ヒヤリハット300件のうち、事務所の分だけ誰にも言われていない
朝一番、経理の担当者が請求書の金額を打ち直していました。桁をひとつ多く入力しかけて、送信ボタンを押す直前で気づいた。冷や汗をかいて、でも誰にも言わずに次の仕事に移っていきました。工場の朝礼なら「危なかった話、ある人?」と聞かれる場面です。でも事務所では、そんな時間はそもそもありません。
300件の内訳を、誰も数えていない
ハインリッヒの法則はご存じの方も多いと思います。1件の重大事故の背景には29件の軽微な事故があり、さらにその奥に300件のヒヤリハットが眠っている。工場ではこの法則をもとに、ヒヤリハット報告書やKY活動が制度として根づいています。危険予知の掲示板を見たことがある社長も多いはずです。
ただ、ここで一つ聞きたいことがあります。その300件のうち、事務所側の分は数えていますか。
工場の300件は、身体に痛みが伴うので拾いやすい。手を挟みかけた、足を滑らせかけた。痛みは記憶に残るし、口に出しやすい。一方で事務所のヒヤリハットは、痛くありません。誤発注しかけた、個人情報の入ったファイルを違う相手に送りかけた、値引き条件を口約束のまま進めかけた。どれも怪我をしないので、報告する動機がそもそも生まれない。だから制度をつくっても、事務所側だけ空欄のまま終わります。
報告制度より先に壊れているもの
ヒヤリハット報告がネタ切れになる、という悩みは製造業でもよく聞く話です。長期間事故が起きていないと、報告そのものが形骸化していく。これは一見、安全な状態に見えて、実は感度が落ちているだけということが少なくありません。事務所はもっと手前でつまずいています。報告する項目自体が「ミスを晒すようで恥ずかしい」「言っても改善されない」という空気の中で、最初から出てこない。数千件あるはずの不安全行動が、そもそも言語化される前に消えている状態です。
正直に言うと、これをフォーマットで解決しようとすると、たいてい失敗します。5W1Hの報告書を配っても、書く人がいなければ紙が増えるだけです。効くのは仕組みより先に、経営者や管理職が自分のヒヤリを先に晒すことだと感じています。ここは僕もまだ、これで完全に定着した会社を何社も見たわけではないので、断言はできません。ただ、上が黙って部下にだけ報告を求めている会社で、事務所のヒヤリハットが上がってきた例は見たことがありません。
今週、聞いてみること
来週の朝礼やミーティングで、ひとつだけ聞いてみてください。「今週、ヒヤッとしたことある?」。書式はいりません。答えづらそうなら、社長自身が先に一つ話す。取引先へのメール誤送信しかけた、契約書の金額を見間違えかけた、なんでも構いません。この一言が出た瞬間に、事務所の300件が初めて数えられる側に入ってきます。
大きな事故は、ある日突然起きるように見えて、実際は毎週誰かが黙って飲み込んでいた「危なかった」の延長線にあります。工場のヒヤリハットボードだけを見て、事務所は安全だと思っている状態が、一番危ない状態かもしれません。🔧
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