デカルトのばかやろう(物理学誕生⑤高校基礎)
§1 神の存在証明
デカルト(1596-1650:フランス)といえば「我思う、ゆえに我在り」の言葉が有名だが、この言葉が書かれている『方法序説』で、彼はなんと「神が存在すること」の証明を試みる。とは言え実は、デカルト以前も以後も、神の存在証明を試みた人間は沢山いる。デカルト本人が書いた文章は曖昧なものだが、同様に神の証明を試みた様々なキリスト教信者による証明の分類を用いると、デカルトの証明の重要な部分は「本体論的証明」と呼ばれるものらしい。曖昧なものは批判しにくいので、ここではおれ様が「本体論的証明」をできる限り明晰に、現代人に読み易く書き直してみよう。それでもデカルトの言っていることと内容的には大差ない。
(a)神とは最も偉大なものに付けられる名前である。
(b)最も偉大か、もしくは2番目に偉大であるAとBを考える。
(c)Aは存在し、Bは存在しないものだとする。
(d)AとBを比較すると、存在する分だけAの方が偉大である。
(e)したがって最も偉大なのはAであり、Aは神だということになる。
(f)Aは存在する。よって神も存在する。[証明終]
なるほどな~、神って存在するんだ! ……って、なるわけねえだろ!
ガリレオと同じくデカルトも、機械論的自然観の持ち主であり、アリストテレス物理学から迷信的なものを一掃しようとした筈だった。だからこそ、真の意味で科学であるための条件として、(1)物理現象の数学的記述、(2)理論を実験によって検証すること、この2つの重要性はしっかりと気づけたはずである。なんで数値化もせず、実験もしないで、こんな言葉遊びで神が存在することを証明できると思ったのだろうか。すべての偏見や先入観を取り払ってあらゆるものを徹底的に疑い、それでも疑いようがない真理として「我思う、ゆえに我在り」に到達したらしいが、そんな、うちの母ちゃんでも思いつくようなことに到達する前に、もうちょっと真剣に神の存在を疑ってほしかった。
はっきり言って、ばかやろうである。
§2 物理学誕生に貢献した人間としてのデカルト
デカルトもまた広範な探求心を持ち、様々な研究業績をもつ。その中でも、物理学にとって特に重要なものを紹介すると、
① 衝突現象の観察から、運動量の保存をぼんやりと理解し、それっぽいことを書き残した
② 初めて完全な形で慣性の法則を述べた。
① は特に、ニュートンに直接の影響を与えたと言われている。というのも、ニュートンの
『プリンキピア』での運動方程式の表現は(現代の表記で書き直せば)、
ma=Fではなくdp/dt=Fなのである。
② も、当然、立派な業績なのだが、慣性の法則を理解してしまったことがデカルトに与え
た影響は複雑である。思い出してほしいのだが、ガリレオ・ガリレイは惑星の円運動を慣性によるものだと誤解した。そのおかげで、ガリレイは天体間にはたらく力について悩まずに済んだという一面がある。しかし慣性に従えば、物体は静止するか等速直線運動するしかないという正しい理解に達していたデカルトは、機械論の制約(接触せずにはたらく力を認めない)の中で、天体間にはたらく重力を説明するという無理ゲーに取り掛かかった。その理論は、デカルトの「渦動説」と呼ばれている。
『方法序説』に並ぶデカルトの主著とされる、
『哲学原理』の中にでてくる「渦動説」の説明の図。
(レイアウトのため、図を90度回転させている)
要するに、宇宙は渦を巻いている物質で満ちていて、そのせいで天体が動いていくというのである。もちろんそんな物質が存在するという根拠は何もなかったし、渦を巻いているという理由も不明である。何より問題なのは、この渦巻の仮説からはいかなる定量的な予測も導けないということである。デカルト自身は地動説を信じていたが、彼の理論はプトレマイオス(83頃-168頃)の天動説と比べても稚拙で退行していると言うべきだろう。
§3 数学の大天才としてのデカルト
このシリーズには珍しく、悪口ばかり書いてしまったので、ここからは正真正銘の数学の大天才としてのデカルトと、その最大の業績を紹介しよう。
中学校から高校一年生にかけての、三角形の合同・相似条件や平行線の性質などを中心とした図形に関する数学は、歴史的には「幾何学」と呼ばれている。これに対し、方程式の研究は歴史的には別の流れとして存在しており、こちらは「代数学」と呼ばれている。何だよまたかオイいい加減にしろと思うかもしれないが、どちらも古代ギリシアで研究が進められた。
ただ、アリストテレス物理学がルネサンス頃まで乗り越えられなかったのに対し、代数学はちょっと違った。ヨーロッパで古代ギリシアの知識が失われた後も、古代ギリシアの文献が輸出されたアラビア世界で研究が進められて、もう少し早くから発展していた(三次方程式の解法など)のだ。英語で代数学を意味する単語algebraはアラビア語起源なのである。これ、豆な。
そして、みんなが数Ⅱで習ったことだと思うが、「図形と方程式」という単元で、座標を用いることで、方程式の問題を図形の問題として、逆に図形の問題を方程式の問題として研究することが可能となった。実はこれを最初に本格的に行った人間こそがデカルトなのである。この学問はその後、微分積分という翼を得て大きく羽ばたくことになる。
座標のような考え方は、歴史的には繰り返し何度も出現しているし、方程式をグラフで表した人間もデカルトが初めてではない。しかし、その威力、重要性を完全に理解し、それを広く世に知らしめたのは間違いなくデカルトである。デカルトが始めたこの数学を「代数幾何学」といい、彼の死後370年が経過した現在でも、xyz軸が直交する座標は「デカルト座標」と呼ばれている。
また、方程式の未知数を「x」とする慣習の起源については諸説あるのだが、それを世の中に定着させた人間もまたデカルトである。伝説によれば、本を出版する際、当時はアルファベットのハンコみたいなやつを並べて「型」をつくって印刷していたわけだが(活版印刷)、「x」は使用頻度が低く、沢山余っていたため、デカルトは「x」を使うことにした。それが、デカルトの出版した本が沢山の人に読まれたため、そのまま定着してしまったそうである。
まとめると、デカルトは数学者としては文句なしに不滅の業績を残した大天才である。
また、物理学者としては、慣性の法則を初めて完全に理解したり、おぼろげながらも運動量保存則のようなことを考えたりと、こちらも確かに重要な功績がある。しかし一方で、機械論ですべてが説明できると思い上がった結果として、万有引力の発見にはかすりもしなかったし、ケプラーがやったことの重要性を全く理解できなかった。この点は、我々が教訓を見出すべき何かがあるような気がする。
最後に哲学者としてのデカルトだが、以下に述べることは哲学について詳しくも何ともないおれの個人的な見解に過ぎないが、余りにも過大評価されているのではないかと思う。
「我思う、ゆえに我在り」なんて、そんな勿体つけて言うほどのことだろうか?
代数幾何学に比べれば、わりと誰でも思いつくような内容である。
フランス人はレトリックが好きすぎるんじゃないの?
デカルトがもし、数学や物理学できらびやかな業績を上げていなかったとしたら、哲学者としてこんなに評価されることもなかったのではないか、おれはそう思う。
【参考文献・インスパイア元】 本記事を書くにあたり、以下の書籍を参考にしつつ、私の独自解釈と妄想を加えています。どちらも物理好きなら痺れる名著なので、ぜひ読んでみてください。
●サイモン・シン『ビッグバン宇宙論』(新潮文庫)
●山本義隆『磁力と重力の発見』(日本評論社)
