移住に覚悟はいらない
わたしが去年、
福岡県から長野市川中島町に移住した理由はこちらに記しましたが
当時のわたしは、
0歳、3歳、4歳の子どもがいる中で移住を決めました。
子どもの年齢を言うとだいたい言われたのが
思い切ったね~!
覚悟がすごい!
よく不安じゃないね!!
です。
、、いや、不安がなかった訳ない。
でも、すっごい覚悟を持って移住した訳でもない。笑
そもそも、農業で食べていけるのか?
知らない土地でどうやって農業を始めるのか?
子どもたちは新しい場所に馴染んでくれるのか?
いや、むしろ大人の方が、その土地に馴染めるのか、、、
考え出せば、キリがない程
不安も移住を諦める理由も出てくる
でも、わたしは移住を選択した。
そんな人生の冒険、怖くない?
って思いますか?
わたしは、怖い。 とは思いませんでした。
それよりも、
本当はこうしたい、ああしたい
でも、子どもが小さいから無理
家を建てちゃったから無理 etc
そう思って
命の時間を削ってしまう方が怖い。
そう思いました。
そう思えた根底には、きっと
救急救命士として救急車に乗り、
「生きる」ことに向き合う時間があったからだと思う。
いつでも当たり前に来ると思っている明日
絶対的な保障はないのに
日々に慣れ、そう思ってしまう。
わたしもまだまだ
そう思ってしまう日もある。
でも、その度に思い出す。
3.11
消防署で見たテレビに映る光景。
派遣された同僚から送られてくる報告書。
どれも生々しく
「生きるとは」をこれでもかと突き付けてきた。
「生きる」
ってなんだろう。
息をして、心臓が動いて、食事を摂って、排出して
生命を維持すること?
それはちょっと違う。
わたしが思う「生きる」は
生物学的な生命維持ではなくて
五感を味わいながら、喜怒哀楽を感じること。
それを体感するには
やらない理由を考えるより
やってみたい!
を大切にする。
もちろん、うまくいかないこともたくさんある。
でも、うまくいかないから
「自分の選択が間違った」
わけではない。
うまくいくときも そうでないときも
結果の前には必ず
自分の選択がある
その結果を
自分にとっての「正解」にするには
ほしい結果になるまで
やり続ける
だけなんじゃないかと思う。
だからわたしの長野移住は
大きな覚悟
というより
人生の中のひとつの選択。
命には限りがある。
その期限は、誰にもわからない。
だから、自分の意志で「生きる」
子どもという存在に
ときには
「親なのに自分勝手すぎるかな?」
なんて思うこともあるけど
自分に真っすぐ生きる という生き方を
間近で見せられるのも
親だからできることなのかも。
そんなことを思いながら
今日もわたしは
迷ったり悩んだり 笑ったり喜んだり
喜怒哀楽を味わいながら過ごしています。
