セガはいつも10年早い。ドリームキャスト編
わたし、西野葵はセガが好きだ。
そして、そのセガの中でも、特に感情をぐちゃぐちゃにしてくるのが、一台の白いゲーム機である。
ドリームキャスト。
名前からして、すでに全力だ。
夢をキャストしてしまう。投げてしまう。
結果として、会社の未来まで一緒に投げてしまった感もあるのだけれど、それでもやっぱり、あれは「夢のかたまり」だったと思う。
前回は、大阪道頓堀の「極楽商店街」で、セガがどれだけ昭和レトロに早く飛び込んでいったかを書いた。
今回の主役は、その少し前の時代に、セガが社運を賭けて送り出した白い箱。
1998年、満を持して発売されたセガの主力兵器だ。
ただのゲーム機にしておくつもりなど、セガにはさらさらなかった。
当時のことを少し思い出してみよう。
世間はまだ、インターネットの「ネの字」も知らない人が大半だった。
家にパソコンがあるだけで「詳しい人」扱いされ、電話回線にモデムをつないで、夜中に「ピーヒョロロロ」と鳴らしながらネットに接続していた時代だ。
ダウンロード? なにそれ?
そんな空気である。
今なら、100メガや200メガ程度のデータなんて、気づいたら終わっている。
しかし当時は違った。
表示された残り時間が「20分」「30分」からなかなか減らない。
それ、メガじゃなくてテラでも落としているんですかと聞きたくなるレベルだった。
そんな通信環境で、セガは言い放つ。
「このゲーム機で、ソフトをダウンロード販売します」
正気か。
いや、セガなので正気なのだ。
いつも通り、世界のほうがまだ寝ぼけていただけである。
その白い本体には、当たり前の顔をしてモデムが内蔵されている。
ゲーム機なのに、最初からネットワーク前提。
この時点で、すでにちょっと未来に足を突っ込んでいた。
もちろん、ドリームキャストの狂気はこれだけでは終わらない。
この白い箱の中には、当時としては頭がおかしいレベルの「ネット構想」がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。
誉め言葉としての「狂ってる」である。
ドリームキャストは、セガにとってゲーム機であると同時に「高性能な通信機器」でもあった。
今読むと笑ってしまうくらい、当時としては全部盛りだ。
ドリームアイと呼ばれる外付けカメラをつなげば、テレビ電話ができる。
ビデオチャット、写真を加工して送るフォトメール、動画付きのビデオメール。
ちょっと待ってほしい。
当時の一般家庭にとって、メールという単語すらまだ新参者だったのだ。
そこへ「写真を加工して送れます」「動画も添付できます」ときた。
さらに、カラオケ。
インターネットバンキング。
オンライントレード。
自宅から預金確認や株取引までできる。
おまけに「インターネットホスピタル」。
健康診断や在宅介護の相談など、次世代の医療サービスまで視野に入れていたというのだから、もはやゲーム機の仕事ではない。
家電と金融と医療と娯楽のごった煮だ。
全部、あの小さな白い箱でやろうとしていた。
今ならスマホ一台や、据え置き機一台で当たり前にやっていることばかりだ。
ただ、それを1998年に、家庭用ゲーム機でまとめてやろうとしていたのがセガである。
早すぎる。
あまりにも早すぎるよ、セガちゃん。
ここまで読むと、「すごいビジョンだったんだなあ」で終わりそうだが、セガはそこからさらにアクセルを踏み込む。
まず、値下げをした。
他社の新機種登場をにらんでの戦略的値下げである。
ここだけ聞くと、よくある話だ。
問題は、その内訳だった。
1台売るごとに、1万円の赤字。
売れれば売れるほど、会社のHPがゴリゴリ削れていく。
ユーザーとしてはドリームキャストが世に広まるのはうれしいのだが、同時にどこかで「大丈夫か、セガ」と胃を押さえることになる。
うれしいのに、心配。
ほとんど恋の病である。
それでもセガは止まらない。
高速ネットワークの整備に、約200億円を投じた。
日米欧にサーバーを設置し、ドリームキャストからの通信を少しでも快適にしようとしたのだ。
売れば売るほど赤字のハードのために、追加で200億。
どう考えても正気の沙汰ではない。
だが、セガなので、やはり正気なのだ。
やると決めた未来には、全力で突っ込んでいく。
こうして、ドリームキャストはセガの社運を賭けた一大プロジェクトとなった。
そして、見事に散った。
最終的にセガは、家庭用ゲーム機事業から撤退する。
白いドリームキャストは、セガ最後の家庭用ハードとなった。
華々しく、そして静かに、ひとつの時代が閉じた。
ここまでの流れだけを見ると、ただの大失敗に見えるかもしれない。
でも、今の世界を見渡してみてほしい。
オンラインでゲームを買い、オンラインで友だちと対戦し、オンラインでカラオケをし、ビデオチャットをし、ネットバンキングやオンライントレードを使い、ときには医療や介護の相談までしている。
スマホやゲーム機の前で、わたしたちは当たり前の顔をして、その未来を生きている。
ドリームキャストが1998年にやろうとしていたことを、今は他社が全部やっている。
しかも、大成功している。
なんたる皮肉か。
なんという悲恋か。恋ではないけれど。
実行力、構想力、資金力。
どれも高水準だったはずなのに、時代だけがついてこなかった。
セガは、またしても未来に出て行きすぎたのだ。
だから、わたしは思う。
あの白い箱は、失敗作なんかじゃない。
人類が追いつくのに十年以上かかった「早すぎるトリセツ」みたいなものだったのだと。
そのページを、今になって世界中の企業がゆっくり読み返している。
オンラインストアも、ビデオチャットも、ネットバンキングも。
ドリームキャストが夢見た風景の上で、みんなは今日も当たり前のように暮らしている。
セガの名前は、そこにはあまり残っていない。
だけど、わたしの中では、あのオレンジの渦巻きロゴが、ずっと点滅している。
セガはいつも10年早い。
そうつぶやくたびに、白いドリームキャストが、心のどこかでカタリと鳴る気がするのだ。
そして最後に、もうひとつだけ付け加えておきたい。
あの、わずか数秒の起動音。
作曲・坂本龍一氏。
そのギャラ、約4000万円と言われている。
出オチか! という話である。
