見出し画像

【第53話】道営野塚野営場──ペッタンコのタープと水平線

北へ続く道 ─ 自作キャンピングカーで旅する日々

静かに続いていく──
旅の空気と、光と温度で紡ぐ日々の記録。

【第53話/ペッタンコのタープと水平線】

タープの骨──風が通り抜ける音

強い風は、夜の途中から形を変える。
揺れと熱が、眠りの底を浅くする。


昨晩も「道営野塚野営場」にお世話になった。

7時46分に起きる。
窓の外は海側の空がほどけかけていて、
曇り予報の線を軽く越えてくる光がある。
風は止まらない。
車体が小さくきしむ音の名残も、
まだ耳に残っている。

夜の間、蒸し暑さで
扇風機を回しっぱなしにして、
目が覚めるたびに家庭用エアコンを
1時間タイマーで入れ直した。
温度計は、起きた時点で車内30℃。
外気の数字は車内より低いはずなのに、
まず触れるのは風のほうで、
温度より先に肌が反応する。

とりあえずエアコンをON。
次に、みゅうちゃんの朝ご飯。
皿の音に合わせて、
尻尾が一度だけ揺れる。

タープが気になって外を見る。
夜中の風で何度も思い出したあの布は、
まだそこにいて、骨組みも折れていない。
バタつく音は続くけれど、
空はもう「曇り」の顔ではない。

道営野塚野営場の朝

コーヒーを淹れる。
トーストを焼いて、豆乳ゼリーも出す。
食べている間も、
タープの端が小さく羽ばたく。
生活は風の中でも止まらない。

少しだけYouTubeを流し、
頭の中のざわつきを薄くしていく。

9時43分。
暑さはそこまでではないのでエアコンを止め、
網戸とマックスファンに切り替える。
チェアを持ってタープのほうへ。
風の通り道に座ると、
体の熱がゆっくり抜けていく。

タープの方へ

隣に停まっている人が、
ウィンドサーフィンの準備を始めた。
道具を抱えて砂を踏み、帆が立つ。
みるみる沖へ滑っていき、
向かい風に押し戻されるどころか、
むしろ前へ進む。
何度見ても、理屈は理解しているのに、
目の前で起きると不思議が勝つ。

ウィンドサーフィンが風上に進むのが不思議

向かい風の線──海が少し荒い

11時47分。少し早い昼に素麺を茹でる。
つるりと胃に落ちて、
もう少し何か欲しくなって納豆も追加する。

片付けて、またタープ下へ戻る。
日が差してきたので、日陰へ入る。
タープの影に体を寄せると、
風が少しだけ丸くなる。
海は相変わらず、
白いところが点々と増えている。

お昼ご飯を食べて、再びタープ下へ

日が差し出すと、タープの影が薄くなる。
暑さがじわっと寄ってきたので、
いったん車内へ引き返して、
少しだけノートPCを開く。


網戸の呼吸──白い間が伸びる

昨晩の眠りの浅さが、ここで効いてくる。
ベッドに横になると、
目を閉じた瞬間に風の音が遠くなっていく。

16時。起き上がると、
落ち着いていたはずの風が
また戻ってきている。
タープが気になる夜を
もう一度やるのは避けたい。

ポールを倒して、
ガイロープの結び目をペグで押さえ直す。
布を地面に貼りつけるように、
ぺたんと平らにする。
風に見せていた面積を、
いきなり小さくする。

風に煽られないようにポールを倒しておく

車に戻り、
客さんへのメルマガを作る。
送信予約を入れたところで、
夕方の光が少し角度を変える。


ペグダウン──布が地面に貼りつく

17時44分。冷凍餃子を焼く。
焼き色がつき始めたあたりで、
車内に香りが溜まっていく。
レタスとミニトマトも皿にのせる。

食べ終えて片付け、
トイレへ行こうと外へ出る。
空が、夕日を用意し始めた色をしている。

トイレを済ませて、
チェアを持ってタープのほうへ。
ぺったんこになったタープの横が、
ちょうど風除けみたいになっている。

ぺったんこのタープの横で

水平線の手前──フェリーが横切る

雲の隙間に、太陽が一度見える。
フェリーが通過していく線が、
その下を横切る。

いったん雲に隠れたのに、
また出てくる。
海と空の境目へ向かって、
光の円が静かに沈んでいく。
水平線の上には厚めの雲が乗っていて、
最後の輪郭が少しだけ柔らかくなる。

日本海に沈む夕日

19時21分。沈む。

残った明るさが、
空の端から端へ広がる。
道路側へ回って見ると、
背中側の空まで赤が回っていて、
今日の色がしばらく消えない。

本日一番の夕焼け

車に戻ると、
網戸とマックスファンで中はもう涼しい。
外気も昨晩より5℃ほど下がっている。

タープは地面に貼りついたまま、
風の音だけが続く。


あとがき

夜中の風は、
目覚ましより先に起きていた気がする。
揺れと熱のせいで眠りは浅かったのに、
起きてしまえば、
やることはいつも通りに並んでいく。
エアコンのスイッチ、みゅうちゃんの皿、
コーヒーの湯気、トーストの焦げ目。

風は一日じゅう、
物の位置を少しずつ動かそうとする。
タープの端、傘の角度、チェアの脚。
隣のウィンドサーフィンは、
向かい風を使って沖へ線を引いていった。

午後の白い眠りのあと、
タープをぺたんこにした手の感触が残っている。
布を畳むというより、
風に渡していた面積を回収する作業だった。

夕日が沈んだ瞬間も、
特別な言葉は要らなかった。
フェリーが横切り、雲が一度隠して、
また見せてくれた。
その順番のまま、
今日がここに置かれている。

車内は涼しく、外は風の匂いがする。
道営野塚野営場の夜が、また一つ増える。


北へ続く道 ─ 自作キャンピングカーで旅する日々』シリーズトップへ戻る

いいなと思ったら応援しよう!