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【手指衛生改革・後編】目指せ岡山TOP3!2026年度、私たちが「組織」と「質」にこだわる理由

この記事は後編です。
前編はこちら。


2026年度の戦略:量から「質」への転換と、組織で回る仕組みづくり

使用量の増加に伴い、MRSA検出率が劇的に低下

手指衛生の使用量が増えた結果、実際の感染は減ったのか。データによる効果を示します。

手指衛生の使用量が上がれば、院内感染や耐性菌が減るというエビデンスは、さまざまな医療機関の論文で証明されています。しかし、「当院で実施して、本当にそんなにうまく下がるのか」という一抹の不安はありました。

結果として、データは見事な反比例のグラフを描きました。手指衛生の使用量が増えるにつれて、当院におけるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)の検出率はきれいに低下していったのです。

また、スタッフの手などを介して菌が他の患者さんに移ってしまう「耐性菌の伝播数」は、2023〜2024年度には年間約80件発生していましたが、今年度は42件と、ほぼ半減させることができました。

特殊な耐性菌の脅威には「標準予防策」の徹底で立ち向かう

一方で、特殊な耐性菌の影が当院にも忍び寄っています。今年3月、他施設から転院してこられた患者さんから「CPE(カルバペネム産生腸内細菌目細菌)のNDM型」という、国内では検出が極めて稀な耐性菌が検出されました。

こうした耐性菌は、培養検査の結果が判明するまでにタイムラグがあるため、知らないうちに院内に持ち込まれ、気づいた時には感染が拡大しているという怖さがあります。

しかし、必要以上に怯える必要はありません。やるべきことは、平時からの「標準予防策(スタンダード・プリコーション)」の徹底、すなわち手指衛生の徹底です。特別な検査を全員に行うことではなく、日々のケアの質を高めることが最善の防御策になります。

年間約2,300万円の医療費削減効果と、見えてきた「質」の課題

感染が劇的に減ったことを受けて、実際の費用対効果についても詳しく試算を行いました。

一般的な医療経済のデータにおいて、MRSAの検出数が「1.0」減少すると、それに伴う医療費の削減効果は大体50万円ほどになると言われています。当院において今年度は、現場の皆さんが手指衛生を徹底して頑張ってくれたおかげで、MRSAの検出数を「46」減らすことができました。つまり、単純計算で約2,300万円もの費用対効果(医療費削減効果)を叩き出したということになります。皆さんの日々の実践が、確実な病院の経営貢献、 そして何より患者さんの不利益の回避につながっています。

一方で、明確な課題も残されています。 点滴の管理に関わる「中心静脈カテーテル(CV)関連血流感染」の発生状況についても調査を行いましたが、こちらに関しては、残念ながら今年度は「現状維持」という結果に終わりました。

余談ですが、もし仮にCV感染を半分以下に減らすことができれば、CV感染は1件減少するごとに数十万円のコスト削減効果があるため、それだけでかなりの費用対効果がさらに生まれます。

手指衛生の「量」を増やしたことで、MRSAなどの全体の耐性菌はきれいに減り始めました。しかし、CV感染のようなカテーテル操作に直結する特殊な感染を防ぐためには、単に消毒剤を使う量だけでなく「手指衛生の質」を徹底的に上げていかなければいけないということが、今回のデータから浮き彫りになりました。

「適切なタイミング」を意識する:5つの瞬間

質を高めるために重要なのが、WHOが推奨する「手指衛生の5つの瞬間」です。

  • 患者に触れる前

  • 清潔・無菌操作の前

  • 体液に曝露された可能性のある場合

  • 患者に触れた後

  • 患者周辺の物品に触れた後

当院の遵守率データを分析したところ、「清潔・無菌操作の前」および「患者に触れる前」の遵守率が低いという課題が見つかりました。患者さんに直接触れなくても、病室の環境(ベッド柵やオーバーテーブルなど)に触れて退出する際の手指衛生も非常に重要です。

看護師であれば、点滴を作成する前や投与する前の清潔操作、また他職種であれば、ポータブルレントゲン撮影時やリハビリで患者さんに触れる前後の消毒を徹底するだけで、質は劇的に向上します。

組織全体で「自分ごと化」し、アウトブレイクを制圧した事例

続いて、個人の意識に頼るのではなく、組織全体で取り組むことで課題を解決した病棟の事例を紹介します。

ある病棟では、手指消毒剤の使用量が右肩上がりに順調に増えていたにもかかわらず、10月にESBL産生菌※のアウトブレイク(集団発生)が起きてしまいました。

ESBL産生菌とは、一般的な抗菌薬(ペニシリン系やセフェム系)を分解して無効化してしまう酵素を持った、大腸菌などの薬剤耐性菌のことです。

ESBL産生菌とは

原因を分析すると、一部のスタッフ(200mL以上使用する層)が非常に高い数値を維持して全体の使用量を引っ張っていたものの、半数以上のスタッフは依然として使用量が少ないままでした。つまり、「一部の頑張っている人だけでは、全体の感染を防ぐことはできない」という現実が突きつけられたのです。

この課題に対し、その病棟ではリンクナースや役職者だけでなく、病棟スタッフ全員で「どうすれば全員が手指衛生を実践できるか」を話し合いました。

問題を他人事にするのではなく、全員が「自分ごと化」して声かけを徹底した結果、病棟全体の使用量が底上げされ、無事にアウトブレイクを終息させることができました。

のちに、この病棟に先述のCPE陽性の患者さんが入院されましたが、すでに病棟全体の手指衛生の質が高まっていたため、二次感染を起こすことなく安全に管理することができました。データからもその強固な体制が読み取れます。


2026年度の目標:目指せ岡山トップ、次のステージへ

2026年度の目標は、「1患者1日あたり15mL以上」の使用量に設定します。

この「15mL」という数値は、世界の研究データにおいて、CV感染などの医療関連感染が有意に低下し始める基準値とされています。

「目指せ!岡山市TOP3!岡山を驚かせよう!」というキャッチコピーも考えています。

昨年度の取り組みで、個人の意識や頑張りに頼るアプローチは限界を迎えつつあります。2026年度の戦略は、「量から質を上げる戦略への切り替え」です。

テーマは、「手指衛生が自然と組織で回る仕組みづくり」です。

一部の突出した成果に依存するのではなく、組織全体が安定して手指衛生を継続できる体制を整えます。下位の層であっても、1人が1日あと10回手指消毒の回数を増やすだけで、この「15mL」という高い目標は十分に達成可能です。

と、データで言うのは簡単ですが、いざ現場で周知していくのはとても大変です。このあと感染リンクナースさんと一緒にいろいろな部署の分析をしつつ、細かい戦術を考えていきます。

また、今年度は以下の具体的な施策をすでに進めています。

  • 「医療関連感染対策指針」の改定
    (役職ごとの支援内容を明文化し、教育負担が属人化しない仕組みへ)

  • 部署目標・個人目標の設定

  • 部署ごとの課題分析の実施

  • 直接観察法の強化と

  • 認知度向上の取り組み

誰か一人が頑張る感染対策には、必ず限界が来ます。個人の力ではなく、組織の力へ。

皆さんの一回一回の確実な消毒が、目の前の患者さんと、共に働く仲間を守る一回になります。2026年度は、全員で「質のステージ」へと進みましょう。

ご清聴ありがとうございました。


さいごに

司会:立道さん、ありがとうございました。

今年度の手指衛生の取り組みの意義について、皆さん深く理解できたのではないかと思います。

もともと患者さん自身には問題がなくても、耐性菌を保有した状態で入院され、そこから他の患者さんへ院内感染が広がってしまうことが最も防ぐべき事態です。それを食い止めるための最大の武器が、私たちの「手指衛生」です。

当院はこの10年間、新病院への移転を経て環境も非常にきれいになり、コロナ禍を経てマスク着用などの衛生意識も自然と高まってきました。しかし現在、社会全体ではマスクを外す生活が主流となり、状況は大きく変化しています。当院においても、6月1日より院内のマスク着用は個人の判断に委ねる方針(※一部例外あり)へと変わります。

こうした環境の変化があるからこそ、私たちは今、「質」を求めた次のステージへ進まなければなりません。病院全体でこの高い意識を共有し、これからの1年、みんなで一丸となって頑張っていきましょう。

本日はありがとうございました。