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《官能小説》『畳を上げた七日間』第5話|雨戸を閉めた縁側で、十八年の隠し撮りを見せられた妻

今夜は先に聞くと決めて、雨戸を閉めた誰もいない縁側で、真澄は直人の手首をつかんだ。

縁側には、二人しかいなかった。

指が、汗ばんだ手首に触れた。

「その四冊目、なに」

「なんでもない」

「なんでもない顔じゃないでしょ?」

「……あとでいい」

「今がいい」

「座らせろよ」

「座っていいよ。手は離さないけど」

直人は、アルバムを抱えたまま座った。

わたしは、手首を握ったまま隣に座った。

朝、寝室の畳が上がった


「今朝の話、していい?」

「なんで」

「その四冊目、まだ見せてくれないから」

「……好きにしろ」

畳屋は、五日目も八時に来た。

朝いちばんに、寝室の畳が上がった。

「八畳は、時間かかったね」

「大きいからな」

「一枚が大きいの?」

「枚数が多いんだよ」

「若い人が言ってた」

「なんて」

「八畳がいちばん重いですって」

「腰やるぞ、あれ」

「言っとけばよかった」

「今度言え」

寝室の板だけ黒かった


畳を上げたら、下から板が出てきた。

寝室の板だけ、色が濃かった。

客間の板より黒い。物置の板より黒い。

「黒かったよね」

「黒かったな」

「なんで寝室だけ」

「使ったからだろ」

「畳屋の人も言ってた」

「なんて言ってた」

「よく使われてますね、って」

「言ってたな」

「使われてる、って言い方」

「なんだよ」

「うれしかった」

「畳の話だぞ」

「畳の話でいい」

板に五十センチの空きがあった


寝室の板には、四角い跡が二つあった。

布団を敷いていた場所だ。

その二つのあいだが、五十センチ空いている。

「測った?」

「測ったよ」

「暇だな」

「暇じゃない。気になったの」

「五十センチか」

「五十センチ」

「十八年ぶんだな」

「十八年、そこが空いてた」

「空いてたな」

「畳の下の板まで、空いてるの」

「……そうだな」

「わたし、それ見てちょっと腹が立った」

「なんでだよ」

「十八年、この五十センチのせいで触られなかったから」

「言うようになったな」

「一日目からね」

上から新しい畳が乗る


「その板、どうなるの」

「明日、上に畳が乗る」

「跡は?」

「残るだろ。下だからな」

「見えなくなるだけ」

「そういうことだな」

「じゃあ、五十センチも残る」

「残るな」

「嫌だ」

「上は変えられるだろ」

「上って」

「畳の上だよ。布団の置き方」

「一組にする」

「そうしろ」

「もう二組には戻さない」

「戻すなよ」

畳屋の若い人


畳屋は三人組で、いちばん若い人が二十代だ。

その人が、寝室の板を見てしゃがんだ。

「あの人、板を触ってたよ」

「触るだろ、仕事だし」

「触って、笑ってた」

「なんでだ」

「よく使われてますね、って言ったあとに笑った」

「意味がわかってるな」

「わかってると思う」

「恥ずかしいか」

「恥ずかしい」

「恥ずかしがるようなことしてないだろ、十八年」

「……それが恥ずかしい」

予定表を見る


冷蔵庫に、畳屋の予定表が貼ってある。

一日目から七日目まで、字が並んでいる。

「あと二日」

「二日だな」

「明日、寝室に畳が入る」

「入る」

「じゃあ明日は寝室で寝られる?」

「入ったばっかりだ。一晩空けろって」

「客間は三日置いたのに」

「あれは最初だからだろ」

「じゃあ明日はどこで寝るの」

「客間だな」

「一日目の部屋」

「新しい畳になってる」

「一周するんだ、この家」

「一周だな」

昼に蛇口を直した


昼に、台所の蛇口を直した。

ホームセンターでパッキンを買ってきて、替えるだけだ。

「いくらだった」

「百八十円」

「安い」

「安いよ」

「十八年、ぽたぽた落ちてたのに」

「言えばよかっただろ」

「言った。二回」

「聞いてないな」

「聞いてないよね」

「悪かった」

「六回目」

「なにが」

「謝られたの。五日で六回」

「数えんなよ」

締め直したら、水が落ちなくなった。

台所が、静かになった。

「静かだね」

「うるさかったからな」

「ちょっと寂しい」

「なんでだよ」

「わかんない。十八年、あの音のそばで飯作ってたから」

雨戸に油をさした


午後、雨戸に油をさした。

十八年、ほとんど動かしていない戸だ。

錆びていて、最初は動かなかった。

二人で押した。途中で引っかかった。また押した。

三度目に、やっと滑った。

「動いたね」

「動いたな」

「十八年ぶり」

「台風のとき動かしただろ」

「二回だけ」

「数えてんのか」

「数えてる」

戸車が回る音が、十八年ぶりに鳴った。

低くて、長い音だ。

ごろごろ、と鳴って、最後にがたんと止まる。

「いい音」

「ただの戸だぞ」

「いい音だってば」

「変なやつだな」

「五日目でまだ言う?」

夕方、雨が降りだした


日が落ちる前に、雨が降りだした。

夏の夕立だ。

屋根を叩く音が、いきなり強くなった。

雨戸を閉めているから、外は見えない。

音だけが、板の向こうから届く。

「すごい音」

「夕立だな」

「見えないのに、強さがわかる」

「わかるか」

「わかるよ。細かいときは、屋根を撫でてる」

「撫でるか」

「撫でてる。強くなると、板を叩く」

「今は叩いてるな」

「いちばん強いときは、屋根ぜんぶが唸るの」

「唸ってるな」

「唸ってる」

見えないように雨戸を閉めた


雨戸を閉めたのは、雨のせいではない。

台風でもない。

「なんで閉めたか、わかってる?」

「……わかってる」

「言って」

「言わねえよ」

「言って」

「……外から見えないようにだろ」

「そう」

「昼に開けたばっかりだぞ」

「知ってる」

「開けて、閉めたな」

「油さしたのは、そのためだったの?」

「……そうだよ」

三十六と三十八が、そのために雨戸を閉めた。

わたしは、その話を聞いてから、少し息が浅くなった。

四冊目を開く


夜になって、物置から八箱目を出してきた。

三日目に開けなかった箱だ。

なかに、アルバムが四冊入っていた。

「四冊あるね」

「結婚式と、あの子のと」

「あと二冊」

「一冊は旅行のだ」

「もう一冊は?」

「……」

「黙った」

「膝に置いてるやつ、それでしょ」

「そうだよ」

「開けて」

「……開けるよ」

直人が、四冊目を膝の上で開いた。

全部うしろ姿だった


一ページ目に、わたしがいた。

台所に立っている。うしろ姿だ。

裏に、日付が書いてある。

〈一年目 夏〉

「わたしだ」

「そうだよ」

「うしろ向いてる」

「そうだな」

次のページも、わたしだった。

洗濯物を干している。

あの子を抱いている。

座卓で書き物をしている。

「これも、うしろ」

「うしろだな」

「これは横」

「横だな」

「これはうつむいてる」

「うつむいてるな」

「正面のが、一枚もない」

「……ない」

六十枚のわたし


一年目から、去年まで。

一年に、三枚か四枚。

十八年ぶんで、六十枚あった。

「六十枚」

「そのくらいだな」

「数えたの?」

「数えてない」

「わたしが数える」

先に三冊見た


四冊目の前に、三冊を先に見た。

一冊目は結婚式だ。厚いのに、中身は薄い。

「これ、写真少ないね」

「金がなかったからな」

「二十と十八だもんね」

「若かった」

「わたし、この写真の顔きらい」

「なんでだよ」

「緊張してる」

「してたな」

二冊目は、あの子のだった。

生まれてから、家を出るまで。

「これは多い」

「そりゃ撮るだろ」

「あなたが撮ったの?」

「半分は」

「あとの半分は」

「そっちだろ」

「そうだった」

三冊目は、旅行の一冊だ。

貼ってあるのは三枚だけだった。

六十枚を数える


わたしは、四冊目をその場で数えた。

六十枚だった。

「六十枚ちょうど」

「ちょうどか」

「十八年で六十枚」

「多いか」

「少ない。一年に三枚ちょっと」

「そんなもんだろ」

六十枚のなかで、わたしは十八年ぶん歳を取っていた。

髪が長くなって、短くなって、また伸びた。

太って、痩せて、また少し太った。

顔が、はっきり変わっていた。

「顔、変わってる」

「変わったな」

「太ったのもある」

「あるな」

「言うんだ」

「そっちが先に言った」

正面は一枚だけ


六十枚のうち、一枚だけ、正面を向いたのがあった。

十二年目の春。あの子の入学式の朝だ。

わたしは、笑っていなかった。

口を開けて、なにか言っている顔だ。

「怒ってる」

「怒ってたな」

「なんで怒ってたんだろう」

「ネクタイ曲がってたんだよ、俺の」

「それだ」

「思い出したか」

「思い出した」

「これがいちばんよく撮れた」

「怒ってる顔が?」

「怒ってる顔が」

「変な人」

「変でいい」

三日前の写真が足してあった


いちばん後ろのページに、新しいのが一枚あった。

日付が、三日前だ。

物置で、段ボールを開けているわたしのうしろ姿。

「これ、三日前」

「三日前だ」

「撮ってたの?」

「撮ってた」

「気がつかなかった」

「気がつかせないだろ、普通」

「六十一枚目だね」

「そうなるな」

「まだ続いてるってこと?」

「終わってない」

「いつまで撮るの」

「知らねえよ」

「知らないんだ」

「知らない。撮れるうちは撮る」

十八年、後ろから撮っていた


「一日目に、わたし聞いたよね」

「なにを」

「最後にまっすぐ顔を見たのはいつ、って」

「聞いたな」

「覚えてないって言った」

「言った」

「でも、後ろからは見てた」

「……見てた」

「十八年」

「十八年な」

「正面から見ないで、後ろから撮ってた」

「そうだよ」

「なんで正面から見ないの」

「……照れるだろ」

「三十八で?」

「三十八でも照れる」

わたしは泣かなかった


「泣くのかと思った」

「泣かない」

「泣きそうな顔してるぞ」

「三日前に泣いたから、もういい」

「四畳半でな」

「あれで足りてる」

わたしは、アルバムを閉じて膝に乗せた。

厚かった。六十一枚ぶんの厚みがある。

「重い」

「紙だからな」

「そういう意味じゃない」

「わかってる」

「わかってるなら言わないで」

「言ってない。そっちが言った」

「……そうだった」

今夜は直人が先に聞いた


「真澄」

「なに」

「いい?」

わたしは、すぐに答えられなかった。

四日間、聞くのはわたしのほうだった。

一日目も、二日目も、三日目も、四日目も。

五日目に、逆になった。

「聞かれたの、初めて」

「だめか」

「だめじゃない」

「じゃあなんだよ」

「うれしいだけ。いいよ」

「本当か」

「本当。さっきからわたしのほうが欲しかった」

「言うなよ、そういうこと」

「言う。自分から言う」

「……わかった」

常夜灯の線


明かりは、廊下の常夜灯だけだった。

オレンジより、少し黄色い光だ。

その光が、板の上に細長い線を作っている。

「線がある」

「常夜灯だろ」

「三日目は裸電球だった」

「明るかったな」

「四日目は換気扇の豆球」

「オレンジのやつな」

「今日は常夜灯。だんだん暗くなってる」

「明日は寝室だ。天井の照明がある」

「明るいの?」

「明るい」

「……こわい」

線の上に、二人の影が重なった。

影が動くと、線が途切れる。

雨戸の内側は暑い


閉めきった縁側は、外より暑かった。

戸と窓のあいだに、昼の熱が残っている。

風が入らない。

汗が、すぐに出た。

「暑い」

「暑いな」

「縁側にエアコンなんかないもんね」

「つける家、あるか」

「ない」

「だろ」

「暑いのに、離れたくない」

「離れるなよ」

家着を脱がせる


家着の背中に、ボタンが三つある。

直人が、上から外した。

二つ目で、手が止まった。

「止まった」

「見てるだけだ」

「見てないで外して」

「うるさいな」

三つ目が外れて、家着が肩から落ちた。

汗で、布が皮膚に貼りついていた。

剥がすとき、少し引っかかった。

「貼りついてる」

「暑いからね」

「下着まで濡れてるぞ」

「言わないで」

「言えって言ったのそっちだろ」

「言った」

「じゃあ言う。濡れてる」

「……ばか」

わたしもシャツを脱がせる


わたしも、直人のシャツを脱がせた。

汗で、背中に貼りついていた。

裾をつかんで、上に引いた。

「脱がせるんだ」

「脱がせる」

「初めてだな」

「十八年で初めて」

「なんでやらなかったんだ」

「やっていいと思ってなかった」

「思えよ」

「今日から思う」

シャツの下の背中は、思っていたより厚かった。

肩の肉が、二十のころより増えている。

「厚くなった」

「太っただけだ」

「太ってない」

「太ったよ」

「わたしは好き」

「言うなって」

汗をなめる


首すじに、舌を当てた。

しょっぱかった。

「なめた」

「なめたよ」

「なんでだよ」

「昼に雨戸押した汗だと思うと、なんか」

「またそれか」

「またそれ」

「変わってるって、昔から思ってた」

「昔って」

「十八年前」

「そのころから思ってたの?」

「思ってた。言わなかっただけだ」

髪を横に払われる


汗で、髪が全部貼りついた。

首にも、背中にも、額にも。

その髪を、直人が横に払った。

払ったところに、息がかかった。

「息、かかった」

「かけてる」

「わざと?」

「わざとだ」

「ずるい」

「ずるいか」

「ずるい。そこ弱いの知ってて」

「知ってる」

「いつ覚えたの」

「一日目に覚えた」

「五日で覚えたんだ」

「五日で覚えた」

うなじに唇が触れる


うなじに、唇が触れた。

雨の音が強い。

触れているのは分かるのに、音がしない。

耳のすぐ下まで来て、そこで止まった。

温い息だけが、雨の音の上に残った。

「止まらないで」

「止まってない」

「止まった」

「焦らしてんだよ」

「そういうの覚えたの、いつ」

「今」

「今?」

「今考えた」

胸を吸われる


肩から、下りた。

鎖骨。その下。

乾いた掌が、乳房を下から持ち上げた。

「重いでしょ」

「重くない」

「三十六だよ」

「知ってる」

「垂れてる」

「そういうこと言うな」

掌が、ゆっくり揉んだ。

親指が、乳首の上を通った。

通るたびに、腰が勝手に動いた。

「動いた」

「動いてない」

「動いたよ、腰」

舌が、乳首に当たった。

そのまま吸われた。

声が出た。

「あ」

「出たな」

「出た」

「出していい」

「近所」

「二軒隣まで空き家だ」

「そうだった」

「去年からな」

雨の音が声を消す


雨が、また強くなった。

屋根が唸っている。

その音の下だと、自分の声が消える。

四畳半のときより楽だった。

物置のときより楽だった。

「聞こえない?」

「雨のほうがうるさい」

「じゃあ、出す」

「出せよ」

「十八年、出さなかった」

「知ってる」

出すと、体のどこかがほどけた。

ほどけたところから、また汗が出た。

尻をつかまれる


掌が、背中から下りた。

尻をつかまれた。

強くつかまれて、腰が前に出た。

「そこ、肉ついた」

「知ってる」

「言ってない」

「言ってなくても顔でわかる」

「暗いだろ」

「わかるの」

「ついてても、なんとも思ってない」

「毎日それ言う」

「毎日言う」

「毎日言われたら、信じるかも」

「信じろよ」

「じゃあ、もっとつかんで」

「言うようになったな」

「五日目だから」

板の温度を五日で覚えた


家のなかで、板の温度が場所によって違う。

台所は冷たい。水を使うからだ。

物置も冷たい。床下の空気が上がってくる。

縁側だけ、ぬるい。

「縁側だけぬるいね」

「昼に日が当たるからだろ」

「昼のぶんが残ってる」

「残ってるな」

「五日で、板の温度を覚えた」

「十八年、上を歩いてただけだからな」

「歩いてただけ」

「今は寝てる」

「寝てるっていうか」

「言うなよ」

「言わない」

太ももが濡れている


掌が、腰から下りた。

太ももの内側で止まった。

そこは、汗と、汗ではないもので濡れていた。

「濡れてる」

「言わないで」

「いつからだ」

「……アルバム見てるとき」

「写真でか」

「写真じゃない。十八年見てたって聞いたとき」

「そんなんでか」

「そんなんで」

指が、入ってきた。

奥まで届いた。

「そこ」

「ここか」

「そこ。もっと」

指が動くたびに、腰が浮いた。

板が、そのたびに鳴った。

「鳴ってる」

「板がな」

「恥ずかしい」

「雨がうるさいだろ」

「それでも鳴ってる」

自分から跨る


わたしは、自分から跨った。

三十八の腰の上に、膝を置いた。

「乗った」

「乗ったな」

「重い?」

「重くない」

「嘘」

「嘘じゃない」

繋がったとき、喉から音が出た。

自分の声だと、少し遅れて分かった。

「入った」

「入ったな」

「熱い」

「そっちも熱い」

わたしは、腰を振った。

十八年、こんな動かし方をしたことがない。

「動いてる」

「動いてる」

「うまくない」

「うまくなくていい」

板が鳴る


縁側の板は、家のなかでいちばん古い。

物置も鳴った。台所も鳴った。

縁側は、そのどれより大きく鳴った。

「鳴ってる」

「古いからな」

「壊れない?」

「壊れねえよ」

「壊れてもいい」

「言うな」

雨の音に、板の軋みが混ざった。

わたしの喘ぎ声も、そこに混ざった。

三つが、同じ大きさで鳴っていた。

油の匂いがする手


腰をつかんだ掌から、油の匂いがした。

昼に、雨戸にさした油だ。

「油くさい」

「悪かったな」

「悪くない」

「じゃあなんだよ」

「昼に働いた手だと思うと、なんか」

「なんか?」

「……興奮する」

「変なやつだな」

「変でいい。今日は変でいい」

「言えるようになったな」

「五日かかった」

絶頂する


途中で、直人が起き上がった。

背中を、板に押しつけられた。

板は、ぬるかった。

冬は冷たくて、夏は生ぬるい。

「ぬるい」

「縁側だからな」

「背中がぬるくて、前が熱い」

「そうか」

「もっと」

「もっとか」

「もっと。止めないで」

止まらなかった。

雨が屋根を叩いている。

板が軋んでいる。

わたしの声が、その両方の上に乗った。

絶頂したとき、爪が直人の背中に立った。

「痛え」

「ごめん」

「謝るなよ」

「じゃあ、もう一回立てる」

「立てろよ」

誰も見ていなかったもの


汗が引くまで、二人で寝ころんでいた。

常夜灯の線が、まだ板の上にある。

「この家、誰も見てないものばっかりだね」

「たとえば」

「この常夜灯」

「点いてただけだな」

「畳の下の板」

「見なかったな」

「縁側の温度」

「知らなかった」

「あと、六十枚の写真」

「……あれもだな」

「十八年、誰も見てなかった」

「俺は見てた」

「一人で?」

「一人でな」

「もったいない」

「もったいなかった」

冬でも離れない


「冬はどうするの」

「なにが」

「冬は寒いでしょ。縁側」

「冬に縁側で寝るやついるか」

「寝室ならいいでしょ」

「寝室でやれよ」

「寒かったら離れる?」

「離れねえよ」

「暑いから離れないんだと思ってた」

「逆だろ」

「逆?」

「寒けりゃくっつくんだよ」

「じゃあ一年中じゃない」

「一年中だな」

雨が止む


夜半に、雨が止んだ。

止むと、雨戸の向こうが急に静かになった。

軒から、雫が落ちる音だけが鳴っている。

「三秒に一回」

「数えたのか」

「数えた」

「何回」

「二十回。ずっと三秒だった」

「几帳面な軒だな」

「そういうこと言う人だった?」

「五日目だからな」

「五日で変わりすぎ」

「変わってない。言うようになっただけだ」

「それ、二日目にも言った」

「言ったか」

「言った。数えてる」

雨戸を一枚だけ開ける


汗が引かないので、雨戸を一枚だけ開けた。

夜の空気が、いっぺんに入ってきた。

雨あがりの、土と草の匂いだ。

熱がこもっていた縁側が、一気に冷えた。

「冷たい」

「開けたからな」

「気持ちいい」

「閉めるか」

「閉めないで」

「見えるぞ」

「見えてもいい」

見えてもいいと言う


「本当に見えてもいいのか」

「いい」

「外、真っ暗だぞ」

「知ってる」

「誰も見てない」

「見てなくてもいい」

「じゃあなんで開けとくんだ」

「開いてるほうが、恥ずかしいから」

「恥ずかしいのがいいのか」

「……いい」

「五日で言うことが変わったな」

「変わった」

「一日目は窓閉めないでって言ってた」

「今日は雨戸開けといてって言ってる」

「進んでるな」

もう一回する


「もう一回して」

「今か」

「今」

「……五日目で二回か」

「二回目、初めてだよ」

「初めてだな」

わたしは、開いた雨戸のほうを向いて、板に手をついた。

うしろから、腰をつかまれた。

「見える?」

「外は真っ暗だ」

「わたしは?」

「見える」

「見て」

夜の風が、汗をかいた背中に当たった。

前は熱くて、背中だけ冷たい。

指先だけが、板の上で冷えていく。

声が、開いた隙間から外へ出ていった。

「出てる」

「出てるな」

「外に出てる」

「空き家だ」

「そうだった」

「聞かれてもいい」

「言うようになったな」

「五日で言うようになった」

二回目は、一回目より長かった。

長いあいだ、板に手をついていた。

指の下で、板が湿っていった。

途中で、髪をうしろからつかまれた。

痛くない強さだった。

「痛い?」

「痛くない」

「やめるか」

「やめないで。もっと強く」

「強くか」

「強く」

腰の骨に、掌の付け根が当たっている。

その掌が、押すたびに板が鳴った。

鳴るたびに、喉から声が出た。

「うるさい、わたし」

「うるさくない」

「聞いてるでしょ」

「聞いてる」

「聞いてて」

雨あがりの匂いがする


外から入ってくる匂いが、途中で変わった。

土と、草と、濡れた石の匂いだ。

そこに、二人の汗の匂いが混ざった。

「匂う」

「外だろ」

「外と、わたしたち」

「そうだな」

「い草の匂いは、まだしない」

「明日からだ」

「明日は畳の匂いのなかでするの?」

「するな」

「はっきり言った」

「五日目だからな」

わたしは、そのまま二回目の終わりまで、外の匂いを吸っていた。

体温が上がって、息が上がって、鼓動が耳の下で鳴っていた。

来月、温泉に行くと決める


汗が引いてから、二人で座っていた。

開いた雨戸の隙間から、外を見ていた。

「来月、どっか行くか」

「え」

「温泉でいい」

「……決めたの?」

「決めた」

「あなたが先に予定決めたの、十八年で初めて」

「そうか」

「そう。数えてる」

三冊目のアルバムは、旅行のだった。

三枚しか貼っていない。

「三枚しかない」

「一回しか行ってないからな」

「あの子が五つのとき」

「一泊二日」

「温泉」

「そう」

「十八年で一回」

「少ないな」

「少ない」

「来月ので二回になる」

「二回か」

「二回」

三日に一回


「これから、どのくらい」

「なにが」

「これ」

「……三日に一回」

「多くない?」

「多いか」

「年に百二十回だよ」

「計算早いな」

「数えるの、うつったから」

「一年三枚の四十倍だな」

「四十倍」

「悪くないだろ」

「悪くない」

「足りるか」

「足りない」

「欲張りだな」

「五日で欲張りになった」

明け方の光が足元まで来る


明け方、開けた雨戸の隙間から、細く光が入ってきた。

その光が、二人の足元まで届いた。

「明るくなってきた」

「五時か」

「明日、寝室に畳が入る」

「入るな」

「そのあと一日置いて、七日目に仕上げ」

「そうだな」

「終わっちゃう」

「終わるな」

「……嫌だ」

「終わっても、続けりゃいい」

「続く?」

「続く」

白いページを数える


わたしは、アルバムをもう一度開いた。

六十一枚目。三日前の、うしろ姿。

そのつぎのページは、まだ白かった。

白いページが、まだ何枚も残っている。

「白いページ、何枚ある」

「知らねえよ」

「数えて」

「今か」

「今」

直人が、指で数えはじめた。

「三十二枚」

「三十二枚」

「一年三枚なら、十年ぶんはあるな」

「足りない」

「足りないか」

「足りない。もっと撮って」

「わかった」

「正面も撮って」

「……考えとく」

「考えないで、撮って」

「わかったよ」

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※20歳以上の登場人物によるフィクションです。文章と画像は生成AIで作成しています。
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