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“心理的安全性ゼロの組織”をかえてゆきたい

ぼくは50年以上つづく、製造メーカーではたらいているのですが、そこにでみてきた「心理的安全性ゼロの組織」についてお話します。


🔵いちばんイヤなのは、さばかれる会議

トラブルやミスがあったときの会議で
こんな空気になったことはありませんか。

「なんでそんなことが起こったんだ、原因はなんだ、すぐ対応しろ」

「なぜそんなことしたんだ、手順はないのか」

「前にも同じことがあっただろ、対策はどうなってるんだ」

つめる上司と申し訳なさそうにこたえる部下、そのまわりに無言のおおくの人、

会議室がシーン……となる。だれもがもの音さえたてない。

だれもが目をふせ、合わせない。
だれも何も言わない。
言葉をはっすると、そこからまた問い詰められるかもしれないから。ただ時間がすぎるのをまっている。

裁判のような重苦しい、のどの筋肉がこわばって、うまく言葉をはっすることができない空気です。

これまでこういう場をたくさんみてきました。現場の責任者をしていた僕自身、なんども「被告」になりました。

「被告」になるのももちろんイヤなんですが、
現場でがんばる、本当はほめられないといけない人たちが、会議室の真ん中でさらし者ののようにあつかわれ、理不尽に詰められる、その姿をみることがたまらなくイヤでした

🔵さばくことで、得るもの、失うもの

現場でミスやトラブルを減らすことは、とても大切です。

人が手を動かして作業する、
入力する、判断する、何らか処理する、
そのときどれだけ気をつけていても、ある確率でミスはおきます。想定外もおこります。

だから、原因をみつけ、同じことをくりかえさないように対策する。
これを日々、続けてゆくことが現場の使命のひとつです。

ただそのうながし方に大きな問題がありました。
なぜ起きた、なぜ防げなかった、なぜ把握してなかった、なぜ検討してなかった、なぜ、なぜ、なぜ、、、まるで裁判のような会議。

ミスやトラブルのほとんど全てが個人をせめる必要のないものです。でも多くの人の前で、しどろもどろになるほど問い詰められる。。。

……これ、めちゃくちゃイヤだし、対人関係の本のさいしょのほうに「ぜったいやるな!」とかかれていることです。人前で叱って恥をかかせるな!って、社会人100人いたら100人しってる。

なのに、それを仕組みとして、組織的に徹底的にやる ——— 人の尊厳をきずつけにいくんです。トラウマをうえつける。

このやりとりが組織のピラミッドを上から下へ流れていきます。
所長が部長や課長をつめる
課長が係長をつめ、さらに係長が現場をつめる。

人は学びます。
「もう二度と、あの場で責められたくない」
「みんなの前で恥をかきたくない」
「自分の尊厳を、これ以上きずつけられたくない」
こんな悲痛な思いが、恐れとして胸に刻まれ、その恐れは組織の中を伝染してゆく。

かなしいことですが、少数で多くのひとを動かそうとするとき「恐れ」を原動力とするのは非常に効率的です。だからたくさんの「恐れ」をたゆまず与えつづけ、ルールを守らせ、改善させて、現場の生産性を上げてきた。

ただ上位層の人たちもまた、過去からつづく恐れのシステムのの中で同じく恐れにさらされ、そのなかで生きてゆくためには、上から流れおちてくる恐れを下に流してゆくしかなかった。だれもがシステムの犠牲者なのだとおもいます

ただそのときそこで働くひとたちに何がおきるか。
「貢献したい」という思いはうすれ、「怒られたくない」という恐れがこころを支配してゆきます。
決められたことをその通りやる。
それでもミスやトラブルはおきる。
でももう理不尽におこられたくない。。。
だからわるい情報はかくす

そしてバラバラの、かたくて、おもくて、にぶい組織になっていく。
もちろん望ましい協力もうまれません

🔵かくす・協力しない風土を変えたい


こういうことを何年も、何十年もつづけてきた。。。
かくす・協力しない風土ができあがっています。

この風土のうえに立たされたひとたちはニヒルです。
組織のピラミッドの上から下までほとんどの人がニヒル。
じぶん自身にも、じぶんの仕事にも重要感を見いだせないから。

これがぼくのみてきた、心理的安全性ゼロの組織です。
ひとたびミスやトラブルにみまわれると、足元が鋭いトゲをもったリスクが顔をだす。そして叱責をうけることをどうまぬがれるかが一番の目標になる。

多くの人がこんな現状を変えたいと感じているはずです。ぼくもこれを変えたくて20年間もがいてきたと言えるとおもいます。

人と人が協力し、多様性と創造性をはっきし、生き生きと働くためには、この風土をかえないといけない ——— これがぼくの最大のモチベーションであり、ファシリテーションの試行錯誤につながっています。
別記事の『かく傾聴』 はその中での気づきのひとつです。

ファシリテーションについておつたえしたいことはたくさんあるのですが、その背景を先にしっていただきたくて、今回のnoteでは、恐れと組織という視点で心理的安全性についてかいてきました。

もういっぽ、本質的なお話をしたくて、次回のnoteでは「組織は人びとから重要感を奪い続けてきた」という視点で心理的安全性ゼロの組織を説明させてください。これを変えるためのリーダーシップについてもふれたいとおもっています。


たくさん心理的安全性の本がありますが、それらの背景とぼくが問題ととらえている組織のギャップが大きいなと感じています。
この点について共感いただける方がどれくらいいらっしゃるのかも知りたいです。もしよければ共感いただける方は「スキ」をおしていただけるとうれしいです。

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