に喜びたい」という、ちょっと面白い心理について考えてみようと思います。
第2章 普段見ていないのに、優勝した瞬間だけ詳しくなる理由
不思議なもので、普段は野球中継を見ない人でも、国際大会になると急に詳しくなることがあります。
自分もWBCの時はそんな感じでした。
シーズン中の打率なんて知らないのに、「あの投手ならまだ大丈夫」とか「次は代打じゃないかな」なんて偉そうに言っていたんです。
今考えると、何を根拠に語っていたんだろうと思います。
ちょっと笑ってしまいますね。
しかも試合が終わると、翌日には会社や学校で「あのホームラン見た?」という会話が始まります。
そこで面白いのは、誰も「俺が打った」とは言わないのに、みんな少し誇らしそうなんです。
実は、これは心理学で「栄光の反射効果」と呼ばれる現象に近いと言われています。
簡単に言うと、人間は勝者とつながりを感じることで、自分まで少し気分が良くなる生き物なんですね。
だから、優勝したチームの帽子を買う人が増えたり、普段は着ないユニフォームを着て応援したりします。
反対に負けた時は、「あ、負けれてるや」と、いつの間にか他人事になることもあります。
なんとも都合のいい話です。
でも、これは別に性格が悪いわけではありません。
人間は昔から、強い集団に属することで安心感を得てきました。
そうして大きくなり、逆に弱まると離れていくのです。
だから、成功した仲間やグループと自分を重ねることは、ごく自然な反応なんです。
そして、国際試合になると「日本代表」という大きな看板があるので、普段は野球に興味がなくても、その成功に乗って一緒に喜ぶことができます。
ある意味、お祭りみたいなものなんでしょうね。
自分も、オリンピックの時だけ柔道やスケートを真剣に見ています。
4年に1回しか見ないのに、試合中は完全に評論家です。
テレビに向かって「そこは攻めろ!」なんて言っていますが、もし選手に「じゃあやってみてください」と言われたら、たぶん10秒で息が切れるでしょう。
でも、それでいいんです。
お祭りに参加するのに、専門家である必要はありません。
そして実は、人間が盛り上がる理由は「勝ったから」だけではありません。
むしろ、もっと大事なのは「みんなで同じ瞬間を共有している」という感覚です。
考えてみれば、1人で優勝のニュースを見ている時よりも、家族や友人と一緒に見ている時の方が何倍も楽しく感じます。
SNSを開けば、知らない人まで同じ話題で盛り上がっています。
会ったこともない人なのに、なんだか同じ応援席にいるような気分になるんですね。
そして、人間は昔から、この「みんな一緒」という感覚が大好きでした。
次は、なぜ赤の他人なのに一緒に喜び、一緒に悔しがるのか。
人間が持つ「共感」という不思議な能力について書いてみようと思います。
第3章 人間は「一緒に喜ぶ」ためにできている
以前SNSで、「大谷選手がホームランを打って、なんでそんなに嬉しいの? 君が打ったわけじゃないでしょ?」と言われたことがあります。
確かにその通りですね。
バットを振ったのは自分ではありません。
汗を流して練習したのも、プレッシャーの中で戦ったのも選手たちです。
だから理屈だけで考えると、自分が喜ぶ理由なんてないように思えます。
でも、人間ってそんなに合理的な生き物ではないんですよ。
映画を見て泣いたり、小説の主人公に感情移入したり、動物の動画を見て笑ったりします。
テレビの向こうの出来事なのに、自分の心が動いてしまうんです。
これは共感という能力のおかげだと言われています。
相手の感情を自分のことのように感じる力です。
だから、決勝戦で選手が涙を流している姿を見ると、こちらまで目頭が熱くなることがあります。
表彰式で国歌が流れると、なぜか胸がじんわりすることもあります。
そして面白いことに、人間は喜びを共有すると、1人で味わう時より何倍も幸せを感じるそうです。
逆に悲しみは分け合うことで小さくなります。
だから昔から、お祭りや結婚式、運動会や花火大会など、人は集まって一緒に喜ぶ場をたくさん作ってきました。
国際大会も、それに少し似ているのかもしれません。
普段は全く違う生活をしている人たちが、同じ時間にテレビを見て、同じプレーで驚いて、同じ瞬間に声を上げる。
SNSを開けば、知らない誰かが「すごい!」と書いている。
会ったこともない人なのに、なぜか一緒に応援席にいるような気分になります。
考えてみれば不思議ですよね。
昨日までは赤の他人だった人たちと、今日は同じ試合で一喜一憂しているんですから。
もちろん「自分の活躍じゃないのに」と言う人もいます。
それも間違いではありません。
でも、人間は元々「自分1人」で生きるようにはできていません。
誰かと笑い、誰かと喜び、誰かと感動を共有することで幸せを感じるようにできています。
だから日本代表の勝利で盛り上がるのも、海外で活躍する日本人選手を応援するのも、愛国心が強いからというより、人間らしい感情の表れなのかもしれません。
もっとも、4年に1回しか見ない競技で急に評論家になってしまう自分としては、試合が終わった翌日にはルールを半分忘れているんですけどね。
それでも、次の国際大会が始まれば、またテレビの前で「頑張れ!」と叫んでいるんだと思います。
結局のところ、人間は「誰かと一緒に喜ぶこと」が好きな生き物なんでしょう。
それは、昔も今も変わりません。
人間は、たとえ血がつながっていなくても、他人の喜びに喜び、悲しみに悲しむことができる、高度な社会性生物なのですから。
よろしければこちらの記事もどうぞ。
