【読書記録/思考ノート#18】お金の“価値観”を変えれば人生が動き出す:モーガン・ハウセル『サイコロジー・オブ・マネー』
こんにちは、大沢農園です。
ご訪問ありがとうございます。
このnoteは、2026年4月に公務員を辞め親元就農したぼくが、
FP2級と約20年の投資経験を活かし、
畑のこと、働き方、お金のこと、本から学んだことなど、
「これからの生き方」を記録・発信している雑記帳です。
曜日ごとに固定テーマで記事を書いていますが、木曜日は【読書記録/思考ノート】として、読んだ本から学んだことや気づきをまとめています。
今回取り上げるのは、モーガン・ハウセルの『サイコロジー・オブ・マネー』(ダイヤモンド社)です。
お金について考えることは、自分の人生について考えること
モーガン・ハウセルは、投資や金融についての記事を長年執筆してきた作家で、現在はCollaborative Fundのパートナーを務めているようです。『サイコロジー・オブ・マネー』は2020年に刊行され、「お金と人間の心理」をテーマに、投資、貯蓄、幸福、リスク、欲望などについて19の短いストーリーを通して考える本です。
この本を読んで面白いと思ったのは、「お金持ちになるためには何をすべきか」という話が中心ではないことです。
むしろ、お金との付き合い方を決めるのは、知識や計算能力だけではなく、その人の価値観や経験、欲望、恐怖、そして人生観なのだと繰り返し語られています。
投資をしていると、つい「正しい答え」を探したくなります。
どの商品を買うべきか。
いつ売るべきか。
どのくらいのリターンを目指すべきか。
でも、本当に難しいのは、その先にある「自分は何のためにお金を増やしたいのか」という問いなのかもしれません。
今回は、この本の中から特に印象に残った4つの文章を取り上げ、自分自身のお金との向き合い方について考えてみました。
「もっと欲しい」を止める難しさ
「十分」という感覚を持つことは、チャンスや可能性を捨てる保守的な考えにも見えるかもしれない。だが、私はそうは思わない。「十分」の反対の概念である「貪欲さ」に突き動かされれば、後悔の念に駆られるからだ。
自分がどれだけたくさん食べられるかの限界を知るには、吐くまで食べるしかない。だが、吐くまで食べればどんな食事も台無しになってしまうから、誰もそんな無茶はしない。
ところが、なぜか同じ理屈がビジネスや投資には通じない。破産したり、続行不能になったりするまで、「もっと多く」を得ようとして手を伸ばし続ける人は後を絶たない。
この文章を読んで、僕がまず考えたのは「十分」という基準を持つことの難しさです。
お金は、食事のように「もう食べられない」という明確な限界がありません。100万円あれば200万円が欲しくなり、1000万円あれば3000万円が欲しくなる、1億円でもモノ足らず・・・。資産が増えても、「これで十分」と思えるとは限りません。
むしろ投資をしていると、含み益が出たときほど「もう少し取れるのではないか」と考え、欲が出てきてしまいます。
ぼく自身も資産形成について考える中で、今のところの目標金額は設定しています。でも、本当に大切なのは「いくら持っているか」だけではなく、「そのお金があれば何ができるのか」を考えることなのだと思います。
お金を増やすこと自体が目的になると、どこまでいっても終わりません。
だからこそ、自分にとっての「十分」を決めておくことは、自由を守るための戦略なのだと思いました。
結果が出ない時間をどう受け止め打席数を増やすか
ウォルト・ディズニーは、『蒸気船ウィリー』でアニメーターとしての地位を確立した。だが、ビジネスでの成功は別の話だった。ディズニーが最初に設立したスタジオは倒産の憂き目に遭った。多くの作品は制作費が莫大にかかるものばかりで、資金調達の条件も法外だった。ディズニーは1930年代半ばの時点で400本以上のアニメーション作品を制作していた。大多数が短編で、視聴者には愛されたが、赤字続きだった。
すべてを変えたのは、『白雪姫と7人の小人たち』だった。この作品は1938年の前半だけで、それまで同社が稼いだすべての収益よりも桁違いに多い800万ドルもの収益を叩き出した。
(大沢農園調べでは、ここの「400本」という記述は過大な数字の可能性が高いようです。諸説あるようですが、200本前後というのがファクトのようなので、その200本をベースに考えます)
この話で印象に残ったのは、前回の記事でも書いたように、「挑戦する回数を増やすこと」の重要性です。
200本以上の作品を作っても赤字だった。
それでも、その積み重ねが『白雪姫と7人の小人たち』につながり、状況を一気に変えたと言います。
もちろん、これは「努力を続ければ必ず報われる」という単純な話ではありません。現実には、努力しても結果が出ないことはありますし、運の要素も大きい。
それでも、自分が何かに取り組んでいるとき、途中経過だけを見て「失敗している」と判断するのは早すぎる場合があります。
農業でも、種をまいてすぐに収穫できるわけではありません。
投資でも、短期間の値動きだけでは、その投資が成功だったのか失敗だったのか判断できません。
今の自分がまだ「結果の出ていない途中」にいるだけなのか、それとも方向そのものが間違っているのか。
その二つを冷静に見極めるには、目の前の数字だけではなく、もっと長い時間軸で考え、諦めずにクリエイトし、チャレンジし続ける必要があるのだと改めて感じます。
お金の価値は「自由」に変わったときに見える
最高の豊かさとは、毎朝、目を覚ましたときに「今日も思い通りに、好きなように過ごそう」と思えることだ。
人は、「幸せになりたい」から経済的に豊かになろうとする。幸せとは、喜びの源だからだ。だが、何をもって幸せとするかは人それぞれで、定義するのは難しい。
とはいえ、誰にとっても共通の要素はある。それは、「思い通りの人生を送れること」だ。好きなときに、好きな人と、好きなだけ、好きなことができる。それは、何物にも代えがたい価値がある。そしてこれこそが、お金から得られる最高の配当なのだ。
この文章は、この本の中でも特にぼくの心に残りました。
お金を増やすことを考えていると、どうしても「資産○○万円」という数字に意識が向きます。SNSを見ていると、大きな金額を示したスクリーンショットが人びとの関心を呼んでいる。
でも、その数字で示されているお金は、本来【目的】ではなく【手段】です。
では、なぜお金が欲しいのか。
欲しいものを買うため。
将来の不安を減らすため。
家族を守るため。
仕事を選べるようにするため。
人によって理由は違いますが、その先には「自分の時間を自分で決めたい」という願いがあるのではないでしょうか。
ぼく自身、今年から公務員を辞めて農業を始め、安定した仕事を手放すことには不安もありましたが、一方で、自分の人生を自分で選んでいるという感覚があります。
だから、この文章にある「最高の配当」という表現がよく分かります。お金の本当の価値は、銀行口座の残高そのものではありません。
お金によって、自分の時間や選択肢が増えること。
資産形成の目的は「お金持ちになること」ではなく、「自分の人生を自分で選べる状態をつくること」なのだと思います。
「長期的には上手くいくはず」という確率を信じる
楽観主義とは、「すべてがうまくいく」とたかをくくることではない。それは慢心である。真の楽観主義とは、「たとえ途中で挫折することがあっても、長期的に見れば良い結果が得られる確率が高いと信じること」だ。
ハウセルが言う楽観主義は、現実を冷静に見ることから始まっているように思えます。
途中で失敗することもある。
相場が下落することもある。
計画どおりにいかないこともある。
それを前提にしたうえで、それでも長期的には良い結果になる可能性が高いと考える。
一度の失敗で「全部ダメだった」と判断するのではなく、長い時間の中で試行錯誤を積み重ねていく。
「絶対にうまくいく」と考えるのではなく、「うまくいかないこともある。それでも続けていれば、最終的に良い方向へ進む可能性は高い」と考える。
ここで大事なのは「長期的に見る」ということです。
投資においても、とにかく市場から退場しないようにして、時間軸を味方につけ、長期に渡って続けていくことが、最終的に「上手くいく」秘訣だと思われます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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【執筆:大沢農園】
38歳・元学校事務。
公務員を辞め、親元就農という形で農業の世界に入りました。
FP資格と約20年の投資経験活かし、畑のこと、働き方、お金のこと、本から学んだことを綴り、
「これからの生き方」を模索しながら発信しています。
stand.fmによる朗読公開も始めています!
月曜日更新の農業週報や、文学・詩の朗読もしていくつもりですので、気軽な気持ちでお聴きいただければと思います。
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