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小説『アダムのあばら骨』あらすじ&第一章【高校編】 第一話

小説『アダムのあばら骨』【高校編】
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【あらすじ】

高校二年の冬、
高橋智子たかはしともこは片想い中の須藤拓実すとうたくみにバンドを組もうと誘われた。

高橋は過干渉な親に育てられ、劣等感の塊。
消極的で、たびたび須藤をやきもきさせてしまう。
一方、須藤の恋愛は奔放で刹那的。
歌で有名になり、自分を捨てた母親に認められようとしていた。

旧約聖書からヒントを得たオリジナル曲『アダムのあばら骨』。
その解釈を通じ、二人は互いの感性を補い合いながら成長していく。
そして歌詞フレーズを変奏・反転させ、ラストに『アダムのあばら骨』の答え合わせをする。

複雑に絡みあう人間関係。トラウマ。家庭環境などの壁。
すれ違いを経て、心臓を捧げ合う二人に。

宗教と音楽と家族観のエッセンスを取り入れた、ノスタルジックな恋愛小説。

(297文字) 


小説『アダムのあばら骨』第一章【高校編】 第一話


 須藤くんは無自覚に、私の鼓動のテンポを揺らしてしまう。
 「『アダムのあばら骨』の謎を解いて」と歌いかけてくるみたいだ。

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<一九八九年>

 文系クラスの五時間目が数学だなんて、「お昼寝はご自由に」と言われているようなものだ。
 特に今日は小春日和だから、机に顔を伏せている生徒が多い。

 〝大好きな須藤拓実くんの顔をみたら、あくびがおさまるかもしれない〟
 そう思って私は、南の方角へ視線を移した。

 須藤くんは背筋をピンと伸ばしたまま、ぼんやりと前を向いていた。窓ガラスの向こうに、噴煙を上げる桜島の景色が広がっている。

「ねえ」
 私の隣の席の女子が、クスクスと笑いながら前の席の女子をつついている。
「拓実の〝色気ぼくろ〟見て。あれはモテるはずだわ」
 つつかれた女子は肩を振るわせ始めた。

 いわゆる〝やんちゃ顔〟の須藤くんは、屈託なく笑う表情が印象的だ。けれども同時に、右側の首筋、口元、こめかみにある〝色気ぼくろ〟が、女の子たちの視線を釘付けにしてしまう。
 つまり彼は、正面は少年、横顔は大人びた顔をしている。
 女子たちが「正面派」と「横顔派」と「どうでもいい派」に分かれて冗談を言い合う。私はもちろん、「どちら側の表情にもうっとりしている派」だ。

 私の片思いの期間は一年と七ヶ月目に突入していた。告白はするつもりはない。須藤くんは、かわいくない私とは住む世界が違う。こっそり見ているだけで幸せなのだ。

「ねえ」
 隣の女子が、今度は私の腕をつつく。
「あなたに手紙」
 私は折り畳まれたメモ用紙を受け取った。

高橋さん心臓を覆っているあばら骨みたいなの
  それって「劣等感」っていうんだよ
         須藤

 私は思わず開いた紙を握り、急いでスカートのポケットに隠した。

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 須藤くんは学校内で一番目立つ生徒だと思う。  

 彼はやや細めの体型で、肩は私の目の位置くらいにある。
 運動神経は良いが、九教科の成績は最下位だと噂されている。授業中、先生にあてられても、正解を答えることはほぼない。だからといって悪びれず、いつも頭を掻きながらおどけてみせ、教室内を沸かせてから席に着く。
 得意教科は美術。似顔絵を描くのが得意だ。

 私は須藤くんに関する情報を、他にも数え切れないほど持っている。
 例えば、背筋を伸ばしたまま居眠りができること。指フェチだと公言していること。アップルのオーデコロンをつけていること。……

 こんな風に語り出したらキリがないのだ。けれども、彼が家でどんな時間を過ごし、何を考えているのかは知らない。
 だから、彼が自分のカノジョにどう触れて、どんなキスをするのかは、もっと知らない。

 須藤くんにはカノジョが二人いると聞く。
 正式なカノジョと非公認のカノジョだ。
 彼の奔放さを許せない生徒は、一定数いる。
 私には、恋愛自体が遠い世界のことだから、許すも許さないもピンと来ない。

 須藤くんには、派手やかな女性関係とはうらはらの、影の逸話もある。
 彼の自宅は取り壊し寸前の町営住宅。幼い頃に父親と死別し、母親に捨てられた。現在はおばあちゃんと二人暮らし。小学校時代は身なりが汚く、いじめられていた。
 そのような噂話も、同情と侮蔑と嫉妬がぐちゃぐちゃになって、面白おかしく広がっている。
 彼にはファンもアンチも相当数存在するのだ。

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 先日開催された文化祭のステージ演奏で、須藤くんの存在感は不動のものとなった。彼はパンクバンドのヴォーカルをつとめ、ステージの上を縦横無尽に暴れまわったのだ。
 ラインナップは、流行のバンドのコピー。

 ザ・ブルーハーツの『トレイン・トレイン』
 ジュン・スカイ・ウォーカーズの『歩いて行こう』
 ……

 単純なスリーコードの曲なのに、メンバーの演奏技術はお世辞にも高いとは言えなかった。特にギターなど、ただ楽器をかき鳴らしているだけのお粗末なものだった。
 機材を蹴り、マイクスタンドを倒し、すべてを破壊してしまうのではないかと、冷や汗が出るパフォーマンスだった。けれども、須藤くんが前方で煽れば、女子たちはげらげらと笑いながらも黄色い声援を送り、彼が拳を上げ、シャウトするたびに、野太い歓声が上がる。
 サビでは、外交的な生徒全員で大合唱になり、演奏の締めはジャンプ。床が抜けてしまいそうな地響きがした。
 汗まみれのメンバーがバックステージから登場すると、ふたたび歓声が上がり、拍手はしばらく鳴りやまなかった。

 熱気に包まれた体育館を急速冷却したのが、トリをつとめた私のピアノ独奏だった。音楽の教科担任の推薦プログラムだったからだ。
 普段目立たない、さえない私が、彼らのあとに登場したときの、観客の戸惑いとしらけ切った空気。一人、また一人と、生徒が椅子に腰かけていく。発表会やコンクールのときとは違う完全なアウェー。私は初めてピアノを前に手が震えた。

 私が披露した演目は、三枝繁彰のポップス曲『サリーの指定席』だ。
 変奏曲として自分でアレンジし、しっとりしたテーマを激しい曲調に変えていく。

 私が披露する高難度のテクニックに、観客の誰も興味を示さなかった。
 演奏を終えると、申し訳ない気持ちと惨めな気持ちを抱えて、私はステージの下手にはけた。舞台袖で待っていてくれた親友であるナオは、拍手をするジェスチャーをしながら、
「さすが智子。すごく上手だったよ」
と、慰めの言葉をかけてくれた。

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 このように私は、須藤くんとは対照的に影の薄い存在だ。しかも、みんなの顰蹙までかってしまっている。

 クラスの頂上グループと底辺グループ。
 須藤くんのカノジョになりたいだなんて、望んではいけない。好きになる資格さえ無いかもしれないのだから。

 〝彼のことを、遠くから見ているだけで十分だ〟という気持ちに嘘はない。
 彼の近くを通るだけで、心臓があばら骨から飛びだしそうになるからだ。話しかけられたら、死んでしまうかもしれない。

 劣等感。

 彼が回してきたメッセージによって、私が日頃から肌身離さず持ち歩いているモヤモヤの正体に名前がつけられた。視界は開け、清々しい。けれども、丸裸にされて、恥ずかしい。

 放課後私は、須藤くんが自分の存在を知ってくれていたという高揚感を抱きつつ、彼の視界から逃れるように教室を出た。崇めていただけの偶像が、質量感を持って近づいてきたことに戸惑い、恐ろしくなったのだ。

 ところが、
「高橋智子さん、待って。話があるんだ」
と、私の名前を呼びながら、須藤くんが追いかけて来るではないか。
 私は聞こえないふりをして歩みを速めたが、回りこんできた彼から発せられた温度とアップルの香りを眼前にして、足がすくんでしまった。

 周囲の視線を浴びながら、須藤くんのあとをついていく恥ずかしさ。心細さ。北向きの薄暗い廊下で、彼のシャツは蛍光灯に白く反射している。

 もしかして須藤くんは、私に告白するつもりなのだろうか。
 淡い期待と戸惑いが湧き出てくる。
 いや、告白なんてされるわけがない。しょせん恋愛なんて、私には縁がないもの。だいたい、須藤くんにはカノジョがいる。落ち着け。私は自分を叱咤しながら、鞄を握る手に力を込めた。

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第一章【高校編】第二話に続く

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