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伊原康隆・藤原辰史『学ぶとは 数学と歴史学の対話』(ミシマ社)

☆mediopos3918(2025.8.11.)

■伊原康隆・藤原辰史『学ぶとは 数学と歴史学の対話』
 (ミシマ社 2025/4)

伊原康隆は1938年生まれの数学者
藤原辰史は1976年生まれの歴史学者

「学問に取り憑かれた」二人は
世代を超えて2015年の安保法制反対運動
(自由と平和のための京大有志の会)での出会いを機に
互いの本の感想交換や「本を読む会」を通じて親交を深めてきたが
そんななかで2021年から「ミシマガジン」上で
往復書簡(28通)を交わす企画が実現し

数学と歴史学の方法論や思考の違い
学問への向き合い方や好奇心の役割
権力や社会との関係などについて議論がなされている

藤原は数学の入門書を読み込み
伊原は歴史学に挑戦するように
藤原は伊原の数式を含む説明に対し
歴史的文脈や社会問題で応答しながら緊張感のある対話が展開され

互いの専門外の領域に踏み込む過程で生じる葛藤や発見が
3部構成(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)にまとめられている(目次参照)

そのなかで特に「Ⅲ」を中心に
言語・音楽・コンピューターに関する学びと
人間の学びの比較についての対話をとりあげる

まず言語を学ぶことについてだが

伊原は言語を形式言語や文法といった数学的構造に近いものとして捉え
言語の習得は規則(文法)や構造(統語論)を理解し
それを適用するプロセスであり
数学における「定義」と「証明」のプロセスに似ていると指摘し

言語を学ぶことは論理的思考の基盤であり
抽象化を通じて「本物」を掴むプロセスと関連付けられるが
言語の曖昧さや多義性も認め数学の厳密さとの違いが示唆されている

それに対し
藤原は言語を歴史的・文化的な文脈で捉え権力や社会との関係を強調し
言語を学ぶことは単なる規則の習得ではなく
歴史的背景や話者の意図そして文化的ニュアンスを理解することにあるとし

外国語学習の経験を通じ
言語の学びが「異文化との出会い」や「自己の再構築」を伴うことを強調
数学的規則性とは異なった「わからない」状態を許容し
試行錯誤を通じて進む人間的なプロセスだとしている

こうした対話を通じ
言語を学ぶことは
数学の抽象性(普遍性)と歴史の具体性(個別性)を橋渡しすることであり
言語を通じて「考えること」と「表現すること」によって
創造性な学びが求められることが示唆されている

続いて音楽を学ぶことについてだが

伊原は音楽を音階・和声・リズムといった
構造数学的に分析可能な形式と捉え
その直観的・感情的な側面も重視し
音楽を学ぶことは
数学の「パターン認識」や「構造の探求」に似ていると示唆しながらも

演奏や鑑賞を通じて「感じる」ことが重要だとし
伊原自身が独学で音楽論を学んだ経験から
音楽の学びが「試行錯誤」と「直観」の融合であるとしている

それに対し
藤原は音楽を歴史的・社会的な表現として捉え
音楽が時代や共同体の声を伝える点を強調し
技術的な習得だけでなく文化的背景や感情の共有に関わるものとし

音楽を「回遊的散歩」に例え
論理的思考を超えた自由な探求の場とみなしながら
歴史学者としては音楽が権力や抵抗のツールとして機能した事例を挙げ
音楽を学ぶことの社会性について示唆している

こうした対話を通じ
音楽を学ぶことは数学的(論理的)な構造と
歴史的(感情的・社会的)な文脈の交差であって
「ルール」と「自由」のバランスを体現することで
創造性や直観を得ることの重要性が示されている

そして最も喫緊だともいえるコンピューターに関する視点だが

伊原は機械学習やアルゴリズムといったコンピューターの学びを
最適化問題や確率モデルのような数学的枠組みとして分析し
それはデータに基づくパターン認識や予測であり
人間の学びの論理的側面を模倣していると見なしているが

その点に関してコンピューターの学びは
「目的意識」や「好奇心」を欠いているとし
人間の学びは意図や価値観・試行錯誤の喜びを伴うが
コンピューターはプログラムされた枠組でしか機能しないとしている

それに対し
藤原はコンピューターの学びを歴史的文脈で捉え
技術の発展が社会や権力構造に与える影響に注目し
AIやアルゴリズムが「効率性」を追求する一方で
「無駄」や「迂回」が持つような
人間の学びの創造性を軽視する危険性を示唆している

人間の学びは倫理や感情そして歴史的責任を伴う点で
コンピューターとは根本的に異なっているというのである

こうした対話を通じ
コンピューターの学びは効率的で論理的なプロセスを象徴するが
人間の学びは「わからない」状態や
感情的・倫理的側面を含むことが示唆され
コンピューターの学びが人間の学びを補助する可能性がありながらも
人間の主体性を超えられないとしている

さて本書のタイトルは「学ぶとは」であるように
論理と直観・普遍性と個別性・効率と創造性の緊張関係を通じ
「学ぶこと」の本質が
数学的視点と歴史的視点から多角的に探求されている

そうしたなかで
伊原は「えんぴつと紙をもって何度も書いて考える」ことを強調し
藤原は思考を自由に巡らせる
「回遊的散歩」の重要性を説いているのが印象深い

●目次

はじめに(藤原辰史)
つづいて(伊原康隆)

1 いまでも根っこは理系かもしれない(藤原辰史)
2 学びの中の「習と探」あれこれ(伊原康隆)
3 孤学と縁学(藤原辰史)
4 「本物」と「わからない」という試金石(伊原康隆)
5 本物とは何か(藤原辰史)
6 無心で「本物」に向き合う(伊原康隆)
7 歴史学習における「したい」と「しなければならない」(藤原辰史)
8 言語文化と学びの心理(伊原康隆)
9 ウクライナ侵攻について(藤原辰史)
10 休題茶話(伊原康隆)

1 簡単にわかった気にならないこと(藤原辰史)
2 他国語から○○を学ぶ(伊原康隆)
3 「サークル」について(藤原辰史)
4 大学の使命とは?(伊原康隆)
5 異端を育てるために(藤原辰史)
6 理想と現実のずれから生じる回帰性(伊原康隆)
7 複雑性と単純化の狭間(藤原辰史)
8 広げて回して切り口を(伊原康隆)
9 歴史の中の構造(藤原辰史)
10 手を動かす/学ぶものの「理性」とは(伊原康隆)

1 書くことと学ぶこと(藤原辰史)
2 ことばの関節を使いこなす(伊原康隆)
3 言葉の小さな関節を動かして、権力に対峙する(藤原辰史)
4 感性×知性、音楽の力(伊原康隆)
5 学びが止まらない(藤原辰史)
6 好考爺のアドバイス(伊原康隆)
7 コンピューターの学びと人間の学び(藤原辰史)
8 回顧と分析(伊原康隆)

巻末付録 うらうち二片(伊原康隆)
・ミニ書評
・AIと数学と

○伊原康隆(いはら・やすたか)
1938年東京生まれ鎌倉育ち。理学博士。東京大学と京都大学の名誉教授。東京大学理学部(1990年まで)と京都大学数理解析研究所を本拠地に、欧米(特にアメリカとドイツ)の諸大学を主な中間滞在先に、数学おもに整数論の研究と教育に携わってきました。関連著書に『志学数学』『文化の土壌に自立の根』など。熟年以後、日本学士院賞(1998年)、日本数学会賞小平邦彦賞(2023年)を受賞。趣味は音楽と水泳の短縮継続と読書。

○藤原辰史(ふじはら・たつし)
1976年生まれ。島根県出身。京都大学人文科学研究所教授。専門は現代史、特に食と農の歴史。著書に『縁食論』『トラクターの世界史』『カブラの冬』『ナチスのキッチン』(河合隼雄学芸賞)、『給食の歴史』(辻静雄食文化賞)、『分解の哲学』(サントリー学芸賞)、『農の原理の史的研究』『植物考』『歴史の屑拾い』、共著に『中学生から知りたいウクライナのこと』『中学生から知りたいパレスチナのこと』『青い星、此処で僕らは何をしようか』など多数。趣味はソフトテニスと旅行と読書。

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