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《官能小説》『畳を上げた七日間』最終話|新しい畳に布団を一組。明かりをつけたまま朝まで

もう二組には戻さないと決めて、真澄は二人きりの寝室で直人の肩をつかんだ。

八畳には、二人しかいなかった。

「なに」

「押し入れ、開けないで」

「布団、もう一組あるだろ」

「あるけど、出さないで」

「いいのか?」

「いい」

肩に触れた指を、わたしはそのままにしておいた。

布団は一組だけ敷く


新しい畳の上に、布団を一組だけ敷いた。

八畳の真ん中だ。まわりに、まっさらな畳が広がっている。

「小さく見えるな」

「一組だからね」

「十八年、二組だった」

「五十センチ空けてた」

「今日から空けないのか」

「空けない」

「押し入れの一組、どうすんだ」

「入れっぱなし」

「捨てないんだな」

「捨てない。しまう」

「その言い方、一日目に聞いた」

「覚えてたんだ」

昨日の夜の話をする


「昨日、客間で寝たね」

「一日目と同じ部屋だな」

「同じ場所に敷いた」

「畳だけ新しかった」

「一日目は、拳ひとつ空いてた」

「空いてたな」

「昨日は」

「最初からゼロだろ」

「測ったの?」

「測らなくてもわかる」

「一日目は、電気消す前に聞いたよね」

「聞いたな」

「昨日は聞かなかった」

「聞かなくてよくなったからだろ」

「そう」

「それでいいだろ」

「いい」

新しい畳には跡がない


昼のうちに、客間をもう一度見た。

一日目にあった日焼けの跡が、消えていた。

「箪笥のとこ、四角く青かったのに」

「なくなったな」

「座卓の脚の跡も」

「全部消えた」

「ちょっと寂しい」

「板には残ってる」

「板?」

「畳の下だよ。跡はそのまま」

「見えないところは残るんだ」

「そうだな」

「見えるところだけ、新しくできる」

「そういうもんだろ」

畳屋が帰っていく


七日目は仕上げだった。

畳屋は朝から来て、縁を直して、隙間を見て、昼前に帰った。

いちばん若い人が、玄関で頭を下げた。

「ありがとうございました、って」

「言ってたな」

「七日間、毎日来てたね」

「毎日八時な」

「静かになった」

「人がいなくなったからだろ」

「音、全部おぼえてる」

「どの音だよ」

「畳を剥がす、びりって音」

「あれな」

「扇風機が板を叩く音」

「四日目な」

「うどんの鍋」

「あれは音か?」

「音だよ。ざわざわいってた」

「雨戸も鳴ったな」

「ごろごろって」

「三十万、高かったね」

「高かったな」

「一日あたり四万三千円くらい」

「割るなよ」

「割ると安く感じる」

「感じないだろ」

「感じる。七日ぶんだと思えば」

「畳の話か?」

「畳の話じゃない」

冷蔵庫の予定表をはがす


冷蔵庫に貼ってあった予定表を、はがした。

一日目から七日目まで、全部終わっている。

「これ、捨てる?」

「捨てないんだろ、どうせ」

「捨てない」

「しまうんだろ」

「しまう」

「どこに」

「手紙の束の上」

「増えたな、しまうもの」

「増えた」

娘から電話がある


朝、あの子から電話があった。

前より少し長かった。

「なんて?」

「畳、どうなったって」

「気にしてたのか」

「へえ、じゃなかった」

「進歩だな」

「九月に一回帰るって」

「言ったのか、向こうから」

「向こうから」

「そうか」

「泊まるかは決めてないって」

「泊まるだろ」

「泊まるかな」

「布団あるんだから」

「あるね」

あの子の部屋はそのままにする


「四畳半、どうする」

「そのままにする」

「机も?」

「机も、柱の線も、布団も」

「捨てないのか」

「捨てない」

「畳だけ新しくなったな」

「それでいい」

「七日前、開けるのこわいって言ってたぞ」

「言った」

「今は」

「今は、こわくない」

「なんでだよ」

「中を見たから」

家具を廊下から戻す


午後、廊下の家具を部屋に戻した。

座卓。桐箪笥。テレビ台。ピアノ。

一日目に運び出したものを、七日目に運び入れる。

「重いな」

「一日目より重い?」

「同じだろ」

「疲れてるからだよ」

「昨日の夜のせいだろ」

「言わないで」

「言うよ」

ピアノの脚が沈む


ピアノを客間に入れて、布をかけた。

一日目と同じ位置だ。

夕方に見たら、脚のところが沈んでいた。

「畳、へこんでる」

「新しいのは、すぐつくらしい」

「もう?」

「置いた日につく」

「重いもの置くと沈むんだ」

「そりゃそうだろ」

「戻せる?」

「たぶん戻らない」

「じゃあ、跡になる」

「跡になるな」

テレビをつけて、すぐ消す


テレビ台を戻して、線をつないだ。

七日ぶりに、画面が光った。

ニュースが流れている。

「ついたね」

「つくだろ、そりゃ」

「七日、なかった」

「なくても困らなかったな」

「困らなかった」

「消すか」

「消して」

消したら、家がまた静かになった。

七日前と同じ静けさのはずなのに、違って聞こえた。

冷蔵庫の音。時計の音。二人の呼吸。

十八年あとを数える


「ねえ」

「なに」

「十八年たったら、わたしいくつ」

「五十四だろ」

「あなたは」

「五十六」

「今が三十六と三十八でしょ」

「そうだな」

「早いね」

「早いか」

「十八年、あっという間だった」

「あっという間だったな」

「じゃあ、次の十八年も」

「あっという間だな」

「その計算、七日前ならしなかった」

「しなかったな」

「先のこと、考えなかった」

「ローンのことは考えてただろ」

「それは考えてた」

「同じだろ」

「違う。あれは、こわいから考えてた」

夕飯を食べながら七日ぶんを数える


夕飯のあいだに、七日ぶんを数えた。

「謝られたのが八回」

「多いな」

「多い」

「十八年で十回もなかったのに」

「七日で八回」

「言えるようになったんだよ」

「毎晩って言われたのが五回」

「数えてたのか」

「数えてた」

「好きって言ったのが二回」

「少ないな」

「少ない?」

「少ないだろ」

「こわいって言ったのが二回」

「泣いたのは」

「一回。四畳半で」

「一回か」

「一回」

明るいところで三回目を言う


「じゃあ、三回目、言うね」

「今か」

「今」

「電気ついてるぞ」

「わかってる」

「一日目は、暗いとこでしか言えなかったな」

「言えなかった」

「今は」

「好き」

直人は返事をしなかった。

代わりに、箸を置いて、こっちを向いた。

「なんか言って」

「……うるさいな」

「それが返事?」

「そうだよ」

七通目を開ける


夜になって、七通目を開けた。

物置で見つけてから、四日待った封筒だ。

宛名を見て、手が止まった。

「桐生じゃない」

「見せろ」

「〈真澄へ〉って書いてある」

「そうだな」

「これだけ、名前」

「最後のやつだからだろ」

便箋は一枚だった。三行しか書いていない。

〈たぶん俺は、これから先もあまり喋らない。〉

〈それでも、見てる。〉

〈言わないだけで、見てる。〉

三行を三回読む


その三行を、三回読んだ。

「予告してる」

「なにを」

「あなたが喋らないこと」

「予告か」

「十八年前に、もう言ってた」

「覚えてない」

「覚えてないの?」

「わからん」

「書いた本人が」

「書いたのは二十のときだ」

「じゃあ、忘れてもいいの?」

「よくないな」

「よくない」

「悪かった」

「九回目」

「数えるなよ」

電気をつけたままでいいか聞く


布団の横に座って、わたしは天井を見た。

八畳の照明は、七日間で使ういちばん明るい光だ。

「消さないでおく」

「明るいぞ」

「一日目に、あなたが言った」

「なにを」

「新しい畳は、明るいほうがいいって」

「言ったな」

「畳の上のを見たいって言った」

「言った」

「じゃあ、見て」

「いいのか」

「いい?」

「こっちが聞いてんだよ」

「わたしはいい。自分から言ってる」

「わかった」

汗をかいたまま座る


風呂は入らなかった。

七日間、汗をかいたまま寝ている。

今日もそうすることにした。

「風呂、入らないの?」

「入らない」

「汗くさいぞ」

「あなたもね」

「俺はいいだろ」

「わたしもいい」

「そうかよ」

「五日目に言ったでしょ。汗の匂い、好きって」

「言ってたな」

「今日も好き」

布団の上に、向かい合って座った。

膝が当たった。

「近いね」

「近いな」

「もっと近くていい」

まぶしいまま脱がせる


明るいと、全部見える。

三十六の体が、八畳の真ん中に、なにも隠さずにある。

七日間、裸電球と、換気扇の豆球と、常夜灯でやってきた。

七日目にして、いちばん明るい。

「まぶしい」

「消すか」

「消さないで」

「どっちだよ」

「まぶしいけど、消さないで」

家着の前を、直人が開けた。

肩からずらして、腕を抜かせて、下着の肩紐を指で押し下げた。

「見てる」

「見て」

「腹、肉ついたな」

「言うなって」

「悪いとは言ってない」

「じゃあ、なに」

「柔らかい」

髪が新しい畳に絡む


背中が、新しい畳についた。

冷たい。古い畳は体温を吸ってぬるくなったが、これはまだ冷たい。

髪が、畳の目に引っかかった。

「髪、絡んでる」

「古いのは滑ったのに」

「目が立ってるからな」

直人が、絡んだ髪を一本ずつ外した。

そのあいだ、息が首にかかりつづけた。

「くすぐったい」

「じっとしてろ」

「息が当たる」

「当ててる」

「わざと?」

「わざとだよ」

掌の温度を覚える


汗ばんだ皮膚に、乾いた掌が置かれた。

七日で、この掌の温度を覚えた。

いつも、わたしより二度ほど高い。

「熱い」

「暑いからだろ」

「そうじゃなくて、あなたの手が熱い」

「昔からだろ」

「知らなかった」

「十八年隣にいて?」

「触ってなかったから」

「今は触ってる」

「触ってる」

首から鎖骨、鎖骨から肩


唇が、汗ばんだ首についた。

そこから鎖骨に下りて、鎖骨から肩へ動いた。

四日目の台所で決まった順番が、七日目でも同じだった。

「順番、決まってるね」

「決まったな」

「覚えたんだ」

「覚えた」

「肘の内側は?」

「そこはこれから」

掌が、腕をゆっくり下りた。

肘の内側で止まって、皮膚の薄いところを確かめるように動いた。

冷たい畳と、熱い掌と、湿った皮膚。

三つの温度が、腕の上でぶつかった。

乳房を舐める


胸に、直人の顔が下りた。

乳房を掌で下から持ち上げて、そのまま口をつけた。

舌が、乳首をなぞった。

「あ」

「声出たな」

「出た」

「明るいと出るのか」

「明るいと、見られてるのがわかるから」

「見てるよ」

「見ないで」

「どっちだよ」

「見て」

吸われると、背中が畳から浮いた。

浮いたところに、直人の腕が入った。

もう片方を、掌が揉んだ。

指が沈むたび、腰が勝手に動いた。

下着を脱がせる


「これ、脱がせるぞ」

「うん」

「自分で脱ぐか?」

「脱がせて」

腰を持ち上げて、下着を足から抜かせた。

畳の上に、丸めて置かれた。

「明るいと、置き場所まで見えるね」

「見なくていいだろ、そんなの」

「見ちゃう」

「こっち見ろよ」

尻の下に、掌が入ってきた。

そのまま持ち上げられて、畳から浮いた。

「重い?」

「重い」

「正直だね」

「嘘つくと怒るだろ」

「怒らない」

「怒るだろ」

「怒るかも」

濡れているのを言われる


太ももの内側に、掌が入ってきた。

「濡れてる」

「言わないで」

「昼からか」

「夕方から」

「夕飯のときも?」

「うどんの話してるときも」

「そんな前からかよ」

「あなたが数えるからでしょ」

「なにを」

「毎晩って五回言った、って数えたとき」

指が入ってきた。

奥まで来て、そこで止まった。

「動かして」

「まだ」

「動かして」

指を二本にされる


「増やすぞ」

「なにを」

「指」

「聞かないでやって」

「聞くだろ、そこは」

指が二本になって、奥まで入ってきた。

腰が畳から浮いて、戻れなくなった。

「あ、あ」

「痛くないか」

「痛くない」

「じゃあ、もっとか」

「もっと」

親指が、別のところに当たった。

そこを押されると、太ももが勝手に閉じた。

「閉じるなよ」

「勝手に閉じるの」

「開けとけ」

「開けてる」

「開いてない」

膝を押し開かれて、そのまま続けられた。

シーツを握った手が、汗で滑った。

声を抑えない


八畳は、四畳半のように壁が近くない。

声が散っていくのが、はっきりわかった。

「響かないね」

「広いからだろ」

「四畳半は響いた」

「物置も響いたな」

「縁側も」

「ここは散る」

「じゃあ、抑えなくていい?」

「七日前にそう言っただろ」

「七日かかった」

「かかったな」

「今日、抑えない」

「抑えるなよ」

指が動きはじめると、自分の喘ぎ声が天井まで上がって、返ってこなかった。

自分の声を聞くのは、まだ慣れない。

舐められる


膝を、左右に開かされた。

明るいから、開かされたところまで全部見えている。

「見ないで」

「見るって言った」

「見るのはいいけど、そんな近くで」

「近くじゃないと届かない」

顔が下りて、舌が当たった。

畳の上で、踵が滑った。

「あ、それ」

「これか」

「そこ、続けて」

「注文が多いな」

「今日は言う」

舌が動くたび、腰が浮いた。

浮くと、掌で腰を畳へ戻された。

太ももが、直人の頭を挟んだ。

「苦しい」

「ごめん」

「謝らなくていい。挟んどけ」

交代して、わたしがする


「交代して」

「なんだよ、交代って」

「わたしがする」

「いいよ、別に」

「したいの」

直人を仰向けに倒して、腰のところに顔を下ろした。

十八年、こんなことをしていない。

「久しぶりだな」

「十八年ぶり」

「数えるなよ」

「数える」

口に含むと、直人の腹が硬くなった。

上を見ると、天井を見ていた。

「こっち見て」

「見てられるかよ」

「見て」

「……見た」

「もっとしゃぶっていい?」

「聞くなよ、そういうこと」

自分から跨る


わたしは、直人の腕を押しのけた。

「なんだよ」

「上、行く」

「珍しいな」

「七日目だから」

「理由になってないぞ」

「なってなくていい」

Tシャツを脱がせて、畳の上に投げた。

汗で背中に貼りついていたから、剥がすのに少しかかった。

「痩せた?」

「痩せてない」

「硬いね、まだ」

「昔からだろ」

跨って、腰を落とした。

腰を振る


繋がったところが、熱かった。

「あ、深い」

「動くか」

「動く」

腰を前に出して、戻した。

畳が、二人ぶんの重さで沈んだ。

「畳、沈んでる」

「沈むだろ」

「ピアノと同じ」

「ピアノより重いか?」

「重くない」

「じゃあ大丈夫だ」

自分で速さを決められるのが、こんなに違うとは思わなかった。

直人が、下から腰を押し上げてきた。

そのたび、喘ぎ声が喉から勝手に出た。

「うるさい?」

「うるさくない」

「もっと出していい?」

「出せよ」

手を胸に置かせる


直人の手首をつかんで、胸に置かせた。

七日間で、この動きを覚えた。

「自分でやるのか」

「待ってても置いてくれないから」

「置くよ」

「遅い」

「言えばいいだろ」

「言ってるでしょ、今」

掌が、汗で滑った。

滑るたび、指がひっかかって、そこで声が跳ねた。

「跳ねたな、声」

「言わないで」

「跳ねると分かりやすい」

「分かってやってる?」

「やってる」

尻をつかまれる


尻に、両手が回った。

指が食い込んで、そのまま引き寄せられた。

「深い」

「深いか」

「奥、当たってる」

「痛いか」

「痛くない」

「じゃあ、続けるぞ」

畳が、体の動きに合わせて軋んだ。

新しいい草は、古い畳より高い音で鳴る。

「畳、鳴ってる」

「鳴るな」

「三十万の音」

「今それ言うか」

汗が新しい畳に落ちる


汗が、顎から落ちた。

新しい畳に落ちて、い草がそこだけ色を変えた。

「畳に落ちた」

「落ちるだろ」

「染みになる」

「なればいい」

「もったいない」

「三十万のうちの一滴だろ」

「計算しないで」

い草の青い匂いが、下から立ってくる。

汗と、その青い匂いが混ざった。

一回目が来る


「もう」

「なんだよ」

「もう来る」

「来ていい」

「見ないで」

「見るって言っただろ」

腰が止められなくなって、そのまま絶頂した。

太ももが震えて、直人の腹の上で崩れた。

「息、荒いな」

「荒いよ」

「顔、赤い」

「明るいから」

「明るくなくても赤いだろ」

「言わないで」

二回目を頼む


しばらく、胸の上で伸びていた。

汗が引く前に、直人が体を起こした。

「まだいけるか」

「いける」

「本当かよ」

「二回目、して」

「言うようになったな」

「七日目だから」

背中を畳につけられて、膝を持ち上げられた。

さっきより深いところに、押し当てられた。

「あ、そこ」

「ここか」

「そこ。動かないで」

「動くぞ」

「動いて」

二回目は、一回目より長かった。

途中で声が言葉にならなくなって、直人の腕をつかんだ。

爪が立った。

「痛い」

「ごめん」

「謝るなよ。十回目だぞ」

名前を呼ばれる


「真澄」

「はい」

「真澄」

「なに」

「もう一回言うぞ。真澄」

「三回目」

「数えたのか」

「数えた」

一日目に、三回呼んでもらった。

七日目は、向こうから三回来た。

「うれしい」

「そうかよ」

「うれしいって言ってるでしょ」

「聞こえてる」

汗が、直人の胸から腹に伝って落ちた。

わたしの汗なのか、直人の汗なのか、分からなかった。

「どっちの汗」

「知るかよ」

「混ざってる」

「混ざってるな」

息が整うまで待つ


終わったあと、しばらく喋れなかった。

胸が上下しているのが、自分でも分かる。

「息、整った?」

「まだ」

「待つよ」

「待って」

直人の掌が、腹の上に置かれた。

上下に合わせて、掌も動いた。

「腹、動いてる」

「息してるから」

「知ってる」

「じゃあ言わないで」

「言いたいんだよ」

「めずらしいね、喋るの」

「今日は喋る」

「七通目に、喋らないって書いてあったのに」

「あれは二十のときのだ」

「今は?」

「今は、ちょっと喋る」

今夜の跡がつく


終わってから、二人で畳を見た。

布団のまわりの畳に、体の跡がついていた。

「跡、ついてる」

「ついたな」

「今夜のが残る」

「ピアノと同じだ」

「重いもの置くと沈むんだよね」

「沈むな」

「うれしい」

「なにが」

「残るのがうれしい」

「変わったな、七日で」

「変わった」

匂いだけは残らない


「この匂い、いつまで?」

「い草か」

「うん」

「一月くらいで薄れるらしい」

「一月」

「十年たてば干し草の匂いになる」

「一日目の客間の匂いだ」

「そうだな」

「じゃあ、今の匂いは残らない」

「残らないな」

「板の跡は残る。写真も残る。手紙も残る」

「匂いだけ残らないな」

「どうすればいい」

「覚えとけ」

「それだけ?」

「それしかないだろ」

十八年、わたしは残るものばかり気にしていた。

家。ローン。学費。将来。

残らないものを、一度も数えなかった。

毎晩と四回言われた


「そういえば」

「なんだよ」

「毎晩って、七日で四回言った」

「五回じゃなかったのか」

「夕飯のときが五回目。その前が四回」

「どっちでもいいだろ」

「よくない。数えてる」

「うつったな」

「うつった」

「十八年、一回も言わなかった人が」

「言わなかったな」

「なんで今言うの」

「言えるようになったから」

二時に電気を消す


二時ごろ、照明をやっと消した。

暗くなると、い草の匂いだけが濃くなった。

「消したね」

「明るいと寝られないだろ」

「さっきは明るいほうがいいって」

「終わったからな」

「都合いい」

「都合いいよ」

八畳は広い。布団は、部屋の真ん中に小さく浮かんでいる。

そのまわりに、まっさらな畳が広がっている。

板の跡と畳の上が違うものになる


「五日目に見た板、覚えてる?」

「寝室のか」

「四角い跡が二つあった」

「あったな」

「あいだが五十センチ」

「空いてたな」

「その上に、新しい畳が乗ってる」

「乗ってる」

「畳の上には、一組しかない」

「一組だな」

板の跡と、畳の上が、はじめて違うものになった。

夜中にもう一度触られる


三時ごろ、目が覚めた。

暗いのに、隣で直人が起きているのが分かった。

「起きてる?」

「起きてる」

「なんで」

「畳の匂いがきつくて」

「わたしも」

「寝ろよ」

「寝られない」

背中に、掌が回ってきた。

そのまま、腰まで下りた。

「また?」

「触ってるだけだ」

「触るだけ?」

「そっちがどうしたいかによる」

「……もう一回」

「三回目だぞ」

「数えなくていい」

「数えるだろ、うちは」

暗いなかで、笑い声と喘ぎ声が混ざった。

四時前に、二人とも力尽きた。

朝、寝坊する


七日ぶりに、二人とも寝坊した。

八時半だった。畳屋はもう来ない。

「寝坊した」

「畳屋来ないからな」

「起きなくていい」

「いいだろ」

「じゃあ、もう少し」

「寝るのか」

「寝ない」

「じゃあ、なんだよ」

「くっついてるだけ」

布団を上げて跡を見る


昼になって、布団を上げた。

畳が、そこだけ沈んでいた。

二人ぶんの、ひとつの跡だ。

「ひとつしかない」

「一組だからな」

「十八年、二つだった」

「二つだったな」

「これ、濃くなる?」

「十八年かければな」

「そのころ、また替える?」

「替えればいい」

「そのときの板には」

「ひとつぶんの跡が残ってるだろ」

窓を開けて風を通す


窓を全部開けて、風を通した。

い草の匂いが、少しだけ薄くなった。

「一月かかるって言ってなかった?」

「風入れると早いらしい」

「もったいない」

「またそれか」

昼の光で見ると、新しい畳は緑がかっていた。

夜の照明の下では、もっと青く見えていた。

「色、違う」

「光が違うからな」

「夜のほうが青い」

「そうだな」

押し入れの一組をしまい直す


昼のうちに、押し入れを開けた。

もう一組の布団が、奥に立てて入っている。

「出すのか」

「出さない。奥に押し込む」

「同じだろ」

「違う。出しにくくする」

「なんでだよ」

「けんかしたとき、すぐ出せると困るから」

「けんかする気か」

「するでしょ、そのうち」

「するな」

「するよ。十八年してきたんだから」

「まあな」

「でも、布団は出しにくい」

「意地が悪いな」

「意地が悪いの、今日はじめて言われた」

八日目と呼ぶことにする


七日間が終わった翌日を、八日目と呼ぶことにした。

「八日目、なにする」

「なにもしない」

「七日間、なにしてた?」

「部屋を移って、箱を開けて、うどんを茹でた」

「特別なことしてないね」

「してないな」

「なにが変わったんだろう」

「布団の数だろ」

「あと?」

「口に出した言葉の数」

「それだけで変わるんだ」

「変わったろ」

「変わった」

五冊目のアルバムを買ってくる


その日の午後、直人がホームセンターから帰ってきた。

袋から出したのは、アルバムだった。

「五冊目?」

「五冊目だ」

「まだ撮るの」

「撮るよ」

「四冊目、六十一枚だったよね」

「六十一枚だな」

「今日で六十二枚目?」

「そうなるな」

「どこで撮るの」

「寝室」

六十二枚目は正面を向いている


八畳の真ん中に、布団の跡が沈んで残っている。

その上に、わたしが座った。

「うしろ向く?」

「向かなくていい」

「正面?」

「正面」

「六十一枚は、全部うしろか横だったのに」

「一枚だけ正面があるだろ」

「あの、怒った顔の」

「あれな」

「じゃあ、これが二枚目の正面」

「二枚目だ」

シャッターが鳴った。

「何枚撮るの、これから」

「知らん」

「決めてないの」

「多すぎて、途中でやめる」

わたしは、その返事を三回目に聞いた。

三回とも、笑ってしまった。

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※20歳以上の登場人物によるフィクションです。文章と画像は生成AIで作成しています。

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