実践するドラッカー 実践編 第27話:スタッフからアイデアが泉のように湧き出るお店⑤(全10話)
事例6-5 捨てることで、組織は強くなる
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
前回の記事では、働きがいを持つための3つ目の条件「③継続学習」について考えました。
成長とは、単に知識や技術を増やすことではなく、「選択肢が増えること」でした。
そして、
①生産的な仕事
②フィードバック情報
③継続学習
の3つは、それぞれ独立したものではなく、互いに循環し合っている——そんなお話でした。
この循環が回り始めた美容室FFでは、スタッフたちが自分で考え、工夫し、提案するようになっていきました。
しかしその成長の先に、Fさんたちは新しい試練に直面することになります。
■想像もしていなかった景色
スタッフ全員から「辞めたい」と言われ、がらんとした部屋で過呼吸になったあの夜から、数年が経っていました。
前年比130%台の成長が続き、2店舗目、3店舗目、4店舗目と、お店は着実に拡大していきます。
働きがいを感じたスタッフたちが、後輩を誘ってくるようにもなりました。
「うちのお店、すごく成長できるよ。一緒に仕事しない?」
そうして集まってくるのも、やはり向上心の強いスタッフたちでした。
優秀なスタッフが加わることで、さらに組織が活性化する。その好循環が、お店の成長を加速させていったのです。
入社式も、全社集会も、かつてとは比べものにならないほど大きくなっていました。
あの孤独などん底からは、想像もできなかった景色でした。
■成長が生んだ、新たな問題
しかし、成長には新しい問題も伴います。
店舗が一つだったころは、Fさんの思いは自然とスタッフに伝わっていました。同じ空間で働き、同じ時間を共有していれば、言葉にしなくても伝わるものがあります。
けれども店舗が増え、スタッフが増えるにつれて、「自然と伝わる」は通用しなくなっていきました。
そして、もう一つ別の問題も起き始めていました。
■アイデアが山積みになる
ここまでお話してきたように、美容室FFでは、
①生産的な仕事
②フィードバック情報
③継続学習
の循環が回り始めていました。
スタッフが自分で考え、提案し、実践する。
その循環が回り始めると、新しい取り組みは次々に増えていきました。
「これをやってみたい」
「こんな工夫はどうだろう」
「もっと良くできるのではないか」
良いアイデアが生まれ、それが実践され、成果につながる。するとまた次のアイデアが生まれる。
本来なら、とても良い状態です。
しかし気づけば、取り組みは増え続けていました。
「あれもやりたい、これもやるべき、それもやらなきゃ……」
いつの間にか、スタッフたちは「いっぱいいっぱい」になっていたのです。
ある日、Fさんの耳に、こんな声が届きました。
「気づいたら、やることが多すぎて、何のためにやっているのかわからなくなってきました。」
■背筋が冷たくなった
その言葉を聞いた瞬間、Fさんの背筋が冷たくなりました。
このままでは、アイデアを出す人と、それを“こなすだけ”の人に分かれてしまうのではないか。
形は違っても、本質は昔と同じかもしれない。
かつてのFさんは、自分だけが技術を磨き、スタッフはその指示に従うだけの組織を作ってしまっていました。
今度は、
「考える人」と「ただ実行する人」
に分かれ始めている。
あの夜の記憶が、よみがえりました。
■なぜ、取り組みは増え続けるのか
Fさんは考えました。
なぜ、こんなことが起きるのだろう。
新しい取り組みを始めるとき、人は「これは効果があるはずだ」という仮説を持っています。
そして成果が出ると、「やはり正しかった」という確信に変わります。
美容室FFには、「うまくいくまで改善し続ける」という仕組みがありました。
だからこそ、アイデアは実践につながっていったのです。
しかし一方で、
「やめるための仕組み」
がありませんでした。
当初は効果があった取り組みでも、組織の成長段階が変われば、すでに役割を終えていることがあります。
それでも、「以前うまくいった」という成功体験が、やめる判断を難しくしていました。
始めるためのフィードバックはある。
しかし、やめるためのフィードバックがない。
それが、仕事が積み上がり続けた根本原因でした。
■「やめる」は怖い
では、やめればいい。
理屈ではそうです。
しかし実際には、誰もやめると言い出せませんでした。
なぜなら、「やめる」には勇気が必要だからです。
やめた結果、何か悪いことが起きたらどうするのか。
「あのとき、やめようと言ったのは誰だったか」
そんな空気になるかもしれない。
だから結局、
「とりあえず続ける」
という選択が積み重なっていきました。
スタッフたちは、いつの間にか「仕事の主人」ではなく、「仕事の奴隷」になり始めていたのです。
ドラッカーはこう言っています。
集中とは、「真に意味あることは何か」「最も重要なことは何か」という観点から時間と仕事について自ら意思決定する勇気のことである。この集中こそ、時間や仕事の従者となることなくそれらの主人となるための唯一の方法である。
/集中とは、勇気である p.222
(経営者の条件 p.152)
■「やめる」ではなく「やめてみる」
そこでFさんが考えたのが、
「やめる」のではなく、「やめてみる」
という発想でした。
大切なのは、「やめること」ではなく、「やめた結果を観察すること」でした。
まずは一定期間、やめてみる。
・やめても問題がなければ、そのまま手放す
・困ることが起きれば、意味を再確認したうえで復活させる
そうすれば、「取り返しがつかない」という恐怖は小さくなります。
しかも、「やめてみてどうだったか」を皆で観察することで、誰か一人が責任を背負う必要もありません。
この
「やめてみる → 観察する → 判断する」
という流れが、「やめる意思決定」にもフィードバックを生み出しました。
■廃棄にも、主体性が必要だった
Fさんは、スタッフとの定期面談で、いつも3つの問いを投げかけるようになりました。
「自分あるいは周囲は、“いっぱい&いっぱい”になっていないか?」
「続ける価値はあるか?」
「どんな効果が出ているか?」
惰性ではなく、主体性を持って取り組めているか。
それを、自分たち自身で振り返る時間でした。
すると、「やめてみても何も困らなかったこと」は静かに消えていきました。
逆に、「やっぱり必要だった」と感じたものは、スタッフ自身がその意味を語るようになりました。
「これって、こういう意図があったんですね」
そうやって、“やらされていた仕事”が、“意味を理解してやる仕事”へと変わっていったのです。
■「やめてみてもいい」が、挑戦を生む
さらに、大きな変化も起きました。
「やめてみてもいい」
という空気が生まれたことで、新しい挑戦への恐れも減っていったのです。
失敗したら終わりではない。
まず試してみる。
合わなければ、やめてみればいい。
そう思えることで、再びアイデアが泉のように湧き始めました。
■大きくなっても「泉」であり続けるために
お店が大きくなるにつれて、Fさんが最も大切にしていたのは、
「ミッションへの共感を、組織のすみずみまで届け続けること」
でした。
スタッフ全員が、「自分たちの店」として考え、動けること。
そのためには、スタッフ一人ひとりが、自分で考え、自分で選択できる状態でなければなりません。
「やめてみる」という廃棄の仕組みは、その状態を守るための、組織のメンテナンスだったのです。
アイデアが泉のように湧き出るお店であり続けるためには、溢れたものを整理し、本当に大切なものに集中し続けなければならない。
ドラッカーはこう言っています。
成果をあげる者は、新しい活動を始める前に必ず古い活動を捨てる。
/未来のためのスペースを空ける p.226
(経営者の条件 p.145)
捨てることは、諦めることではありません。
本当に大切なものに集中するための、勇気ある選択なのです。
■次回予告
次回は、「数字に魂を込める」について。
組織が大きくなり、店長という中間管理職が生まれたとき、新たな問題が浮かび上がりました。
売上、単価、紹介数——。
数字そのものではなく、「数字にどんな意味を与えるか」によって、人の行動は大きく変わります。
美容室FFが行った、「数字の定義」の見直しについてお話しします。
【今日の問い】
Q:あなたは今、自分の仕事を“選んでいる”感覚がありますか?それとも、“仕事に追われている”感覚がありますか?
仕事が増えていくと、人はいつの間にか、「何のためにやっているのか」を考える余裕を失っていきます。
本来は、お客様に価値を届けるために始めた取り組みだったはずなのに、気づけば「続けること」そのものが目的になってしまう。
ドラッカーは、「集中とは勇気である」と言いました。
本当に重要なことを選ぶためには、同時に、「今はもう重要ではなくなったこと」を手放す勇気も必要になります。
美容室FFでも、「やめる」のではなく「やめてみる」という仕組みを通じて、スタッフたちは少しずつ、“仕事の従者”ではなく、“仕事の主人”になっていきました。
あなたの仕事の中にも、「やらなければならないと思い込んでいるだけのこと」が、あるかもしれません。
■続きの物語はこちらから
このFさんとFF美容室の物語の第①話は
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