《官能小説》『畳を上げた七日間』第1話|家具を全部出した客間で、十八年ぶりに妻から誘った夜
今夜は逃がさないと決めて、真澄は誰もいない客間で直人の手首をつかんだ。
家具を全部出した客間には、二人しかいなかった。
Tシャツの袖から出た手首に、わたしの指が触れた。
「なに」
「まだ出ていかないで」
「電気消すよ」
「消していい。出ていかないで」
「どっちだよ」
わたしにも、どっちだか分からなかった。
分からないまま、手首を離さなかった。
「なあ」
「なに」
「握る力、強くない?」
「強い?」
「強い」
「離してほしい?」
「……いや」

明日の朝八時に畳屋が来る
「明日、八時だよね」
「八時だ」
「早いね」
「畳屋は朝が早いんだよ」
「三部屋で七日って、長くない?」
「一部屋ずつ乾かすんだと」
「そんなに乾かすの」
「そういうもんらしい」
「じゃあ、そのあいだ、どこで寝るの」
「空いてる部屋だろ」
「毎日ちがう部屋?」
「そうなるな」
「うち、六部屋あるよ」
「じゃあ六晩ぶんある」
「七日なのに」
「最後の一晩は、新しい畳の寝室だ」
「ちゃんと数えてるんだ」
「冷蔵庫に紙が貼ってあるだろ」
「見たの」
「見た」
家具を全部出した話をする
「今日、疲れた」
「疲れたな」
「ピアノ、動くと思ってなかった」
「動いたな」
「三人がかりでも無理だと思ってた」
「二人で持てただろ」
「持てた」
「持てるんだよ、案外」
「腰、平気?」
「平気だ」
「明日、痛くなるやつだよ、それ」
「明日は明日だろ」
「十八年、一回も動かさなかった」
「動かす理由がなかっただろ」
「そうだね」
「下、埃すごかったな」
「見た?」
「見た。十八年ぶんの埃だ」
「拭いといた」
「いつ」
「あなたがテレビ台運んでるとき」
「働くな、おまえ」
「おまえって言った」
「言ったか」
「言った。久しぶり」
座卓と、桐箪笥と、テレビ台と、あの子のピアノ。
四つとも、いま廊下に並んでいる。
座布団が六枚。そのうち四枚は、もう十年出していない。
「座布団、六枚もいる?」
「昔は人が来た」
「昔って」
「あの子の友達とか、あなたの会社の人とか」
「来なくなったな」
「来なくなった」
「四枚、捨てるか」
「捨てない」
「使わないだろ」
「使わないけど、しまう」
押し入れの話をする
「しまうのが得意だよな、おまえ」
「そう?」
「押し入れ、いっぱいだろ」
「見たの」
「見てない。開かないから」
「開かないんだ」
「開かないよ、あれ」
しまうのと捨てるのは、違う。
十八年、わたしはずっとしまってきた。
座布団も、来客も、たぶん自分の言いたいことも。
「開けてみようか」
「今から?」
「今からじゃない。七日のあいだに」
「七日で終わるか、あれ」
「終わらないかも」
「じゃあ十年かけろ」
「十年」
「十年あるだろ、まだ」

畳の日焼けを指でさわる
家具がなくなると、六畳は広かった。
畳が、まだらに日焼けしている。
箪笥のあった場所だけ、四角く青いままだ。
わたしは、その青の上にしゃがんだ。
指で撫でると、そこだけ毛羽が立っていた。
「なにしてんの」
「触ってる」
「畳を?」
「明日、剥がされるから」
「感傷的だな」
「そういうんじゃない」
「じゃあ、なんだよ」
「十八年、この上を歩いてたのに、触ったことなかった」
「言われてみりゃな」
「あなたも触ってみて」
直人が、隣にしゃがんだ。
厚い掌が、四角い青の上に置かれた。
「ざらざらしてる」
「でしょ」
「ここだけ新しいんだな」
「箪笥が守ってたんだよ」
「守ってたか」
「ずっと守ってた」
ピアノに布をかける
廊下のピアノに、直人が布をかけた。
端を、指で丁寧に折り込んでいた。
「弾く人いないのにな」
「三年、開けてない」
「捨てるか」
「捨てない」
「使わないだろ」
「使わないけど、捨てない」
「なんで」
「あの子が帰ってきたとき、なかったら困る」
「帰ってこないだろ、当分」
「当分でも」
「盆、来なかったよな」
「来なかった」
「畳が新しくなったって言ったら、来るかな」
「来るんじゃないか」
「そんな理由で?」
「理由なんて、なんでもいいだろ」
「そうだね」
捨てると言った人が、布の端を折り込んでいる。
わたしは、そこを黙って見ていた。
鍵盤の蓋に、細い指の跡が二本ついていた。
あの子のか、わたしのか、分からない。
「跡がついてる」
「拭くか」
「拭かないで」
「埃だぞ」
「わかってる」
「変なやつだな」
「変かも」
「今さらだろ」
「今さらだね」
裸電球の下で顔を見る
天井の照明は、外してあった。
代わりに、工事用の裸電球がひとつ、コードでぶら下がっている。
窓を開けているから、電球はゆっくり揺れた。
影が、畳の上を行ったり来たりする。
「まぶしい」
「畳屋が置いてった」
「顔が、はっきり見える」
「そりゃ見えるだろ」
「ふだんは見えない」
「見てないだけだろ」
「そっちも見てない」
「見てるよ」
「嘘」

わたしは、正面から夫の顔を見た。
目のまわりの皺が、いつもより深い。
「老けた?」
「老けたよ、お互い」
「言うね」
「そっちが聞いた」
「最後にわたしの顔、まっすぐ見たのいつ」
「……覚えてない」
「わたしも覚えてない」
「そんなもんだろ」
「そんなもんかな」
「でも、しゃがみ方は変わってない」
「しゃがみ方?」
「膝を横に流すやつ」
「これ?」
「それ。十八のときから同じだ」
「そんなの覚えてるの」
「覚えてる」
「なんで」
「見てたからだよ」
見てないと言った男が、十八年前のしゃがみ方を覚えていた。
わたしは、返事ができなかった。
喉のあたりが、詰まった。
布団を一組しか出さなかった
押し入れから、客用の布団を出した。
十八年で、この家に泊まった客は四人しかいない。
なにもない六畳の真ん中に、一組だけ敷いた。
一組しか出さなかったのは、わざとだ。
「一組?」
「うん」
「俺は?」
「寝室で寝ればいいでしょ」
「……」
「なに」
「いや」
「なんか言って」
「言うことがない」
「あるでしょ」
「……ないよ」

なんで一組なのか聞かせる
「布団、一組しか出さなかった」
「聞いた」
「なんでか、聞かないの?」
「聞いていいの?」
「聞いて」
「なんで一組なんだ」
わたしは、答える前に、息を吸った。
「二人で寝るから」
襖の桟を握っていた手から、力が抜けた。
「十八年」
「うん」
「十八年、別々の布団だったよな」
「そう」
「五十センチ空けてな」
「数えてたの」
「数えてない。知ってただけだ」
「なんで今日なの、って聞かないの」
「聞く。なんで今日なんだ」
「なにもない部屋だから」
「意味わかんねえよ」
「わかんなくていい」
物があると、そっちを見ていられる。
テレビも、座卓も、読みかけの本も。
十八年、この家のどの部屋にも、なにかがあった。
今夜は、見るものが夫しかいない。
「今日、見るものがないんだよ」
「畳があるだろ」
「畳とあなた」
「二択かよ」
「二択」
「畳が勝つのか」
「負けてる」

拳ひとつを自分から詰める
布団の端に、二人で座った。
わたしと直人のあいだが、拳ひとつぶん空いていた。
その拳ひとつを、十八年、詰めなかった。
「近いね」
「近いか?」
「拳ひとつ」
「測るなよ」
「測るのが趣味なの」
「今日からか」
「今日から」
わたしは、自分から尻をずらした。
肩が、触れた。
Tシャツ越しでも、夫の肩は熱かった。
「熱い」
「暑いだろ、この部屋。エアコンも外してある」
「そうじゃなくて」
「じゃあなんだよ」
「あなたが熱い」
「……」
「なんで黙るの」
黙るのは、この人の癖だ。
言葉が出てこないとき、返事をしないで、そのぶん動く。
肩に、掌が乗った。
乗せただけで、動かなかった。
「乗せただけ?」
「うるさいな」
「動かしてよ」
「……」
「ねえ」
厚い掌が、肩から二の腕へ下りた。
汗をかいていて、皮膚に貼りついた。
名前を三回呼ばせる
「真澄」
名前を呼ばれた。
そう呼ばれるのは、久しぶりだった。
あの子がいるあいだ、この人はわたしを「お母さん」と呼んでいた。
「今、名前で呼んだ」
「呼んだ」
「久しぶり」
「一年半ぶりくらいか」
「もう一回呼んで」
「真澄」
「もう一回」
「真澄」
「あと一回」
「しつこいな」
「いいから」
「真澄」
三回呼ばれて、顔が熱くなった。
三十六にもなって、名前を呼ばれただけで。

「顔、赤いぞ」
「電球のせい」
「電球は白いだろ」
「うるさい」
「赤いって」
「見ないで」
「見るよ」
電気を消す前に聞く
「電気、消していい?」
「消していい」
「じゃあ消すぞ」
「待って」
「どっちだよ」
「消す前に、聞きたい」
「なに」
わたしは、まっすぐ聞いた。
「いい?」
「いいのか、って聞きたいのはこっちだ」
「わたしはいい」
「本当に?」
「本当に」
「嫌ならやめる」
「嫌じゃない。自分から言ってる」
「……わかった」
紐に手が伸びて、電球が消えた。
暗いなかで手が伸びてくる
暗くなると、庭の音が大きくなった。
虫と、風と、遠くの電車。
十八年、この家の音をこんなに聞いたことがない。
いつもテレビがついていた。
暗いなかで、手が伸びてきた。
頬に触れて、それから首に下りた。
指が乾いていて、少しざらつく。
その指が、首筋をゆっくり辿った。
「ざらざらしてる」
「悪かったな」
「悪くない」
「なんだよ」
「気持ちいい」
気持ちいいと口に出す
言ってから、自分で驚いた。
十八年、そんなことを口に出したことがない。
「言うんだな、そういうこと」
「言っちゃった」
「もう一回言えよ」
「言わない」
「言えよ」
「……気持ちいい」
「聞こえない」
「気持ちいいって言ってるでしょ」
暗くて、顔が見えなくてよかった。
指が、鎖骨の窪みで止まった。
そこを、親指が押した。
「そこ」
「痛い?」
「痛くない」
「じゃあなんだよ」
「もっと」

ワンピースの前を開けさせる
「これ、前で開くの」
「ボタン?」
「ボタン」
「外して」
「自分でやれよ」
「あなたがやって」
指が、喉の下のボタンを探した。
一個目が外れるのに、時間がかかった。
「不器用」
「暗いんだよ」
「電気つける?」
「つけない」
「なんで」
「明るいと、こっちが恥ずかしい」
「あなたが?」
「俺が」
二個目が外れた。三個目も外れた。
胸のところまで開いて、そこで手が止まった。
「止めないで」
「……」
「ねえ、止めないで」
夏の綿のワンピースが、肩から落ちた。
背中に、風が当たった。
下着を外される
「これ、後ろで留まってる」
「知ってる」
「外して」
「外していいの」
「いいって言ってる」
背中に手が回った。
留め金を探す指が、背骨の上を二回往復した。
「外れない」
「引っ掛けて、横にずらすの」
「難しいな」
「十八年、やってないから」
「そうだな」
三回目で、留め金が外れた。
下着が緩んで、前に落ちた。

暗いなかで、掌が乳房を包んだ。
厚い掌が、下から持ち上げる。
「垂れたでしょ」
「知らねえよ」
「言わないで」
「言ってない。そっちが言った」
「触ったでしょ」
「触った」
「じゃあ、わかってる」
「わかってるけど、なんとも思ってない」
「嘘」
「嘘じゃない」
掌が、ゆっくり揉んだ。
強くない。強くないのが、もどかしかった。
「もっと強くていい」
「痛くないか」
「痛くない」
「ほんとか」
「ほんと」
指の力が変わった。
胸の先を、親指の腹が擦った。
そこだけ、硬くなっているのが自分でも分かった。
「硬い」
「言わないで」
「立ってるぞ」
「言わないでって」
胸を吸われる
顔が、胸に落ちてきた。
唇が乳房に当たって、そのまま先を咥えた。
舌が動いた。
わたしの背中が、勝手に反った。
「あ」
「痛い?」
「痛くない」
「じゃあ黙ってろ」
「無理」
舐められて、吸われた。
吸う音が、なにもない六畳に響いた。
自分の口から出ている音のほうが、大きかった。
「音、してる」
「してるな」
「恥ずかしい」
「恥ずかしいのか」
「恥ずかしい。でも、やめないで」
顔が、右から左へ移った。
さっきまで吸われていたほうが、風で冷たくなった。
「冷たい」
「どっちが」
「こっち」
「じゃあ戻るか」
「戻って」
「注文が多いな」
「多い」
十八年ぶんの注文が、全部いっぺんに出てきていた。
言えば、この人はそのとおりにする。
言わなかったから、してもらえなかった。
十八年、そういう仕組みで暮らしていた。
「もっと下」
「ここか」
「もう少し下」
「ここだろ」
「そう。そこ」
唇が、肋骨の上を通って、腹に落ちた。
臍のまわりで、舌が丸く動いた。
腹の肉が、掌に押しつぶされた。
「そこ、いや」
「なんで」
「たるんでるから」
「知ってるよ」
「じゃあ触らないで」
「触る」
「なんで」
「おまえのだからだろ」

背中が畳につく
肩を押されて、背中が畳についた。
日焼けした畳は、ざらついている。
汗をかいた背中に、その毛羽が刺さった。
「痛い」
「畳か」
「畳」
「毛布敷くか」
「いい。このままで」
「痛いんだろ」
「痛いけど、このままがいい」
「変なやつだな」
「今日は変でいい」
明日、この畳は剥がされる。
十八年、この上で暮らした。
最後の夜に、この上で汗をかいている。
「明日で終わりだね、この畳」
「終わりだな」
「汚してもいい?」
「……好きにしろ」
太ももに手が来る
掌が、脇腹に下りた。
そこで止まって、しばらく動かなかった。
「肉、ついたでしょ」
「ついたな」
「言った」
「そっちが聞いた」
「嫌?」
「嫌じゃない」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
掌が、腰から太ももへ滑った。
内側に入ってきて、そこで止まった。
「開けよ」
「言い方」
「開いて」
「……うん」

濡れているのを知られる
指が、下着の上をなぞった。
一往復して、止まった。
「濡れてる」
「言わないで」
「すごい濡れてるぞ」
「言わないでって」
「いつからだ」
「知らない」
「言えよ」
「……布団、一組敷いたときから」
「敷く前からじゃねえか」
「うるさい」
下着を、脚から抜かれた。
抜くとき、腿の内側を指の背が擦った。
「これ、どうすんの」
「知らねえよ」
「畳の上に置かないで」
「今それ言うか」
「言う」
「明日剥がすんだろ」
「そうだった」

暗いなかで、下着が畳の隅に放られた。
その音が、やけにはっきり聞こえた。
「じっとしてろ」
「してる」
「してないだろ」
指が、直接触れた。
膝が跳ねて、畳を蹴った。
「動くな」
「動いてない」
「動いてる」
指が、ゆっくり入ってきた。
奥まで来て、そこで曲がった。
声が出た。自分の声だと分かるまで、少しかかった。
「今の、わたし?」
「おまえだよ」
「そんな声出ないよ」
「出てる」
「もう一回やって」
「注文するな」
「するよ」
指が、内側を擦った。
腰が浮いて、畳から尻が離れた。
「浮いてるぞ」
「浮いてない」
「浮いてる」
掌が、腰の下に入って支えた。
支えられると、余計に力が抜けた。
太ももが、勝手に震えた。
「脚、震えてる」
「知ってる」
「気持ちいいのか」
「うん」
「言えよ」
「気持ちいい。すごく気持ちいい」
「よし」
「よしって、なに」
「よしはよしだ」
声を我慢しなくていいと言われる
「声、出てる」
「出てるな」
「近所」
「二軒隣まで空き家だぞ」
「そうだった」
「去年からな」
「知ってたけど、忘れてた」
「じゃあ、我慢しなくていい」
「そんな急に言われても」
「十八年ぶんだろ」
「十八年ぶん、出せって?」
「一晩じゃ無理だな」
「無理」
「じゃあ、七日かけろ」
七日かけろと言われて、笑ってしまった。
畳を張り替えるのに七日。
わたしを元に戻すのにも、七日。
「畳と同じ扱い」
「そうなるな」
「ひどい」
「ひどいか」
「ひどいけど、悪くない」

指が、また動いた。
さっきより速い。
わたしは、畳を掌で掻いた。
「もう指はいい」
「なんだよ」
「指はいいから」
「はっきり言えよ」
「……あなたが欲しい」
「言えたじゃねえか」
「言わせないでよ」
自分から上に跨る
わたしは、起き上がった。
暗いなかで、夫のTシャツを脱がせた。
汗で、首のところが湿っていた。
「脱がすの、うまいな」
「十八年ぶりだけど」
「うまい」
「褒めた」
「褒めた」
ズボンに手をかけると、腰が浮いた。
脱がせてから、掌で確かめた。
硬かった。
「硬い」
「言うなよ」
「言う。硬いもん」
「うるさい」
「うれしいんだけど」
「……そうか」
自分から、上に跨った。
膝を畳につくと、そこがまた擦れた。
「重い?」
「重くない」
「三十六の女だよ」
「知ってる」
「後悔しても遅い」
「しねえよ」
腰を落とした。
途中で息が止まって、それから一気に抜けた。

腰を動かす
「入った」
「入ったな」
「熱い」
「暑いんだよ、この部屋」
「そうじゃない」
「わかってる」
わたしは、自分の速さで腰を動かした。
十八年、動かし方を忘れていたと思っていた。
体のほうが先に覚えていた。
「うまいな」
「黙って」
「うまいって言ってる」
「黙ってて」
「なんで黙るんだよ」
「恥ずかしいから」
「明るくないぞ」
「明るくなくても恥ずかしい」
暗いのに、下から見られているのが分かった。
見えていないはずなのに、視線だけ届いてくる。
「見てるでしょ」
「見えねえよ」
「見てる」
「見てる」
「どっち」
「見えないけど見てる」
その返事で、体の奥が締まった。
夫が、短く息を吐いた。
「今、すごかったぞ」
「言わないで」
「なにしたんだ」
「知らない」
「もう一回やれ」
「注文するなって言ったくせに」
「俺はいいんだよ」
掌が、腰をつかんだ。
下から突き上げられて、声が跳ねた。
「あ、待って」
「待たない」
「待ってって」
「待たない」
畳が軋む
畳が、下で軋んだ。
二人ぶんの体重が、同じ場所に落ちている。
古い畳は、そういう音を出す。
「畳、鳴ってる」
「鳴ってるな」
「壊れる」
「明日剥がすんだからいいだろ」
「そうだった」
「気にしすぎだ」
「十八年、気にしてきたから」
「今日はやめとけ」
汗が、顎から落ちた。
夫の胸に落ちて、そのまま横に流れた。
「汗、落ちた」
「落ちたな」
「拭く?」
「拭かなくていい」

絶頂が来る
背中を、下から抱えられた。
肩を押しつけられて、体が畳に戻った。
上と下が、入れ替わった。
「重い」
「文句あるか」
「ない」
「じゃあ黙ってろ」
腰が、続けて三回、深く入った。
三回目で、目の奥が白くなった。
「あ、来る」
「来い」
「来る、来る」
喘ぎ声が、自分の喉から出ていた。
止め方が分からなかった。
止めようとも思わなかった。
絶頂が来て、爪先が畳を蹴った。
背中が浮いて、そのまま落ちた。
落ちてからも、体の奥が続けて二回、勝手に締まった。
夫の腕が、背中の下で固まっていた。
「まだ震えてるぞ」
「知ってる」
「止まらないのか」
「止まらない」
「待ってやる」
「……うん」
心臓の音を聞く
耳を胸につけると、音が二重に聞こえた。
肋骨に響く低いのと、皮膚のすぐ下で鳴る速いの。
「速い」
「そりゃな」
「三十八でも速くなるんだ」
「なるよ」
「十八年ぶり?」
「……たぶん」
「わたしも速い」
「知ってる」
「なんで」
「胸、当たってるからだろ」
「言い方」
「事実だ」
汗が畳に落ちる
しばらく、二人とも喋らなかった。
天井は暗くて、なにも見えない。
自分の息の音だけが、耳の横で鳴っていた。
「生きてるか」
「生きてる」
「よかった」
「よくない」
「なんでだよ」
「腰が抜けた」
「歳だな」
「あなたのせいでしょ」
「そうだな」
汗が、畳に染みていく。
背中の下だけ、湿って冷たくなった。
古い畳の匂いをかぐ
古い畳は、干し草の匂いがする。
新しいものは青いが、十八年経つと、乾いた草の匂いに変わる。
その匂いが、暗い部屋に立っていた。
「畳の匂いがする」
「するな」
「懐かしい」
「うちの匂いだろ」
「そう。うちの匂い」
「新しいのは青いぞ」
「い草の匂い?」
「そう」
「好き」
「じゃあ、七日待てるな」
「待てる」
「ほんとか」
「待てない」
「どっちだよ」
「毎晩やるなら待てる」
「言うようになったな」
「今日からね」
最後の晩は明るいほうがいいと言われる
「七日間、毎晩ちがう部屋なんでしょ」
「そうだな」
「毎晩、電気消す?」
「六晩は消す」
「最後は?」
「最後は、新しい畳の部屋だ」
「消さないの」
「そこは、明るいほうがいい」
「なんで明るいほう」
「新しい畳、青いだろ」
「青い」
「見たいから」
「畳を?」
「畳の上のを」
わたしは、その返事を、暗いなかで二回聞き返した。
「もう一回言って」
「言わねえよ」
「言って」
「……畳の上のを、見たい」
「恥ずかしいこと言う人だった?」
「暗いからな」
「あ、そっちも」
「そっちもだよ」
畳代を聞き出す
「畳、いくらだったの」
「聞くなよ」
「聞くよ」
「……三十万」
「高い」
「十八年ぶりだからな」
「前に替えたの、覚えてる?」
「この家に来た年だ」
「あの子が生まれた年」
「そうだったな」
「あのときも、二人で家具出した」
「出したな」
「若かった」
「若かったよ」
「ピアノ、なかった」
「なかったな」
「増えたね、いろいろ」
「減ったのもある」
予定表を思い出す
冷蔵庫に貼ってある紙を、頭の中で読み返した。
一日目、客間を上げる。二日目、客間に敷く。三日目、子ども部屋。
四日目、乾かす。五日目、寝室を上げる。六日目、敷く。七日目、仕上げ。
「予定表、暗記した?」
「した」
「わたしもした」
「寝室が最後なんだよな」
「最後」
「つまり」
「つまり?」
「六日間、寝室で寝られない」
「そうなるな」
「六部屋、回るってこと」
「回るな」
「毎晩ちがう部屋」
「毎晩な」
十八年、同じ部屋の同じ場所で寝てきた夫婦が、七日で家を一周する。
「旅行みたいだね」
「家の中でな」
「安上がり」
「三十万かかってるけどな」
「そうだった」
一組の布団は狭い
汗が引いてから、布団に入った。
一組の布団は、二人には狭い。
肩が触れる。腕が触れる。膝が当たる。
十八年、五十センチ空けて寝てきた体には、狭すぎた。
「狭い」
「狭いな」
「暑い」
「暑いな」
「離れる?」
「離れるか」
「離れないで」
「暑いんだろ」
「暑いけど、離れないで」
「どっちだよ」
「両方」
「わがままだな」
「今日からわがままにする」
「いつまで」
「七日間」
「そのあとは」
「そのあとも」
「聞いといてよかった」
「なんで」
「覚悟がいるからな」
「覚悟して」
「する」
明日はどこで寝るのか聞く
「明日はどこで寝るの」
「子ども部屋じゃないか」
「……あそこ」
「なんだよ」
「なんでもない」
「なんでもなくない顔だ」
「暗いのに見えるの」
「見えなくてもわかる」
一年半、あの襖を開けたのは三回だけだ。
掃除機をかけるとき。窓を開けるとき。
もう一回は、去年の秋に、なんとなく。
「開けたくない?」
「開けたくないわけじゃない」
「じゃあ」
「……ちょっと、こわい」
「なにが」
「わからない」
「わからないなら、明日わかる」
「そういうもの?」
「そういうもんだ」
朝まで離れない
「明日も一組にする」
「畳、剥がされてるぞ」
「板の間でも」
「腰やられるぞ」
「やられてもいい」
「毛布くらい敷けよ」
「敷く」
「じゃあいい」
「寝た?」
「寝てない」
「暑い?」
「暑い」
「わたしも」
「知ってる」
「なんで」
「腕、貼りついてる」
暑いまま、朝まで離れなかった。
――――
『畳を上げた七日間』は全6話、ぜんぶ無料で読めます。目次はこちら。
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※20歳以上の登場人物によるフィクションです。文章と画像は生成AIで作成しています。
続きの夜は、¥300の短編で
