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考えすぎの生き方マニュアル ― パスカルが教えてくれたこと


パスカルが熱い。


 みなさんは、「考えすぎだよ」って言われるだろうか?
僕はハイパー言われる。

 生前の母は、考え込む僕を見ては、
 「また哲学?」と言った。

 苦虫を噛んだことはないけれど、もし噛んだらあんな顔になるのだろう。

 世の中では“考えすぎ”はしばしばネガティブに扱われる。けれど、それもひとつの生き方。

 今日は天才パスカルではなく、「人間」ブレーズ・パスカルを紹介したいと思う。

人間パスカル

病弱な天才として生まれて

 ブレーズ・パスカル(1623–1662)は、子どもの頃から虚弱で、頭痛やお腹の不調に悩まされ続けた。
 妹の証言によれば「18歳を過ぎてから、一日たりとも痛みのない日はなかった」と言われるほど。青年期には杖が必要で、歩くのさえ困難だったそうだ。
 それでも彼は、数学・物理学で画期的な成果を挙げ、早熟の天才と呼ばれることになる。

死を常に意識する日々

 慢性的な痛みは、パスカルに「死」を常に意識させた。1661年からは発作が頻発し、翌年39歳で世を去るが、解剖では胃や腹部の大きな病変と、脳の異常が確認されたそうだ。
 
 死の床での最後の言葉は「神よ、私を見捨てないでください(May God never abandon me)」。病とともに歩んだ人生の締めくくりだった。

妹と信仰、そして回心

 パスカルの妹ジャクリーヌは修道女としてジャンセニスム(厳格なキリスト教運動)に身を投じ、その影響で彼も信仰を深める。
 
 1654年の「火の夜」と呼ばれる神秘的体験を境に、社交界や科学仲間との交流を断ち、「自分の才能を神のために使う」と決意した。

 この選択が、彼を『パンセ』の思想へと導くことになる。

『パンセ』

 パスカルが残した断章『パンセ』の中でも有名なのが139番だ。
 「人間の不幸はすべて、部屋の中で一人静かに座っていられないことに由来する」彼はこう考えた。

 人は本来、食べて寝て生きていくだけで足りるのに、退屈や不安を紛らわせるために戦争や賭け事、権力争いへと走ってしまう。

 行為そのものが問題なのではなく、「余白」に耐えられず、思考が余計なことを生み出すのだと。

 宮廷で遊ぶ貴族たちを見て、彼は「死ぬのに、なぜそんなに必死で余計なことをするのか」と我に返ったのだろう。

 そして「なぜもっと考えないのか」と、絶望したのかもしれない。


最後の数年間


 晩年のパスカルは、病に苦しみながらも祈りと慈善に力を注いだ。

  • 家財を処分し、貧しい人々に家を譲る

  • 「もし回復したら、残りの人生を貧しい人々のために捧げたい」と語る

  • 最期は「病院で貧者と共に死にたい」と願った(体力がなく叶わなかった)

 華やかな宮廷や学問の栄光を離れ、彼は「静けさ」と「祈り」の中に人間の真実を見出そうとした。

人間パスカルからのメッセージ


 パスカルは天才でしたが、同時に弱く、苦しみ、祈った「人間」でもあった。『パンセ』139の言葉は、病に縛られ、死を身近に感じながら生きた彼自身の体験からにじみ出たものだ。

 「静けさに耐えられず、余計なことをしてしまう」。それはパスカルの人間への嘆きだったかもしれない。

 しかし僕は、その人間の弱さを知りながらも、パスカルは純粋に祈り、考え、慈善に生き抜いたと思う。

 だからこそ、私たちが「考えすぎ」て世の中を嘆き、「みんな死ぬのに楽しそう」と斜め45度から他人を眺めていてもいい。

 考えすぎは、逃げでも弱さでもなく、ただ人間が与えられた生き方のひとつにすぎないのだ。

 パスカルは「死」が身近だったからこそ、考えた。その純粋さは、いつも背中を押してくれる。考えすぎることで、見える景色もある。

 こうして見えてくるのは、「考えすぎの生き方マニュアル」。
パスカルはそのモデルケースとしてふさわしい。

 考えすぎてもいい。それは人間の弱さと優しさを兼ね備えた、美しい生き方のひとつでもある。

 宮廷で遊ぶ人には届かなかったかもしれない。
 
 けれど、パスカルのように余白を見つめ、純粋に考え抜いて生きた人が確かにいた。

 その事実が、考えすぎる私たちを今日もそっと導いてくれる。
 


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