Vol.218 タイのお葬式で思い出した、国境を越えて続く『縁』
先日、タイで親しくしている友人Tのお父様が亡くなり、葬儀に参列してきました。
Tとはもう15年以上の付き合いになります。タイで暮らす中でできたローカルの友人としては、最も長く親しい友人の1人です。以前、自己紹介の記事にも登場してもらったことがありますが、彼は元僧侶という、ちょっと面白い経歴の持ち主でもあります。
そんな彼から週の半ば
“My father has just passed away”
(父が “たった今” 亡くなった)
と連絡がありました。
タイでは亡くなってから数日間、お寺で読経などが行われ、最後に火葬となることが一般的です。今回も土曜日の午後に火葬が行われるということで、私も参列させてもらうことにしました。
ちなみに月は違いますが、お父様が亡くなった「日」は私の父と同じ日で、そのことが妙に頭に残りました。
外国人ひとりのタイのお葬式
お寺はバンコクから少し離れた隣県にあります。指定された時間の30分ほど前に到着すると、まだ参列者はまばらでした。半屋外のスペースに椅子が並べられ、その前のお堂に棺が安置されています。Tとお母様にワイをして挨拶し、用意してきた香典を渡して、2~3言だけ言葉をかけました。

静かな郊外のお寺。
どうやら外国人は私ひとりのようです。
しばらくすると、Tがアジャンと呼んでいる、彼のメンターでもある僧侶が遠方のお寺から到着されました。
私も深くワイをしてご挨拶。するとアジャンから、一つだけ質問されました。
「あなたはTのお父様が亡くなったこのタイミングに、たまたまタイにいたのですか?」
一瞬、質問の真意が分かりませんでした。
たまたまと言えば、たまたまだけど..
でもタイに住んでいるしなぁ……
とはいえ、これが先月なら日本にいた可能性もある。
いろいろ考えながら、結局
「はい」
とだけ答えました。
アジャンはそれを聞くと、ただ静かに頷きました。
それ以上、何も言いません。
……何だったんだろう🤔
タイのお葬式で、突然の嵐
指定時間になりました。しかし、始まる気配がありません。時折、親族の方が涙を見せています。間違いなくお葬式なのですが、半屋外のお寺には犬が歩いていて、こちらにも普通に寄ってきます。悲しい場なのだけれど、どこか日常と地続き。その辺りもなんとなくタイらしいな、と思いました。
そうこうしているうちに人がどんどん増え、気がつけば100人は優に超えていたように思います。10年以上会っていなかったTの友人にも再会しました。元気そうで何より。
開始予定時刻から15分ほど過ぎた頃でしょうか。今度は空模様が怪しくなってきました。葬儀の流れを聞くと、このあと一人ずつ紙で作られた花を受け取り、お堂にある棺へ手向けに行くとのこと。タイの火葬式で「ดอกไม้จันทน์(ドークマイジャン)」と呼ばれる花を手向けるのは、故人への最後の敬意を表す一般的な習慣なのだそうです。
つまり、いったん屋外へ出なければなりません。
しかし……
案の定、ゲリラ豪雨です...

どーすんの、これ?😂
風まで強くなり、半屋外の会場の中まで雨が吹き込んできます。端に座っていた人たちは、たまらず奥へ移動。葬儀どころではなくなり、いったん中断です。すると椅子がものすごい勢いで片付けられていきます。こういう状況では融通が利き、妙に手際がいいのもタイです。
100人+犬2匹+知らない方のご遺体
そんな嵐の中、お寺のスタッフが一つの棺を待機スペースの小上がりへ運んできました。
「あれ? 雨だからこちらに移したのかな?」
と思ってお堂を見ると、Tのお父様の棺はそのまま。
では、これは……?
しばらくしてもう一度小上がりを見ると、棺の横にはシートをかけられた、人の身体と思しきものが横たわっています。
……誰ですか😂
この次に火葬される方なのでしょうか。
想像してみてください。
外は嵐。
100人以上の参列者と犬2匹が、雨風を避けて待機スペースへ追いやられている。
そのすぐ横には、別の方のご遺体。
日本のお葬式では、まず出会わない光景です。
もちろん故人を送る厳粛な場なのですが、同時に人が生きている世界と亡くなった人の世界が、妙に近い。そんな不思議な感覚がありました。

始まってしまえば、驚くほど早い
1時間以上経った頃、ようやく雨が弱まりました。そこから葬儀は再開。お父様のプロフィールが簡単に紹介された後、まず僧侶の方々がお堂へ向かい、続いて参列者が花を手向けます。
私は日本のお葬式のように、一人ずつ順番に進み、棺の前で少し故人を偲ぶような光景を想像していました。
ところが、これがなかなかのカオス!で皆さん一斉に向かいます。
ゆっくり故人を偲ぶというより「我先に」という勢いで花を手向け、終わった人から待機スペースへ戻る。そして親族から香典返しのような品を受け取って、そのまま解散。
始まるまでは1時間以上待ったのに、始まってしまえば驚くほどあっけない。雨の影響なのかなと思って後から周囲に聞いてみると、棺のある火葬場周辺を怖がり、あまり長居したがらない人もいるのだとか。そして僧侶が読経の際に持っている、大きな団扇のようなもの。
「死の世界を見ないために顔を隠しているらしい」
という話も聞いたのですが、これは気になって調べてみました。「タラパット」という仏具で、葬儀だけでなくさまざまな仏教儀礼で使われます。顔を隠すのも「死を見ないため」というより、僧侶や参列者が余計なものに気を取られず、慎みと集中を保つ意味合いがあるようです。
父の葬儀を思い出す
もう一つ印象的だったのは、棺が最後まで閉じられていたことでした。私の父の葬儀では、棺の顔の部分が開けられ、参列者の方々が最後のお別れをしてくださいました。今回はそれがありません。
正直、
「これじゃ本当に本人が入っているのか分からないじゃん」
と思いました。もちろん、最後に故人と顔を合わせる時間をどこまで公にするかは地域や家族によっても違うのでしょうが。日本とタイ.. 同じ仏教国と言っても、人の送り方はずいぶん違います。
それでもそこに座っていると、不思議と自分の父の葬儀を思い出しました。
父の時も急な話でした。
悲しむ間もなく、次から次へとやらなければならないことが出てきます。何をどうすればいいのか分からず、心細かったことも覚えています。そんな時、タイに住むアメリカンの友人Aがわざわざ花を手配して届けてくれました。宗教や習慣が異なっても「何かできることを」と思ってくれたのでしょう。
あの時の花は、本当にシビれた。
そして父の葬儀を終えてバンコクへ戻った時。Tもまた、いつになく神妙な面持ちで私に接してくれました。普段ならくだらない話をしながら一緒に飲んでいる友人です。でもあの時は、彼なりに私に寄り添おうとしてくれているのが伝わってきました。
Tは元僧侶です。もしかすると、私よりずっと「人が亡くなる」ことについて考えてきた人なのかもしれません。
そのTが今度は父親を亡くした。今回、タイのお寺でTの姿を見ながら、
「自分の父の方が先でよかったのかもしれないな」
とちょっと思いました。あの時Tが寄り添ってくれたように、今度は自分がほんの少しでも彼の側にいることができます。
国も葬儀の形式も違います。何を言えばいいのかも、正直よく分かりません。でも、自分も父を亡くしたからこそ分かることが、少しだけあります。それだけでも、この日タイにいてよかった、と思いました。
最後に祖父母の家に泊まったのは、Tだった
Tとの15年以上の付き合いを振り返っていると、もう一つ思い出しました。以前、彼が日本を訪れたとき、私の実家にも連れて行き私の父とも缶ビールで乾杯していたのが懐かしい。そして実家の近くには、祖父母が亡くなるまで暮らしていた家がありました。
その家に最後に一人で泊まった人。
実はTなのです。その後、家は取り壊されて今はもうありません。タイでTのお父様の葬儀に座りながら、日本にあった、もう存在しない祖父母の家を思い出す。
私の父が亡くなった時には、アメリカンの友人Aが花を届けてくれ、
バンコクに戻れば、Tがいつになく神妙な顔で迎えてくれて、
そして今度は、そのTのお父様が亡くなり私がタイのお寺にいる。
こうして並べてみると、人生って不思議なものですよね。
誰かと長く付き合うというのは、一緒に楽しい時間を過ごすことだけではありません。お互い歳を重ねれば、仕事が変わり、住む場所が変わり、家族も歳を取り、やがて大切な人との別れも経験します。気づけば、外国で知り合った友人たちとも、そんな人生の時間を共有するようになっていました。
国境を越えていくのは、仕事やお金だけではない
Cross Border Life Designについて、これまで私は、仕事、住む場所、会社、資産、時間といったものを、一つの国に固定しない生き方として考えお伝えしてきました。でも今回、もう一つ大事なものがあることに気づきました。
人との縁です。
海外で自由に生きるというと、華やかなイメージがあります。
好きな国に住む。
好きな場所で仕事をする。
世界中を移動する。
でも15年以上海外で暮らしてみると、それだけではありません。
友人の結婚を祝い、子供が生まれ、親が歳を取り、時には誰かを見送る。
楽しい時間だけでなく、誰かの悲しい時間にも自分が登場するようになります。タイ人の友人が日本の祖父母の家に泊まり、アメリカ人の友人が父の葬儀に花を届けてくれ、今度は自分がタイのお寺で友人のお父様を見送る、と言った感じで、国境を越えて生きるうちに、いつの間にか人生に登場する人たちそのものが、国境を越えていたのです。
これは30歳でタイへ来た頃には、想像していませんでした。でも今になって思えば、Cross Border Life Designの豊かさとは、案外こういうところにあるのかもしれません。
そう考えると、あの日アジャンが私にした質問が、また頭に浮かびます。
「あなたはTのお父様が亡くなったこのタイミングに、たまたまタイにいたのですか?」
私は「はい」と答えました。
でも、たまたまだったのかなぁ..
アジャンには何が見えていたのか🤔
元僧侶のTと次に飲むときのネタが、一つ増えました。
そしてもう一つ.. Tのお父様がどんな方だったのか。雨と人の波で、結局遺影すらろくに見ることができなかった私には、まだよく分かりません。次に会ったとき、Tが話したそうなら、お父様の思い出を少し聞いてみたいと思っています。
国境を越えて長く暮らしていると、こうして誰かの人生の一部に、自分も少しずつ登場するようになります。
そして自分の人生にも、いろいろな国の人たちが登場する。
皆さんにも、国境を越えて今も続いている「縁」はありますか?
*******Disclaimer*******
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