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【はじめてのnote】「高齢者は常に支援される側?」――一つの問いが、生徒の発想を変えた日

学校の外側から、生徒の学びに関わる。それが、これからのまちづくりの一つの形になると思っています。noteにその想いを綴っていこうと思います。

私は2026年5月まで多摩市役所に勤め、高校の探究学習に市職員として伴走してきました。教えるためでも、評価するためでもなく、ただ「外部の大人」として教室に立ち会う。その経験の中で、今でも忘れられない一場面があります。

「果たして高齢者は常に支援される側なのかな」

2022年度から始まった多摩大学付属聖ケ丘高校の「探究ゼミ」。生徒が自分たちで地域課題に向き合うゼミで、私は「高齢者支援ゼミ」に多摩市職員として立ち会っていました。
4月下旬、2年生たちが年間の活動計画を立てていた日のことです。
「詐欺の注意喚起をしよう」「運動する機会をつくろう」
次々とアイデアが出てきました。どれも真面目で、よく考えられた案でした。でも「高齢者のために、私たちが何かをしてあげる」という構図から、なかなか抜け出せずにいました。
そこで、ふと尋ねてみたんです。
「果たして高齢者は常に支援される側なのかな」
生徒たちは一瞬、ハッとした表情を見せました。しばらくして、誰かが言いました。
「人生最大の失敗について語ってもらうのは?」
すかさず別の生徒が反応します。
「しくじり先生じゃん!」
「支援する」から「教えてもらう」へ。高齢者を、助ける対象ではなく、人生の先輩として頼る存在へと、生徒たちの視点が切り替わった瞬間でした。
ゼミ長の生徒は後にこう話してくれました。
「ぼくたちが助けてもらう側になるって新鮮。3学期にはこの視点から、自分たち主催のイベントを開いてみたい」
私がやったことはシンプルです。正解を教えたわけでも、新しいアイデアを提示したわけでもない。ただ一つ、前提を疑う問いを投げただけです。
親でも先生でもない「第三の大人」だからこそ、教室の中では出てこない角度から問いを投げ込めた。そう思っています。
この出来事は、2026年6月、朝日新聞デジタルの「高校思い出クリック〜青春群像記〜」でも紹介されました。
「高齢者は常に支援される側?」高校生は考えた 多摩大付属聖ケ丘高(朝日新聞デジタル)
次回は、なぜ「学校の外の大人」の存在が必要なのか、もう少し掘り下げて書いてみようと思います。

ニシムラ/まちを学び場にしたい
地方創生や協創のまちづくりに関心あり。多摩市役所で12年間、ニュータウン再生や総合計画策定、官民連携の推進に従事。高校での探究学習支援も経験し、多様な主体が協働する仕組みづくりを得意とする。2026年に転職し、人や組織の挑戦が生まれる地域づくりに取り組んでいる。探究学習アドバイザー、講演活動なども。
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