noteのスキに込める気持ち|「あいまいさ」が苦しくなるとき
「スキ」を押しただけなのに
「これだけで大丈夫かな?」と思ってしまう
いやいや
ボタンをポチッと押しただけですよ(笑)
それなのに…
「ちゃんと記事を読んだと思ってもらえるかな」
「コメントもしないと失礼かな」
「テキトーなリアクションだと思われないかな」
なんて、いろいろ考えてしまう…
そんなことはないでしょうか?
自分がまさにそうでした
どうやら「あいまいな状態」が苦手なようです
今回は、noteの「スキ」を入口にして
そんな自分の認知や感情を
振り返ってみようと思います
▶︎「スキ」だけでは、なんとなく申し訳ない
今回この記事を書こうと思ったのには
ちょっとしたきっかけがあります
メンバーシップ仲間のsakurasakuさんが
「スキ」についてこんな記事を書いていました
そして、sakurasakuさんが参考にしていた
ほのかさんの記事も偶然読んでいました
どちらも「はっ」と
考えさせられる記事でした
それらを読んでいるうちに
「自分も書いてみようかな」と思ったんですよね
これまでの自分も
「コメントで返すことが最大の敬意だ」
と思っていました
同じクリエイターさんの記事に
「スキ」を押すにしても
「3回に1度は必ずコメントをする」
という謎の縛りまで作っていたことも(笑)
もちろん
誰かに頼まれたわけではありません
完全に自分ルールです
でも、noteに使える時間には
限りがあります
そのうえ
自分はコメントを書くのが
あまり得意ではない
正確にはコメントを書くのに
めちゃくちゃ時間がかかる
これなんですよね
せっかく誰かが書いた記事
そこにはその人なりの
いろんな想いが込められている
だから
「テキトーなリアクションはできない」
と思ってしまう
「ちゃんと返そう」
「ちゃんとしたコメントを書こう」
そう思えば思うほど
何を書いたらいいのかわからなくなる
結果、スキを押したいだけなのに
スキを押せないという
よくわからない状態になってしまう…
▶︎「スキ」の裏側を考えすぎる
なぜ、そこまで考えていたんでしょう?
振り返ってみると
こんなことを考えていたように思います
「スキだけだと嫌われるのでは…」
「記事が面白くなかったと思われるのでは…」
「テキトーなリアクションだと思われるのでは…」
「記事も読まずに押すなんて人としてダメなんじゃ…」
改めて書き出してみると
結構すごいですね(笑)
でも、そのときはわりと本気でした
そこで、ふと思ったんです
「逆の立場だったら、自分はどう思うんだろう?」
▶︎自分の記事に「スキ」が来たら?
自分の記事に「スキ」を押してくれる人
ちゃんと最後まで読んでから
押している人もいるでしょう
とりあえず読んだけど
時間がないから「スキ」だけ押す人もいる
まだ読んでいないけど
あとで読もうと思って押す人も
いるかもしれない
「スキ返し」を期待して
押している人もいるでしょう
記事の内容とは関係なく
「のんえもん頑張ってるな」
という応援の気持ちで
押してくれている人もいるかもしれない
いろいろあると思います
でも、正直なところ自分は…
そこまで気にならないんですよね
むしろ
「押してくれたこと自体が嬉しい」
と思っています
仮にちょっと打算的な気持ちで
押してくれたとしても
少なくともその瞬間、数秒は
自分の記事に関心を持ってくれたわけです
それだけでも充分じゃないかな
もちろん、「自動スキ押し機能」
みたいなものがあったら話は別ですけど(笑)
▶︎人は「あいまいさ」を埋めたくなる
じゃあ、なぜ自分は「スキだけではダメだ」
と思っていたんでしょう?
振り返ってみるとおそらく
「相手がどう思っているのかわからない状態」
が苦手なんだろうと思います
コメントがあれば
「ここが良かったんだな」
「こう感じてくれたんだな」
と、相手の反応が少し具体的になります
「スキ」だけだと
それがわからない
だから
「このスキには、どんな意味があるんだろう?」
と考えてしまう
そして、自分自身も
「ちゃんと返さなきゃ」と
距離感を明確にしようとしていた
もしかするとこれは
あいまいな距離感をクリアにすることで
自分が安心したかった
ということなのかもしれません
相手の気持ちを知りたい
自分の気持ちも伝えたい
そのほうが安心できる
そんな、人間のちょっとした
本能のようなものもあるのかもしれません
▶︎「あいまい」だからこそ、楽しいこともある
ただ、最近は少し考え方が変わっています
「あいまい」って
悪いことばかりじゃないんですよね
「スキだけ」というリアクションには
確かにあいまいさがあります
でも、そのあいまいさが
あるからこその手軽さもある
そして
「手軽さ=手抜き」
ではありません
「今日はコメントを書く余裕はないけど、
この記事好きだったな」
そんなときに
ポチッと「スキ」を押す
それだけでもいい
たとえ数秒でも
自分の記事に関心を持ってくれた
それで充分だと思います
それに
あいまいだからこそ
想像する余地もある
「この人は、どんな気持ちで押してくれたんだろう?」
「この記事の、どこに引っかかったんだろう?」
「なんで、このタイミングだったんだろう?」
そんなことを巡らせながら
「スキ」の裏側を想像してみる
それもnoteの面白さなのかもしれません
人とのつながりが
諸行無常であるように
スキも諸行無常
押した瞬間と今とでは
相手の想いも変わっているかもしれない
だから、その「スキ」に
ひとつの意味を決めなくてもいい
▶︎ちなみに、今の自分は…
そんなことを考えるようになって
今の自分にはこんなルールがあります
一応、一応ですよ(笑)
記事を読んで
コメントが3秒以内に思いついたら書く
思いつかなかったら書かない
時間が経って、あとでふと思いついたら書く
それだけ(笑)
だから
コメントがめっちゃ書けるときもあるし
まったく書けないときもあります
もちろん
「こっちを振り向いてほしい」
という気持ちで「スキ」を押すときもあります
…結構あるかも(笑)
でも、それも含めていいんじゃないかな
自分の「あいまいさ」も
他人の「あいまいさ」も
全部をきっちり説明しようとせず
「まぁ、そういうこともあるよね」
くらいに受け止められる
そんなちょっとした
「こころの余白」を持てるように
日々、ゆるやかに過ごしていけたら
いいなぁと思います
そんな感じで…
ええじゃないか、ええじゃないか~!(笑)

