実践するドラッカー 実践編 第28話:スタッフからアイデアが泉のように湧き出るお店⑥(全10話)
事例6-6 数字に気持ちを込められるか
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
前回の記事では、「捨てることで、組織は強くなる」というテーマで、「やめてみる」という廃棄のフィードバックについてお話しました。
自分たちで生み出した仕組みは、自分たちが終わらせることになりました。
「始める意思決定」も「やめる意思決定」も、すべて自分たちのものになったとき、美容室FFは本当の意味で「自分たちで考えて動く組織」へと転換を果たしたのです。
今回は、組織がさらに大きくなった中で生まれた新たな問題——「数字」についてお話しします。
■中間管理職が生まれたとき
店舗が増え、スタッフが増えるにつれて、美容室FFには「店長」という中間管理職が増えていきました。
店長は、自分のお客様を持つスタイリストであると同時に、チームをまとめるマネージャーでもあります。
しかしFさんは、ある違和感に気づき始めました。
店長たちが、店長になる前と同じように自分の「指名売上」を伸ばすことに必死になっていたのです。
自分のお客様を抱え込んでしまって、部下に仕事を回さないために
数字は上がっているように見えても、チーム全体としての成果や成長につながりません。
以前に他社から転職してきたスタッフが話してくれた、
「せっかく練習してスタイリストになっても、全然チャンスがもらえないんですよね」
という言葉が、頭をよぎりました。
原因はシンプルでした。
「指名売上」という数字で店長を評価していたからです。
評価される方向に、人は動きます。
評価制度と、その役割で目指してほしい方向がちぐはぐになっていたのです。
■「売上を上げろ」が伝わらない理由
しかしFさんには、もう一つ気になることがありました。
「売上を上げよう」という言葉が、スタッフの心に素直に届いていない、という感覚です。
かつて自分が「自分が、自分が……」という考えを中心に突き進んでいたころ、スタッフたちは数字のプレッシャーばかり感じ、仕事の意味を見失っていました。
売上という言葉は、ともすれば「会社のために数字を作れ」というメッセージに聞こえてしまうのです。
ドラッカーはこう言っています。
従業員の目に企業の目的が利益の追求と映る限り、自らの利益と企業の利益の間に対立を確信せざるをえない。また、生産が利益を生み、自分が利益を生むとの迷信を信じざるを得ない。
/利益を目的にしていないか p.76
(現代の経営(下)p.181)
数字を追わせるだけでは、スタッフの心は動きません。
数字だけを追う環境では、人は次第に、お客様や仲間よりも、自分の数字の損得ばかりを優先し始めます。
Fさんも自分の修業時代には、そんなスタイリストも見てきました。
しかし、美容室FFのスタッフたちは違います。
自ら考えて動くという環境で成長した彼ら彼女らは、数字の向こう側にある「意味」が見えて初めて、自分ごととして動き始める人たちのはずです。
では、美容室FFにとっての数字の意味とは何だろうか。
Fさんはスタッフたちと一緒に、徹底的に考え抜きました。
■数字を「人の言葉」に翻訳する
そうして生まれたのが、美容室FFの「数字の定義」です。
ただ数字を義務として追うのではなく、「その数字が何を意味しているのか」を言葉にしていったのです。それはこんな形です。
・売上 → お客様からの「ありがとう」の数。
・単価 → お客様と自分の「美意識」の高さ。
・店販売上 → お客様からの「信頼」のバロメーター。
・指名数 → お客様の「またあなたに会いたい」度。
・リピート率 → お客様の「満足」度。
・紹介数 → お客様の「感動」度。
・客数 → 社会への「貢献」度。
・次回予約 → 綺麗の「優先」度。
・指名売上 → 「愛され」度。
・給料 → 自分が人に「与えた価値」の数と高さ。
すると、ミーティングでの会話も変わります。
「売上をあげる」ではなく、「お客様からの"ありがとう"を増やす」。
「単価を上げよう」ではなく、「お客様と一緒に"美意識"を高めよう」。
といったようにです。
中には、意味づけにひとひねりが必要なものもありました。
紹介数は【お客様の感動度】ですよ。
感動したら「あの美容室めっちゃ良かったから」って周囲に言うじゃないですか。それで紹介が増えますよね。(Fさん)
みんなで追うべき数字は、お客様との関係性の深さを映す鏡でした。
■評価される方向に、人は動く
数字の定義が変わると同時に、Fさんはもう一つの問題に取り組みました。
役割によって、評価される数字を変えることです。
一般のスタイリストは「指名売上」、つまり「愛され度」を中心に評価します。
しかし店長は違います。
店長が評価されるのは、チーム全体の生産性であるべきはずです。
自分一人が輝くのではなく、チームとしてどれだけ成果を上げられたかが問われるべきです。
さらに上の執行部になると、評価されるのは利益になります。
それも売上ではなく、会社にどれだけお金が残ったかを見ていく役割です。
「どんな方向に成長してほしいのか」と「何を基準に評価しているか」がズレている会社は多いんです。だから「この役割の人にはこれを求めている」っていう評価制度になっているかどうかが大事なんです。(Fさん)
店長が指名売上だけで評価されていたころは、「部下を育てること」よりも「自分の売上を伸ばすこと」に必死になっていました。
しかしチームの生産性で評価されるようになってからは、部下の成長が自分の評価に直結するようになりました。
評価制度が変わると、行動が変わったのです。
評価される方向に、人は動きます。
だからこそ、評価制度と役割が噛み合っていなければ、組織は少しずつズレ始めるのです。
■ママさんスタッフへの向き合い方
この「役割によって追う数字を変える」という発想は、子育て中のスタッフへの対応にも活かされています。
主婦スタッフに対しては、「お客様の指名売上にカウントする」のではなく、「指名ではないお客様も売上にカウントする」という評価制度にしました。
さらに、働く時間と休みは自由に決めてよいという仕組みも整えました。
土日にも、本当は少しでも出てほしいんです。でもやっぱりママさんはそういう風には働けない人も多い。
そんな中でも、評価制度でそういう方向づけをしているから、土日も出てくるママさんが増えている。一時間でも長く働きたいな、って気持ちになってもらえる評価制度にしているんです。(Fさん)
評価制度を、「人を管理・コントロールするための道具」にしてはなりません。
「あなたにはこういう方向で貢献し輝いてほしい」というメッセージを、数字を通じて伝えるものなのです。
■数字は使い方次第で人の心を動かす
数字は、使い方次第で人を萎縮させることも、人を動かすこともできます。
数字を、「売上を上げろ」という圧力として使えば、スタッフは数字のプレッシャーだけを感じ、仕事の意味を見失ってしまいます。
しかし「お客様からの『ありがとう』を増やそう」という意味として使えば、スタッフは自分の仕事の価値を実感しながら動けるようになります。
美容室FFが選んだのは、数字を「意味のある言葉」に変えて、全員が「自分ごと」として向き合える組織をつくることでした。
第3回でご紹介した「きまあ指数」も、実はこの「数字の定義」と同じ発想から生まれた発展形です。
「気持ちよかった」「また来るね」「ありがとう」——これらもすべて、お客様との関係性を映す数字です。
売上という結果を追いかけるのではなく、お客様との関係性という原因を育てていく。その積み重ねが、売上という結果につながっていったのです。
■「私」ではなく「われわれ」
数字の定義が共有されたお店では、自分を評価する数字とともに、お店全体の数字が自分ごとになります。
「指名売上が下がった」ことは、
そのスタイリスト個人が抱えるべき問題ではありません。
「お客様に『またあなたに会いたい』と思ってもらえていないことがある」という、チーム全体で向き合う問いです。
「紹介数が増えた」ことは、誰か一人のお手柄ではありません。
「お客様を感動させることができた」という、チーム全体の成果なのです。
ドラッカーはこう言っています。
もう一つ身に着けるべき習慣が、「私は」とはいわずに、「われわれは」と考え、「われわれは」ということである。 最終責任は自らにあることを知らなければならない。最終責任とは、誰とも分担できず、誰にも委譲できないものである。トップが権威をもちうるのは、自らのニーズと機会ではなく、組織のニーズと機会を考えるからである。
「われわれは」という言葉は、単なる仲良しチームを意味していません。
チームが成果をあげられなかったとき、
「あいつが悪い」と誰かを責めることは当然無責任ですが、
「みんなが悪い」と責任を曖昧にして緊張を和らげているのも無責任です。
真の連帯責任とは、関わる全員が
「私の責任です。もし、あのとき私が〜していれば……」
とそれぞれが自分にできたはずの貢献を語って悔しがる状態のことです。
そのとき初めて、「われわれ」と「私」は同じ響きを持つのです。
それまでは、数字がチームをバラバラにしていっていましたが、
数字に魂を込める意味を付けたことで、「われわれは」という感覚を深める数字もまた、一つの共通言語になっていったのです。
■次回予告
次回は、「利益は『目的』ではなく『燃料タンク』」について。
財務について店長たちに開示するようになったとき、うまく説明できない部分がありました。
Fさんが苦手意識をもって避けてきたもの、それは財務でした。
しかし、利益の本当の意味を確認したとき、その呪縛はなくなっていきました。
【今日の問い】
Q:あなたの組織で使われている数字や指標は、「何を大切にしてほしいのか」を伝える言葉になっているでしょうか?
数字や評価指標は、本来「人を追い立てるため」のものではありません。
ドラッカーは、組織とは「人の強みを成果に結びつけるもの」だと考えていました。つまり、数字や評価制度もまた、「どんな行動を大切にしたいのか」「どんな貢献を期待しているのか」を伝えるための道具であるはずです。
ところが現実には、多くの組織で数字が「管理」や「プレッシャー」の象徴になってしまっています。
売上、件数、利益率、稼働率——。
もちろん、どれも重要です。しかし、それが単なるノルマとして語られた瞬間、人は「数字を守ること」が目的になってしまいます。
一方で、今回の美容室FFでは、数字を「お客様との関係性を映す言葉」として再定義しました。
「紹介数」は、お客様の感動度。
「単価」は、お客様と自分の美意識の高さ。
「売上」は、お客様からいただいた「ありがとう」の積み重ね。
そう意味づけされた瞬間、数字は“やらされるもの”ではなく、“自分たちの仕事の価値を確認するもの”へと変わっていったのです。
では、あなたの組織ではどうでしょうか。
今使っている数字や評価指標は、
「何を大切にしてほしいのか」
「どんな姿を目指しているのか」
を、メンバーに伝える言葉になっているでしょうか。
もし数字に“魂”を込めるとしたら、その数字はどんな意味を持つものとして定義できるでしょうか。
■続きの物語はこちらから
このFさんとFF美容室の物語の第①話は
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます!