実践するドラッカー実践編 第39話:成果は、医院の外にある――75年続く地域歯科医院が実践で見つけたもの①(全5話)
事例8-1 勢いだけで走った10年~70周年の光と影
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
古くから温泉地として栄えてきた、人口およそ7万人の町に、75年にわたり地域の人たちの口の健康を支えてきた歯科医院があります。
小さなお子さんから高齢の方まで、親子で、家族ぐるみで通ってくださる地域密着型の医院です。
現在、この医院を夫婦で経営しているのが、
今回の主人公である H先生(女性)です。
H先生は小児歯科や予防歯科を中心に診療にあたりながら、経理や労務管理など医院運営の実務も一手に担ってきました。
右も左もわからない船出
今から15年前。
H先生はご主人とともに、ご主人の実家であるこの歯科医院を事業承継しました。建物も設備もリニューアルし、新しい体制で再出発することになったのです。
けれども、H先生は歯科医院を営む家に生まれたわけではありません。
それまでの経験は勤務医としてのものだけ。
歯科医師として患者さんを診ることはできても、医院を経営すること、スタッフを雇用すること、組織をつくっていくことについては、まったくの未経験でした。
突然すべてを引き継いだような状態。
けれど、毎日は待ってくれません。
わからないながらも、とにかく目の前のことに向き合う。がむしゃらに診療し、がむしゃらに医院を回す。そんな日々が始まりました。
ありがたいほど、うまくいっていた
幸いなことに、地域に長く根ざしてきた医院には、前の代から通ってくださる患者さんがいました。周囲の方々に支えられ、事業承継後の10年間、業績は常に右肩上がり。
H先生は当時を振り返って、こう語っています。
経営を学ばなければならないという必要性を、まったく感じていなかった。
無理もありません。目の前の患者さんに向き合い、医院は忙しく動き、数字も悪くない。「このままでいい」と思ってしまうのは自然なことです。
ただ、ハード面は新しくなっていたものの、ソフト面――組織としてのあり方、スタッフとの関わり方、大切にする価値観の共有、育成の仕組み――は旧医院のまま引き継がれていました。
そして、そのことがやがて表面化します。
70周年、その直後に
事業承継から10年。
医院は開業70周年を迎え、記念の会を開きました。
これまで支えてくださった方々への感謝。
医院の歴史を振り返る喜び。
またここから頑張っていこうという前向きな気持ち。
当時のスタッフたちとは北海道旅行にも行き、職場には充実した雰囲気があるとH先生自身も感じていました。
その矢先のことです。
スタッフが、次々と退職していきました。
H先生にとって、それは思いがけない出来事でした。
自分では、職場はうまくいっていると思っていた。
スタッフとも良い関係を築けていると思っていた。
けれど、現実にはスタッフが辞めていく。
そのとき、H先生の中にひとつの問いが生まれました。
この10年、私は何をやっていたんだろう・・・。
「うまくいっている」は、問いを止めてしまう
この問いには、単なる反省以上のものがありました。
忙しく働いてきた。
患者さんに向き合ってきた。
業績も伸びてきた。
けれども、自分は本当に「組織」をつくってきたのだろうか。
スタッフがここで働く意味を感じられる場をつくれていたのだろうか。
組織にとって怖いのは、失敗だけではありません。
むしろ、「うまくいっている」という実感が、立ち止まる機会を奪ってしまうことがあります。
なぜうまくいっているのか。
本当に大切にすべきものは何か。
組織の中で働く人たちは、自分の仕事に意味を感じているか。
勢いで走り続けていた10年。
もちろん、その日々が無意味だったわけではありません。
患者さんに向き合い、地域の中で必要とされる場所を守り続けてきたことは、確かな貢献です。
けれども、医院を支えるスタッフたちが何を感じ、どこに不安や違和感を抱えているのか。そこに十分に目を向けることができていなかったのです。
セルフマネジメントから、チームのマネジメントへ
H先生は、その頃、ドラッカーの読書会に参加し始めていました。
ただし、最初の動機はせルフマネジメントの学びでした。
自分自身をどう整えるか
自分の時間をどう使うか
自分は何に集中すべきか
――自分自身の働き方を見つめ直すことが出発点だったのです。
しかし、スタッフの相次ぐ退職を経験したことで、学びの意味が変わりました。
これは自分一人のために学ぶものではない。
医院というチームに活かさなければならない。
H先生は、読書会で学んでいたドラッカーの学びを、一つずつ医院の現場で実践していこうと決めます。
最初に向き合った問いは、シンプルで、しかし深いものでした。
『われわれにとっての成果は何か』
次回、この問いに向き合って再建していくH先生のお話をしていきます。
【今日の問い】
Q:いま「うまくいっている」と感じていることの中に、見えなくなっている問いはありませんか?
業績がよい、忙しく仕事がある、日々の業務が回っている。そうした状態はありがたい一方で、「本当に大切なこと」を問い直す機会を失わせることがあります。
数字や表面的な順調さの奥で、スタッフは何を感じているのか。お客様や患者さんにとって、本当に価値ある変化は生まれているのか。
「うまくいっている」ときこそ、問いを止めないことが大切なのかもしれません。
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