小説『アダムのあばら骨』第一章【高校編】 第二話
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体育館の裏に着いて、須藤くんはまず、
「猫背になってる、しゃんとしなよ」
と、私の背中を叩いた。
私ははじかれたように背筋を伸ばしたが、すぐに先ほどよりも酷い猫背になって、うつむいた。
「どうして高橋さんはそんなに、いつも自信なさげなの? あんなにピアノが上手に弾けるのに。昼休みに聴こえてくるよ。音楽室で弾いてたでしょ。コンクールに入賞したって表彰されたでしょ。音は堂々としているのに、なんで下向いて歩くの?」
私は穴があったら入りたい気持ちになった。彼は、コンクールを控えた私が、音楽室のピアノを借りて練習していたことを知っていた。しかも、あの惨めな文化祭のステージを観ていたのだ。
「文化祭で感動したんだ。きれいな曲をいろんなメロディに変えたり、リズムを変えたり。昼休みの演奏は正統派って感じがして近寄りがたいと思ってたけど、ああいうノリの曲も弾くんだね」
須藤くんが上気しながら、一方的に話しかけてくる。私が返事をする隙を与えない。
「俺とバンド組んでよ。俺、このあいだ演ったパンクも嫌いじゃないんだけど、本当は、真逆のファンクが好きなんだ。今、イカ天やホコ天が流行ってて、あ、高橋さんは知らないよね。イカ天は『いかすバンド天国』っていう深夜の音楽番組。ホコ天は原宿の竹下通りの歩行者天国のこと。
どっちも、アマチュアのバンドが出演していて、プロデビューした人もいるんだ。
そこで演奏されるようなパンクを演ったほうがウケるのは分かっているし、メンバーも集めやすいんだけど、高橋さんのピアノを聴いて、すごく考えて、誘ってみようと思って」
須藤くんはそう言い終わると、リュックの中から、
《高橋さんスペシャル・70年代》
とマジックで書かれた90分のカセットテープを取りだした。そしてそれを、ウォークマンにセットして、イヤフォンの片方を私の耳に突っこんできた。
ケースの裏面には、次のように書かれている。
『セプテンバー』
アース・ウインド&ファイヤー
『サンキュー』
スライ&ザ・ファミリー・ストーン
『アイ・キャント・ヘルプ・イット』
マイケル・ジャクソン
『トゥー・シャイ』
スティービー・ワンダー
『迷信』
スティービー・ワンダー
『迷信』
チャールズ・キナード
『POW!』
グラハム・セントラル・ステーション
『ハーベスト・フォー・ザ・ワールド』
アイズレー・ブラザーズ
『スウィート・ラブ』
コモドアーズ
『限りある世界』
タワー・オブ・パワー
※スティービー・ワンダー作曲の歌が4曲続いちゃったけど、色々なキーボードの音色を用意しているから聴き比べてみてください。
カセットの1曲目はアース・ウィンド&ファイヤーの『セプテンバー』。続いてスライ&ザ・ファミリーストーン。……タワー・オブ・パワーが終わって、カセットをB面にひっくり返す。
B面の1曲目は、マーヴィン・ゲイ。
「やっぱりね」興奮しながら頭でリズムをとる私を見て、須藤くんも同じようにリズムをとっている。「文化祭のときの、4番目のアレンジのノリを聴いて、高橋さんは、こういう感じの曲も好きだと思ったんだ」
私は急に恥ずかしくなって、それ以上体がリズムに反応しないように、脇をしめた。
「ほら」須藤くんは、紙袋から分厚く重ねられたキーボードのパンフレットを取りだし、右手を差し出してきた。「俺、バイトして、キーボード買ってあげるから、高橋さん、弾いてよ」
私のかじかんだ掌は汗まみれで、握手なんてとてもじゃないけれど、できる状態ではなかった。唇も震えて声も出ない。
うつむいた私の表情を、須藤くんは覗きこもうとする。ほてった顔を見られたくなくて、私は顔をそむけた。すると彼は、そむけた方向から顔を覗きこもうとする。キスを迫られているわけでもないのに、顔をそむけ続けている自分がなお恥ずかしい。
私はその場に屈みこみ、小枝を拾い、地面に丸を書きながら、首を縦に振った。
「やった」須藤くんの声が降りかかってきた。
顔を上げると、彼のガッツポーズが見えた。
「今活躍しているミュージシャンは1970年代のミュージシャンの影響を受けている。だから、まずはこの選曲にしてみたんだ」
須藤くんは瞳を輝かせて言った。そして、パンフレットをしまった紙袋を私に手渡し、学生ズボンのポケットからメトロノームを取りだした。
「とりあえず、一緒にリズムを合わせる練習をしよう」
「え? 今から?」
「そう。俺はパンクの縦ノリが染みついてしまったし、高橋さんはクラシック訛りが酷いでしょう? 裏拍をとる練習を一緒にするんだ」
烏の鳴き声の下で、ドラムのスティックを鳴らす。長かった私たちの影は消えていた。
「やべ。バイト行くの、遅くなっちゃった」須藤くんは慌てて立ちあがり、お尻の砂をはらった。「店長に謝らなきゃ」
去り際に須藤くんはもう一度、「猫背になってる、しゃんとしなよ」と言って、私の背中を叩いた。はじかれたように、私はもう一度背筋を伸ばしたが、先ほどよりも酷い猫背に戻り、うつむいた。
彼は私の表情を覗きこんで、「またね」と微笑んだ。
眼前にある彼の三つの色気ぼくろが眩しい。私はかたく目を瞑り、「うん」と答える。
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第一章【高校編】第3話へつづく
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