【第62話】美国漁港海岸緑地広場──青の広場、カチッのあと
北へ続く道 ─ 自作キャンピングカーで旅する日々
静かに続いていく──
旅の空気と、光と温度で紡ぐ日々の記録。
【第62話/青の広場、カチッのあと】
緑地の端──ひんやりした青
青は広いのに、空気はまだ薄い。
今日の輪郭だけ、先に見えている。
昨晩も「美国漁港海岸緑地広場」にお世話になった。
7時11分に起きる。窓の外は、雲の気配がほとんどない青。海のほうまで色がつながっている。
温度計は車内24.7℃。外気温の表示は見当たらず、数字は持てないまま、頬に当たる冷えだけが確かに残る。
みゅうちゃんの朝ご飯を用意すると、器の音にだけ反応して、短い足音が寄ってくる。食べ終えると、もう窓際へ。
コーヒーを淹れ、トーストだけをかじる。バターの匂いが車内の木の匂いに混ざる。
広場には大型トラックが停まっていて、片側のウィングが少しだけ上がっている。一徳さんはもうSUP釣りに出ているらしい。海側から戻る風が、思ったより冷たい。

10時14分。昨日のブログを投稿して、SNSも片づく。トイレを済ませて大島さんのパーティーシェードへ行くと、ブッキーさんが昨晩の「タラ汁」にうどん麺を入れて温めてくれていた。鍋の縁から立つ匂いが、昼の入口みたいに濃い。
うどんをすすっている間、会話は潮の話と、道の話と、誰かの予定の話で行ったり来たりする。海は穏やかで、青はそのまま。

ステッカー──車体の背中
12時近く。大型トラックのほうで、ペコちゃん夫婦と一徳さん、それに一緒にSUP釣りに出ていた一徳さんの友人が輪になっていた。
名刺をもらい、こちらは残り1枚のステッカーを渡す。次の瞬間、トラックの後ろにぺたりと貼られて、白い面に小さな「うち」が乗る。

12時を過ぎると、一徳さんは香取慎吾さんのコンサート機材の搬出へ向けて出発、のはずだった。
運転席でキーを回す音のあと、「カチッ、カチッ…」が続く。静かな広場に、やけに乾いた音。
バッテリーが上がっている。
ブッキーさんがクレアをトラックの近くへ移動して、延長コードを引っ張り出す。こちらは24V用のバッテリー充電器を取りに戻る。
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端子をつないで充電を始めると、表示は25.1V。1分も待たずに「一回かけてみて」と言う。
弱々しいセルの回転が、途中で踏ん張って、エンジンが息を吸う。周りの声が少しだけ上がって、誰も長くは言葉を足さない。

一徳さんはバッテリーカバーを戻し、手早く運転席へ。仕事の時間に追われる気配だけが背中から離れていく。
手を振る。トラックの背中には、さっき貼られたステッカーが残る。

タープの骨──日向の水
昼を過ぎて、ご飯を炊く。卵ご飯と冷奴。10時過ぎのタラ汁うどんがまだ体の奥にいて、それでも卵の白と黄が混ざる音が欲しくなる。
14時36分。ペコちゃん夫婦が古平のお祭りへ向けて出発する。車がゆっくり遠ざかって、広場の音が少し減る。

話しながら、明日ここを出る段取りを頭の隅に置く。タープだけでも先に畳んでおくことにする。
16時5分、撤収が終わる。広場の上にあった影がひとつ消えて、空が少し広くなる。
日向に出していたシャワー用のポリタンクに触ると、ほんのり温かい。ヒーターを使わずに浴びられる温度で、皮膚だけが先に季節を理解する。
水を流して、タオルを絞る。車内へ戻ると、木の匂いがまた戻ってくる。

晩ご飯の段になって、肉を解凍し忘れていたことに気づく。お茶漬けと納豆にして、「サッポロクラシック」を一本だけ。
揚げ音──群れる白い点
18時10分。タープはなくなったのに、この時間はテントの影がちょうどいい。湿度は高すぎず、海の面も落ち着いて見える。
テントはだいぶ減ったが、新しく立ったものもいくつかあって、広場の住人が入れ替わった感じがする。
18時36分。大島さんの奥さんのまあちゃんが、昨日ノークスさんからもらったホッケを揚げている。油の音が、潮の匂いに負けずに広がる。
ふと空を見ると、ウミネコかカモメがやけに飛んでいる。白い点が集まっては散って、何かの合図みたいに見える。

揚がったホッケに、大島さん家特製のタレをかける。衣が割れる音がして、身が湯気の代わりに匂いを出す。
まあちゃんが次から次へと揚げてくれるので、車から「サッポロクラシック」を追加で持ってくる。

夕焼けは、このあたりで一番濃い色になる。山の上だけが赤い。
そのまま話が続き、20時を過ぎて自然にお開きになる。
夜の広場は、灯りの数だけ輪郭ができる。空には星が多く、海の暗さと喧嘩しない。

車に戻って片づけを済ませ、YouTubeを流しながら豆乳ゼリーを仕込む。スプーンの当たる音が小さくて、眠気が先に座り込む。
着替えて、ベッドへ。
あとがき
「美国漁港海岸緑地広場」という名前は長いのに、ここでの一日は細い音でできている。
キーを回したときの「カチッ」。延長コードを引くときの擦れる音。充電器の表示に並ぶ数字。揚げ油のぱちぱち。
人の動きも、いつも音と一緒に残る。一徳さんが運転席へ戻る背中、ブッキーさんがクレアを寄せる足取り、ペコちゃん夫婦の車が遠ざかる間の、手の角度。
そこにみゅうちゃんがいて、器の音だけは毎日同じように響く。
空は終日きれいに開いていたのに、冷えは最後まで残っていた。数字にできない外気温の代わりに、皮膚のほうが覚えている。
タープを畳んで、影がひとつ減って、代わりにテントの影がちょうどよく落ちていた。
今日がここにあったことは、ホッケの衣の割れ方と、トラックの背中に残った小さなステッカーで十分にわかる。

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