【日記】七峰らいがの第14次米子映画事変レポート【長文】
事変(じへん)とは、広範の非常事態や騒乱のこと。「事件」よりも規模が大きい。
過去の記事はマガジンから読めます。
本記事は順を追ってそれぞれの催しについて感想を語っていく。
また、各映像作品等について核心に触れる記述(ネタバレ)をするためご注意いただきたい。
YONAGO

春のごとき快晴は故・岡本喜八監督の妻にして晴れ女「みね子ママ」こと岡本みね子さんのお力に違いない。感謝しつつ会場へ向かった。

某有名スペースオペラ小説シリーズをほうふつとさせる名前から「第54回日本SF大会 米魂」との連動企画で使われたりもした米子サブカルチャーゆかりの地。
思い出作りに行ってみたかったが長い行列になり断念。
こういう店の味を知って真の意味で「米子人」になる機会を永遠に失った気分がした……。














ホラーノベルウェア「3−SAN-」開発トークショー

ゲーム製作に携わった漫画家の鶴田謙二さん、ナレーターのモアイ岩下さんを招いて「だべり」のようなゆったりとした時間を過ごした。
「郵便物を中心としてさまざまな恐怖が襲いかかるホラーノベルゲーム」ということ以外に新情報はなかったが、鶴田さんの描く妖しげで引き込まれるようなイラストの世界観とモアイ岩下さんの語る音声収録の熱演ぶりに、ホラーが苦手でも興味をそそられた。
おそらく発売時期はまだ未定だが、ぜひ注目してほしい。
帰ってきたタグチキヨタカ~映画監督 田口清隆の現在地~

田口監督のフィルモグラフィーについて、略歴のスライドが非常にわかりやすかった。
監督の自衛隊趣味は映像作品に如実に表れているが、2011年公開の自衛隊のドキュメンタリー映画(『RANGER 陸上自衛隊 幹部レンジャー訓練の91日』)を撮った経験が活かされているとは知らなかった。
改めて感じる田口監督の凄さは、人脈の広さを映画監督の仕事へ最大限に利用する「自主制作魂」とでも言うべきそれだ。
特に近作『仮面ライダーガッチャード』における三平×2さんと佐伯日菜子さんの出演は米子が育んだ縁であり、感慨深い。
きっと「田口組」という名が示すワンチームの輪は、一視聴者の想像よりずっと広いのだろう。
また自主制作映画『UNFIX』最終話における佐伯日菜子さんはふだん会場で見る姿とは真逆のキャラクターで、それがより魅力的だった。
思えば2018年の第八次で第1話の特別上映を観た日から、毎年どこかで撮影されている監督と演者のライフワークとなって、こんなにスケールの大きな話になるとは考えもつかなかった。
青柳尊哉さんの「訪米」は2016年の第六次以来10年ぶり2回目だったが、いつも田口監督となかよしで、演じるキャラクターのことを愛してファンのみんなをも愛してくれてまぶしかった。
ヘビクラ隊長も演じた時点ではまだ実年齢より上の演じ方だったんだろうけど、ああやって歳を重ねていかれるんだろうなと思った。
各映像作品の上映について『ウルトラマンZ』の円谷プロ、『クレバテス』のKADOKAWAなどがバックについていて実に華やかなイベントになった。
米子では正直縁遠い応援上映だが、各地から集結した精鋭遠征部隊の尽力もあり、たのしいイベントになったと感じる。
『ウルトラマンZ』は観客が声援を出しやすいつくりでありながら新型コロナが直撃した時期の作品だ。
しかしその圧力にも屈さなかったことで、作り手にも見る側にも特別にパワーのこもった作品になったのだなあと納得した。
終わりぎわに『ウルトラマンZには劇場版がないので、最終2話を応援上映するイベントを全国各地で催してもよいのでは』という話になったが、ぜひそうするべきだと思う。
3分映画宴
2/21【第14次 米子映画事変】内で開催の「第14回3分映画宴」
— 米子映画事変 (@yonagofilm) January 28, 2026
ノミネート作品を当日の上映順に、応募者による「あらすじ」付きでアップしました!
選りすぐった33作品の中からグランプリに輝くのは…!?乞うご期待!https://t.co/07cEdP4BIz
今年はホラー系の数が少ないぶん多様なカップルものやアニメ作品が多かった印象。
どれも力作ぞろいで、自主制作感の強いナンセンスな作品やばかばかしい作品は脇に追いやられた感もあるが、ノミネートから外れた作品の特別上映も含め、いざという時のパンチの強さが場内を沸かせた。
音声字幕付きであったり、スマホサイズの縦長な作品や生成AIを用いた作品など、時代の変化に伴う映像表現の変化について学ぶことの多い映画祭となった。
個人的ピックアップとしては、上映順3番・13番・24番・31番を挙げたい。
3番『Siesha「背中」ミュージックビデオ』は、表現の豊かな弦楽四重奏と切り絵を用いたアニメーションが美しく、2分半のMVとしての作り込みが凄かった。
13番『Subterranean Radio』の作者による作品は以前にも映画宴で目にしたが、忘れられない世界観の中へ引き込まれる。
そこで描かれる詩情たっぷりのストーリーも夢なのか現なのか判然としないところがあり、不安で、いっそ神秘的ですらあるのだった。
鳥取の映画祭です!
— 山口改 DannysFilm (@XmcqueenX) February 3, 2026
よろしくお願い致します✌️ https://t.co/FYjfEAt4ZA
24番『365』は男女のカップルものだが、「わたしの好きなところ365個教えて」と言う女性の迫力にタジタジになる男の悲哀がよく描かれていた。
31番『モノノフ ニ ナル』は難しいであろう伝統芸能の3DCGアニメーションに挑戦していて、芯のない等身大の女の子が流鏑馬を通じて一皮剥ける成長ドラマのかっこ良さとその青春が鮮やかな色として印象に残った。
1日目を終えて
グランプリ授賞式の途中で会場を出て、一番遅い在来線で帰宅する。
noteにイベントレポを書き始めた時期と重なるため、どうしても第九次の記憶と現在地点を比較してしまう。
あの頃はとにかく「大人たち」の醸し出す空間に混ざりたい一心で会場にいた。
だが今は「例年迎えにきてもらう母の手をわずらわせたくない」という意識も高まり、そもそも自分自身がイベントそのものに対して心が離れているのではないか、という気分がした。
よくわからない感情に名前をつけるとしたら、「別れ」だ。どこかに分岐点があってルートが分かれてしまった、あの感じ。
帰りが遅くなると心配する親を説き伏せるなりして無理やりにでもボランティアスタッフに参加して人脈を広げるとか、思い切って同好の士にアタックして交友の輪を広げるとか、そういったポジティブで自分だけに都合のいいアクションが苦手だから、こうなった。
母が好きでその名を知って、自分の選曲でプレイリストに入れた演歌歌手の男歌を聴きながら、「泣くぞ」と思うと涙が引っこんだ。
北の空に北斗七星が浮かんでいて、つらくなるたびあちこちの星座を見上げてゆっくり帰った。
寝ながらスマホをつつく悪い癖が消えなくて、遅くまで眠れない日が続く。
ビジュアルノベル『日本沈没ですよ』トークショー
ゲーム内に登場するフランス製高性能有人潜水艇「ケルマディック」のギジンカ(とある現象によってあらゆるモノが女性キャラになった状態のこと)。
ゲーム自体の説明はおおむね前回聞いたままだったが、赤井孝美さんが描き下ろした新規イラストの数々が眼福だった。
Steamの表現規制が厳しいようで、あとで服を着せるといういくつかのキャラクターはM字開脚やはたまた局部に紅しょうが(!)など、たしかに全年齢にはしておけない刺激物だった。
今作の主な舞台は大阪だそうだが、ゲームの人気が出れば各地方にご当地赤井孝美キャラが生まれる時代がくるかもしれない。
「では第1小隊もこれより独自に行動します。」
鶴田謙二さんのサインが欲しくなって、路線バスの往復で書店へ向かい最新刊『モモ艦長の秘密基地②』とサインペンを用立てた。
(編注:厳密にはサインペンの持ち込みが必要なことにあとで気づき会場近くの大型スーパーでマッキーを買った)
結果として「血と砂」フィルム上映&トークショーを見そびれ、「ヨナゴゲイムショウ」終盤から「イワシマンショー」までを見物する。


ブルーシートの最前列で「いつもこんな感じでショーをやっていたんだな」と思いながら、ひとの生み出す創造のエネルギーにしばし浸った。

胸を張って写真を撮れる
そうして最後の最後、フィナーレのふるまい酒こそが、映画事変の真骨頂だ。
服薬の都合で酒の力は借りられないが、ゲストと最接近できるまたとない機会に、二日間のライブドローイングを終えてお疲れの鶴田謙二さんにサインをねだる。
「いや、サインは……」とスタッフの手が入るところをご厚意でいただく、それだけでも恐縮のところ思ったよりもずっとずっとサインを書く時間が長く、手汗をかきながら待っていると、それがモモ艦長(私ではない)のイラストつきサインであった。
万感の思いを胸に、「お気をつけてお帰りください」と自分なりの激励を送る。
勝ち残りのクイズ大会でジャグラス・ジャグラーのアクリルスタンドが手に入ったことを話の種にし、青柳尊哉さんともすこし話した。
青柳さんに「アクリルスタンドを飾ってやってください」「(ウルトラシリーズを)応援してください」と言われたら、否やはない。
そう、記憶から飛んでいたが握手もしてもらえた。
しっかりと力強く、しかしキツくない手に、役柄の深みを感じるではないか。
ゲストに「いっしょに写真を」と言える空気じゃなかったり、ご歓談の輪に交じれなかったりしつつ、それでも例年のことだと思い、赤井孝美さんとツーショット写真を撮った。

あとは、七夕じゃないけどどうせ一年に一度のこの機会じゃないと話す機会ないし、と思ってスタッフをやっている年上の知人に挨拶した。
結局「初めて会った時から10年経ったよね」的な思い出話となりつつ、ボランティアスタッフへのお誘いをかけられる。
なんでも、スタッフ=イベント期間内に裏方でつきっきり、というイメージが定着してしまったのだけれど、SNSでイベントのことを発信するみたいに軽めなボランティアでも事前申告さえあれば全然それでいい、みたいな話だった。
前日の夜に想像していたボランティアスタッフの苦労みたいなものはまさにそれだったので、「そういうのもあるのか」と思った。
ただ、ボランティア募集に関しては今までもタイミングときっかけがつかなくて遠ざけていた面もあるし、どうしても実家の重力圏との板挟みで苦しむかもしれないと思うと、ただちにイエスとは言えなかった。
なんてことはない、「わかれ道」を選んでホッとしていたのは自分の甘さだ。
思い切って前に出れば雲霧を払うことができる、そんな瞬間を映画事変で何度も味わってきた。
そしてそのたびに、人の厚意を受け取る自分からは何の「ギフト」を人に贈れるのか、考えているようでそうではなかった。
事後の「反省会」は不機嫌の自家中毒でしかない。
また、ささいな身動ぎのような言動で人やモノを傷つけるかもしれないという悪い想像ばかりしてしまう。
じぶんは人間ではなかった時間が長いから。
そしてこの記事そのものも、大いなる私小説ないしは独白の一部でしかない。
終わりにかえて
今回写真には撮らなかったが、落書きコーナーに赤い油性ペンでシャアの仮面を描いた。
じょうずに描かれたハロの横に「アムロ」と指された棒人間が描いてあったのでそうしたのだが、その行動と結果に思うところがある。
シャアは、自分自身で何をしたいのかあまり明確な指針がないのにも関わらず言われるがまま求められるがままに手を尽くし、そして事が終わるとまたわからなくなり、象徴的な「導き」を待っている。
いくつかのメタ的な解釈はあるにせよ、僕はそこに、ある種の運命論的な行動の受け入れ方を感じ、共感を覚える。
僕は迷っている道中の初期シャアが好きで、行くところまで行ってしまった逆襲のシャアがあまり人間として好きではないのだが、そういう理由もあるだろう(余談:逆襲してしまったのに、またクワトロに戻ってめっちゃ苦しむ『スパロボ30』のシャアは嫌いになれない)。
逆説的に、僕は行き着くところまで行ってしまって後戻りがきかなくなったり、自分自身が受動的であることに開き直って「私は器になろう」とか言い出したりすることとかに対し、恐怖しているのか。
去年の誕生日エッセイで語った、嫉妬心に駆られたネット住民に向けた「ああなるかもしれない」という恐怖も、結局は「悩まなくなる」ことが自分にとって怖いことなのだということか。
だとするならば、
極論、生きることと死ぬことの狭間で悩み続けている限り、
僕はここにいてもいいんだ。
(おわり)
お金を払うなどして引き取ったもの(戦利品)
(アニメ会のサンキュータツオ氏がフィギュアを買うことを「引き取る」と表現しているため)

奇しくも日本人形とフランス美少女の競演か

中身は絵コンテ帳。何を描くかは未定

山陰地方でまだまだ売ってます!

これを家で飾るとなると……



会場内に出店し、「まんだん」という催しで「1980年代くらいまでの少年ジャンプコミック巻末に見られた著名人による推薦文」に関する独自研究を発表していた「古書の店Gallery」店主の腰をいたわるべく「(お金を払って)引き取った」
これさえあれば昭和プロレス史の4分の1は理解できる
(残る3つは「プロレススーパースター列伝」「最狂超プロレスファン烈伝」そして「転生したら昭和中堅レスラーだった件」)
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