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夜明けのドライブ ─ ジョージ・ベンソンと走る首都高

21歳の旅立ち

21になったとき、私もいよいよ憧れの大都会へ出ることを決めました。
大都会と言っても私がこれから住む場所は、川を越えたら他県でしょ、という微妙な位置ですがド田舎育ちの私からすれば、それはもう都会なんです。

私は持病があるので病院にかかる必要があるのですが、会社に紹介されたクリニックは20階建てビルの一番上のフロアで、とても見晴らしがよかったです。
まず、遠くに山がないことに驚きました。
どんなに目を凝らしても平地に高いビルが見えるだけ…
これが地理で習ったあの「関東平野か~」と妙に納得したのを覚えています。

はじめの頃は都会の運転が怖かったので帰省の際は新幹線を使っていましたが、その場合どうしても地元での自分の足がなくなるので、田舎ではめっちゃ不便です。


木久扇師匠似の父がする、運転スパルタ教育

その後は、父が何度か私を迎えがてら新幹線でやって来ました。
まぁ父は父で都会で遊びたい気持ちが強く、私の運転練習を口実にしているな…という思いはありました。
でも高速練習に付き合ってくれるのも父しかいないので、それは良しとします。
ちなみに木久扇師匠似の父は運転がずば抜けてうまく、事故を起こすこともほとんどありませんでした。
父についてはこれから書いていく予定ですが、ともかく! 運転に関しては凄い父です(他はね、アレなんだけど…)
その父が、私の免許取得半年後に車を買ってくれたのですが、父が練習に連れて行くところといえば廃れた、すれ違いもやっとできるほどの峠道です。
毎晩毎晩、父の仕事が終わるとそこへ連れていかれ本当に泣く思いをして運転に慣らされました。
晴れて一人での運転許可をもらった時の誇らしさは、忘れようもありません。

初のマイカー。
どうせぶつけるからという理由で、
20万のポンコツ中古車を買ってくれました。
(画像はこちらからお借りしました)

私の音楽遍歴

私はどちらかというとアイドルなどが苦手でした。
まぁ、本当に聖子ちゃんは特に…(小声)
私の音楽の目覚めは、小学校に上がる前の幼児雑誌についていたソノシートのクラシックです。
あれでメジャーな曲を聴いて覚えました。私にとってクラシックは堅苦しいものではなく、美しく楽しいものでした。
そういえばオルガンも父がどこかからもらって来て、チューリップなどを一緒に弾いていたのを覚えています。
小4でゴダイゴに嵌りました。
そして久保田早紀さんの異邦人など、異国情緒の溢れる音楽に惹かれていたのかもしれません。
そして忘れてはいけないのが中島みゆきさんとの出会いですが、これもまた超長くなるので、また別の機会に譲ります。
そのみゆきさんと同時に、私の暗黒の思春期を慰めてくれたのは、THE ALFEEのお三方、当時「THE」はついてなかったんですけどね。
まぁ、深夜放送の世代です、はい。
ラジオから流れてくる音楽は洋楽邦楽問わず、私の心をワクワクさせてくれたのでした。

私が持っていたのは赤いラジカセ

ALFEEを一度卒業してからは、SHAKATAK、TOTO、ボズ・スキャッグス、サンタナなどの洋楽のほかに、佐藤隆、南佳孝などちょっとひねった感じのアーティストが好きでした。
なんかね、こう脈絡がないというか…ALFEE好きならクイーンとか行きそう…と今なら思うんだけど、AORのちょっと大人っぽいサウンドがかっこよく思えて好きだったのです。
山下達郎も大瀧詠一も聴いたしサザンも好きだけど、やっぱりちょっと南佳孝ってハードボイルドなテイストもあり「当たり前じゃない」かっこよさを感じていました。
そして、私が都会へ旅立つ頃に行きついたのがジョージ・ベンソン。
(そこに行くのに、なぜ前段が達郎じゃないんだーっ!)
Breezin' はあまりにも有名ですが、なんというか聴いてて普通に心地よいんです。


In Your Eyes で夜明けを走る

さて車の話に戻りましょう。
そんな私が実家から帰るときはいつも朝の3~4時の間に出発します。
私はとにかく渋滞が大嫌いで、スピード狂もあいまってスイスイ走れるなら早起きの方がよっぽど良いと思っています。
私の実家は観光で生きている地域でもあり、週末の夕方など目も当てられないほど混むので必然的にこの時間を選んで帰っていましたが、そんな時に聴くのはいつも、このジョージ・ベンソンのアルバムでした。

初めて買ったGeorge Benson のアルバム
画像をクリックすると試聴できます。

このアルバムの一曲目、FEEL LIKE MAKING LOVE
のっけから透明感のあるサウンドで、まだ眠い私の頭をクリアにしてくれます。外はまだ暗いのでヘッドライトをつけての峠越えだけど、峠大好き人間としては徐々に自分にエンジンがかかる感じです。
二曲目、INSIDE LOVE(SO PERSONAL)。
このベースのリズムが心地よく既に身体がリズムを刻み始めます。
三曲目、LADY LOVE ME(ONE MORE TIME)
もうイントロが素晴らしい、最高!
四曲目、LOVE WILL COME AGAIN
これはまだちょっと夜の匂いのする一曲。私が今走りながら抜け出そうとする夜がまとわりついてくる感じで、ハンドルを握る指がリズムを叩いてしまいます。

当時、私の車のカーステレオにはCDはなく、テープに録ったものをリピートして聴いてました。(でもALPINEのちょっといいカーステ)
さて、そんなふうに2周目が流れる頃には空が徐々に白んできます。
そして五曲目はアルバムタイトルにもなっている IN YOUR EYES
王道のバラードですね。

これが白んできた空に似合いすぎるほど似合うのです。
ああ、運転してて幸せ~、と感じるひと時です。
いや、もういいじゃん、最高じゃん、とうっとりしてる私を覚ますように、六曲目のNEVER TOO FAR TO FALL
「Never, never, never, no, no」というコーラスに続くリズムが私をシャキッとさせます。
さて七曲目は BEING WITH YOU
インストの一曲です。これは高速に乗ってちょっと緊張してハンドルを握る私にふっと一息つけよと言っているような、そんな優しい一曲です。
肩の力が抜けて、一定のスピードで走っている私に変化する空の色を見る余裕を与えてくれます。
八曲目、USE ME
もうこの辺は走り去る他の車を見ながら、自分がアメリカかどこかの都市を走っているような、ちょっとかっこいい自分に浸ってしまいます。
そして3周目後半に差し掛かる頃、いよいよ首都高に入っていきます。
ガラガラの首都高、9曲目の LATE AT NIGHT

都心環状線外回りは、明けた空がオレンジに輝きビルを照らしています。
そのビルの谷間を、この曲とともに走る最高の瞬間…その美しさと言ったら、もう本当に生きててよかったと心から思える景色なのです。
私がイチオシする最高の一曲です。
そして10曲目、IN SEARCH OF A DREAM
さぁさぁ、これからお仕事ですよと、さっきの余韻を断ち切ってくれるかのような、ちょっと現実感のあるサウンドですね。
高速を降り、見慣れた街並みを走って到着です。
長い長い道のりの後に残るこの心地よさ…これはそんな気持ちにさせてくれる最高のアルバムなんですよ~。


この当時、まだレインボーブリッジは開通していませんでした。
1年後の開通時に通ったときは眺めの良さに感動しましたが、そこは高速道路の悲しさ…止まることはできません。
でも明け方の道はレインボーブリッジを通る方が早くなったので、車のいない時間は少しゆっくり走って景色を堪能していたものです。
十数年前に走ったときは、その景色が私の記憶よりも多くのビルが建っていて、まるでサンフランシスコのどこかの橋を渡っているかのような錯覚を覚えました。

いや、なんというか自分が年をとったのを感じましたけど、もう首都高は絶対運転しないと決めているので、あの時見た景色が私の中の最後です。
だってもう、いろんなジャンクション出来て複雑になったし、やだ、もう怖い。
ばばあの今は、ゆりかもめで楽しむレインボーブリッジが最高です!
はとバスもね!


★久しぶりに夜明けの空を、George Bensonとともに走った記事はこちら!


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