1話 一人分しかない洗濯物
食パンはバターを塗って、ハム1枚とシュレッドチーズをかけて軽くトーストする。
その間に洗濯機には、一人分しかない洗濯物を投入してスイッチを押した。
トーストが焼けると、インスタントコーヒーを入れて朝食を食べる。
今日の焼き加減はばっちりやった。
食べ終わるとスティック掃除機で、一階の床のホコリをさっと取る。
拭き掃除は、今日はまだやらんでもいいやろ。
勝手なマイルールを発動して、掃除を終えると、洗濯機が私をピーピーと呼ぶ。
洗濯物をテキパキとサンルームに干すと、今日の家事は終了や。
家事を終えて、ふぅーっと一息ついて椅子に座る。
さぁ、今日は何をしようか?
夫には先立たれ、娘も息子もどちらも東京で家族と暮らしている。
孫も、それぞれ二人ずついる。
そやけど、この家では私はひとりぼっちや。
趣味も特にない私は、毎日何をしようか?と悩んでばっかりや。
夫が遺した蔵書の中から、適当に小説を取り出して読んでるけど、老眼鏡をかけても、小さい字を追うのは厄介やからな。
テレビも近頃は面白い番組も少なくて、あまり見る気がせえへん。
しゃあない、今日は昼前にちょっと遠いスーパーに買い物にでも行こかな…
そんなこと考えていたら、ピンポーン、とインターホンが鳴った。
誰?と思ってモニターを見ると、そこには、東京にいるはずの息子が映っていた。
Tシャツと、ジーンズという、普段着姿やった。
盆と正月と、たまの連休に顔を見せるだけの息子。
今日は珍しいこともあるもんや。
「はーい。悠貴?」
インターホンから玄関を解錠して、いそいそと玄関に行く。
すると、息子が、
「ただいま。」
と言って入ってきた。
「どうしたん?こっちで仕事?」
私が聞くと、
「あ、ああ…」 と、いい加減な返事を返してきた。
でも、それ仕事の格好じゃないよね?
息子は居間に入ると、仏壇の前に座って夫に線香をあげた。
「泊まっていけるん?」
私が聞くと、
「ちょっと何日かお願いするわ。」
と、答えた。
そう言うと、もと自分の部屋のあった2階に階段を上がっていった。
さぁ、面倒やけど、久しぶりにちゃんとしたお料理しよかな?と、私は少しウキウキした気分になった。
ささっと身繕いして、息子に声だけかけて買い物に出かける。
まぁ、近くのスーパーでいいわ。
そこで、いろいろ食材を見繕って買い物をする。
私は飲まへんけど、6缶パックのビールもカゴに入れる。
あー、ちょっと買いすぎやんな?
家へ帰るとさっそく台所に立つ。
息子の好きな空揚げを作ろうと下ごしらえする。
鶏もも肉をぶつ切りにして、醤油やみりん、生姜などを配合した調味料に漬け込んだ。
息子は、子供部屋にいてるみたいや。
ああ、そうやここんとこ、掃除機もかけてへんかったわ。
2階の子供部屋の前に行くと、息子が電話で話してる声が聞こえてきた。
「いや、もうやめたんだから、関係ないでしょう?僕はもう、大阪に帰っているんです。」
えっ!?
やめた?
私はそのまま、耳をそばだてていた。
息子は東京の一応名の通った大学を卒業して、東証プライム市場に上場しているメーカーに就職した。
すごく「できる子」なわけじゃないけれど、いい大学を出て、一流企業に就職して、私は嬉しかった。
自慢の息子。
なのに、やめたん?
私の頭の中はぐるぐると回っていた。 どうしたん? 何があったん? あの会社を辞めるなんて、よほどのことがあったんちゃうかな。
心配と、不安と、少しだけ「なんで相談してくれへんかったん?」という寂しさが入り混じっていた。
