何も解決しなくても、「大丈夫だよ」に救われる日がある
「大丈夫?」
そう聞かれた瞬間
本当は大丈夫ではないのに
「うん、大丈夫」
と笑ってしまうことがある。
何がつらいのか、自分でもよく分からない。
仕事が特別忙しかったわけでもない。
誰かと喧嘩したわけでもない。
大きな出来事があったわけでもない。
なのに、なんとなく心が重い。
朝からぼんやりして
小さなことに傷ついて
いつもなら気にならない一言が、
ずっと頭から離れない。
そんな日がある。
そして、そんな自分を見て、
「こんなことで落ち込むなんて」
「もっとしっかりしなきゃ」
「これくらいで弱音を吐いてはいけない」
と、また自分に厳しくなってしまう。
でも本当は
何かを解決してほしいわけではないのかもしれない。
ただ
「大丈夫だよ」
と言ってほしい。
それだけの日がある。
心が欲しがっているのは、答えではないことがある
悩んでいると
つい「どうしたらいいんだろう」と考えてしまう。
原因を探して
解決策を探して
自分なりに答えを出そうとする。
もちろん、それが必要な日もある。
けれど
心が疲れているときまで、
「解決しなきゃ」と頑張らなくてもいい。
たとえば
転んで膝を擦りむいた子どもに、
「なぜ転んだの?」
「次からどうすれば転ばない?」
と聞くより先に、
「痛かったね」
「大丈夫だよ」
と声をかけることがある。
それだけで、
泣いていた子が少し落ち着くことがある。
心も同じなのかもしれない。
今すぐ答えを出せなくてもいい。
原因が分からなくてもいい。
明日どうするか決められなくてもいい。
ただ、
「今日、しんどかったね」
「大丈夫だよ」
そんな言葉に救われる夜がある。
「大丈夫」には、いろいろな意味がある
「大丈夫」という言葉は、
必ずしも
「何も問題がない」
という意味ではない。
むしろ、
「今はうまくできなくても大丈夫」
「泣いていても大丈夫」
「立ち止まっていても大丈夫」
「すぐに元気になれなくても大丈夫」
そんな意味で受け取る日がある。
何も変わっていない。
悩みも消えていない。
明日の予定もそのまま。
それでも、
誰かの「大丈夫だよ」で、
張りつめていた心が少しだけゆるむ。
ふっと息が吐ける。
涙が出る。
「ああ、私、頑張ってたんだ」
と、初めて気づく。
たった一言なのに、
その一言が届く日がある。
頑張っている人ほど、「大丈夫」と言われるのが苦手だったりする
いつも周りを気にしている人は、
自分のしんどさを後回しにしやすい。
誰かが困っていれば手を差し出す。
誰かが落ち込んでいれば、
「大丈夫?」
と声をかける。
相手が疲れていれば、
「無理しないでね」
と言える。
でも、
自分が疲れたときには
「まだ頑張れる」
と思ってしまう。
つらいときにも、
「これくらい普通」
と思ってしまう。
泣きたいときにも、
「泣いている場合ではない」
と自分を奮い立たせる。
そして気づけば、
誰かには優しいのに、
自分には一番厳しくなっている。
そんなことはないだろうか。
本当は
自分だって誰かに
「大丈夫だよ」
と言ってもらいたかったのかもしれない。
「大丈夫」と言ってほしかった自分
もしかしたら
ずっと欲しかったのは、
正しい答えではなかったのかもしれない。
「もっと頑張って」
でもなく
「こうすればうまくいく」
でもなく
「気にしすぎだよ」
でもなく
ただ、
「大丈夫だよ」
の一言だったのかもしれない。
ちゃんとできなくても
誰かの期待に応えられなくても
笑えない日があっても
何もしたくない日があっても
あなた自身まで否定されるわけではない。
そのことを
誰かにそっと教えてほしかった。
そんな気持ちが
心のどこかに残っている人もいると思う。
何も解決しない時間にも、意味がある
私たちは
何かを変えなければ意味がないと思いがち。
悩みを解決する。
前向きになる。
元気になる。
行動する。
そうやって
「何かができる自分」でいようとする。
でも、
ただ泣く時間もある。
ぼーっとする時間もある。
何も考えたくない夜もある。
誰かの言葉を聞いて、
少しだけ安心する時間もある。
それだけの日があっていい。
何も解決していないからといって
その時間が無駄になるわけではない。
心が張りつめていたら、
少しゆるむだけでも十分なことがある。
ずっと握りしめていた手を、
ほんの少し開くように。
それくらいの変化でも、
心にとっては大きなことだったりする。
泣けるのは、弱いからではない
「大丈夫だよ」
と言われた途端、
涙が出てしまうことがある。
それまで平気だったのに、
一言で涙が止まらなくなる。
そんな自分に、
「どうしてこんなに泣くんだろう」
と思うかもしれない。
でも、
涙は弱さの証ではない。
ずっと我慢していた気持ちが
ようやく安心できる場所を見つけたのかもしれない。
誰にも言えなかったこと。
自分でも見ないようにしていた気持ち。
「本当はしんどかった」
「本当は寂しかった」
「本当は誰かに大丈夫と言ってほしかった」
そんな心の声が
涙になって出てくることもある。
だから
泣いた自分まで責めなくていい。
あなたの心にも「大丈夫だよ」を
誰かに優しくできる人ほど
自分の心には厳しい。
「もっと頑張れる」
「まだ大丈夫」
「私がしっかりしなきゃ」
そうやって
自分の気持ちを小さくしてしまう。
でも、
あなたの心だって、
誰かの心と同じように疲れる。
傷つく
迷う
立ち止まる
何もしたくない日だってある
そんな自分を見つけたとき、
「こんな自分ではいけない」
と切り捨てるのではなく
ほんの少しだけ、
そのままの自分を見てあげられたらいい。
ちゃんとできない日も
笑えない日も
何も決められない日も
「大丈夫だよ」
と、そっと包んでもらえるような時間があっていい。
今日、何も解決しなくても
人生には
すぐ答えが出ないことがたくさんある。
頑張っても
すぐには変わらないこともある。
考えても
答えが見つからない夜もある。
そんなときまで
無理に前を向かなくていい。
何も解決しなくても
今日を終えることはできる。
うまく笑えなくても
ちゃんと明日につながっている。
そして
心が疲れている日に
誰かからもらった
「大丈夫だよ」
という一言が
思っている以上に心を支えてくれることがある。
その言葉は
問題を消してくれる魔法ではない。
未来を約束してくれる言葉でもない。
ただ、
「今のあなたを否定しないよ」
と伝えてくれる。
だから救われるのかもしれない。
もし今日
何もできなかったと思っているなら
うまく笑えなかったなら
心の中で何度も
「私、何してるんだろう」
とつぶやいていたなら
そんな日にも
あなたの価値までなくなったわけではない。
頑張れなかった日にも
立ち止まった日にも
涙が出た日にも
あなたはあなたのまま。
何も解決しなくても
「大丈夫だよ」
に救われる日がある。
そんな日があっていい。
そしていつか
誰かからもらったその言葉を、
自分の心にもそっと置いてあげられる日が来たらいい。
「大丈夫だよ」
焦らなくていい。
今すぐ元気にならなくてもいい。
今日のあなたは
今日のあなたのままでいい。
それだけでも
十分に頑張ってきたのだから。
