【SS】りんご飴 (2353字) #シロクマ文芸部
夜店から出てきた男はどこか浮世離れをしていた。どうやらりんご飴を売っている夜店の主人のようではあるが、どことなく現代人ではないオーラを全身から放っていた。主人は自分の店をほったらかしてどこかへ行くようだ。りんご飴を刺した台の下には案内が書かれている。
『りんご飴、一串千円。お代はこの箱に入れて勝手に持って行ってください』
何ともおおらかな夜店だ。当然、悪ガキどもに狙われることになる。数人で練り歩いていた若者が早速目をつけた。
「おい、あれ見てみろよ。ただで貰えるじゃん、りんご飴」
「あっ、本当だ。みんな、貰ってこうぜ」
数人の若者は、りんご飴の串を引き抜こうとした。しかし、串はまるで固定されているかのように微動だにしない。次第にエスカレートして足を屋台のへりに掛け、力任せに引き抜こうと試みる。しかし、一向に抜ける気配がない。そこに、りんご飴を手にした小さな女の子が通りかかった。
「お兄ちゃんたち、それじゃあ、りんご飴は取れないよ。最初に千円札を入れないとだめなんだよ」
「はっ、俺たちはお金なんか払う気がないんだよ。だから引っこ抜いてるんじゃないか」
「ふーん。じゃあ、頑張ってね。バイバーイ」
「何だあのガキ」
「でも、あのガキ美味そうにりんご飴、食べてたな。こうなったら意地でも食べたくなったぞ。どうせ抜けないんだったら、このままビニールをはがして食っちまおうか」
「おお、頭いいじゃん。横に並べばみんなで一斉に食えるな」
若者たちは串を抜くことを諦め、りんご飴を包んでいるビニールを剥がして、思いっきりりんご飴にかぶりついた。その瞬間、数人の若者から悲鳴が漏れた。
「うぎゃー、歯、歯、歯が折れたー」
「うう、俺もだぁ」
「何だこのりんご飴、食いもんじゃないぞー」
「おい、ここ、ここ見てみろよ」
一人の若者が小さな注意書きに気付いて指を差した。
『昨今の物騒な世の中を憂いて、展示しているりんご飴は毒を塗った金属製品にしてあります。千円札を箱に入れていただくと、正規のりんご飴が箱の脇の商品受け渡し口から出てきますので、それをお持ちください。なお塗布した毒は歯をボロボロにしてしまう効果のある毒を塗ってあります。全ては自己責任でお願いします』
「おい、やばいよ。毒が塗ってあるんだって、このりんご飴の形をした固いやつ」
「どうすんだよ。歯がボロボロになっちまうよー」
「今からでもお金を入れれば何とかなるかな」
「ばかか、お前は。なるわけないじゃん、もう、食おうとしたんだから」
若者たちが途方に暮れていると、店の主人が戻ってきた。主人はニヤリとしながら、若者たちに話しかけた。
「お金も払わずに食べようとしましたね」
「するわけねぇだろ。ちょっと味を確認してから代金を入れようと思ったんだよ」
「そうですか。それは災難でしたね」
「お前がこんな売り方するからいけねえんだろうが」
そうは、強がってみたものの、本当に毒だったら洒落にならないと思い、少し下手にでた。
「これ、本当に毒なのか。ただの脅しなんだろう。悪ふざけが過ぎるぜ、全く」
「ふざけてはいませんよ。生き抜くために商品を守っているだけですから。毒は塗ってありますよ。次の日には死んでしまうでしょう」
「…嘘だよな…」
「いいえ、嘘ではありません。もし、それが嫌ならこちらへどうぞ」
主人は夜店を囲っているテントの裏側へと若者たちをエスコートした。
「おい、何でこんなところに扉があるんだよ」
「この扉を開けて入った先に解毒剤が置いてあります。一時間以内に飲まないと効き目は無くなりますけどね。どうしますか」
「どうしますかって、入るに決まってるだろ。おい、みんないくぞ」
「おお」
若者たちは不思議なドアを開け次々と中に入って行った。主人は全員が扉をくぐったのを確認すると、何食わぬ顔でバタンと扉を閉め鍵をかけた。そんなことには気づかずに若者たちは歩いて行った。長い廊下の先にはまた扉があった。若者たちはその扉を開けた。
いきなり視界が開け、若者の目に映ったのは関ヶ原の決戦だった。慶長五年九月十五日に来てしまったのだ。唖然としていると、同じようにたちすくんでいる若者が数百人は集まっていた。みんな夜店の裏の扉からやってきたのだと口々に言っている。振り返れば出てきたはずの扉はどこにも見当たらなかった。
「なぁ、俺たちどうなるんだよ。ここどこだよ。なんで映画の撮影してる場所に出るんだよ」
「いや、なんか違う。飛び散っている血は本物なんじゃないか…」
「そんなばかなことあるかよ。俺らの時代にこんな光景があったら自衛隊も出てくるだろう」
「…ああ、でも、昔に来てしまったとしたらどうなんだ…」
「まさか…」
馬に乗った武将が近づいてきた。
「貴様ら、何を怖気付いている。三成の軍を追い込まぬか。走らねば、ワシがお前らを切ってしまうぞ」
いきなり刀を馬上から振り上げられ、味わったことのない恐怖を感じた若者たちは、言われるがままに声をあげて走り始めた。その声の多さに驚いた三成軍は散り散りとなってしまい、結果的に徳川軍を勝利に導いたのである。
たくさんの失踪届を受けた警察署では、手がかりすらない状況に困惑していた。
「去年もそうだったが、今年も祭りで行方不明になった悪ガキが多かったな。不思議だが、全く消息がわからない。隣の県にも確認したが、同じような現象が出ていて数百人規模にのぼるらしいぞ」
「不思議な事案ですよね。でも、我々も動くに動けませんから静観するしかありませんよ」
「ああ、そうだな。それに誰も文句を言わないし消えたのは全員悪ガキだからな」
りんご飴を売っていた夜店の主人はいつの間にか店とともにその姿を消していた。そばでは、小さな女の子が手にしたりんご飴を美味しそうにかじっていた。
了
あとがき
夜店同士の詐欺の話を書こうと思い、キーボードに向かったところ、3000字を超えても収集できずじまいだったので断念。何か面白い話にならないかなと考えていた時、合戦が脳裏をよぎりました。結果、夜店と合戦を結びつけるお話に仕立ててみました。
表紙の画像はCHATGPTに作ってもらいました。
こっちの長編もよろしくお願いします。
下記企画への応募作品です。
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