実践するドラッカー実践編 第40話:成果は、医院の外にある――75年続く地域歯科医院が実践で見つけたもの②(全5話)
事例8-2ドラッカーと歩み始めた再建の日々--「私たちの成果は何か」を問い直す
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
「私たちの成果は何か。」
第1話で語られた問いを起点に、H先生は医院の立て直しに踏み出します。
ただし、その第一歩は、何か新しい施策を打つことではありませんでした。
まず向き合ったのは、自分たちが「成果」だと思っていたものを疑うことでした。
医院の中にあったのは「業績」だった
事業承継後の10年間、医院の数字は右肩上がりでした。
売上が伸びている。患者さんが来てくださる。医院が忙しく動いている。
それは確かに大切なことです。けれども、ドラッカーの言葉に照らしたとき、H先生ははっとさせられました。
組織の成果は、一人ひとりの人間の生活、人生、環境、健康、期待、能力の変化という組織の外の世界に表れる。
(経営者に贈る5つの質問 p.55)
医院の中にあるのは「業績」であって、「成果」ではない。成果は医院の外にある。
患者さんの生活はどう変わったのか。
人生に、どんな変化が生まれたのか。
地域の人たちの健康や期待に、どう応えていたのか。
そして、もうひとつ。
一緒に働いてきたスタッフたちもまた、医院が「所有」しているものではありません。それぞれの生活があり、人生があり、期待がある。外の世界から力を貸してくれている存在です。
スタッフがこの医院で働くことで、何を得ていたのか。自分の仕事に意味を感じられていたのか。
70周年後の退職が突きつけたのは、人手不足の問題ではなく、「業績を見て成果が出ていると思っていなかったか」という問いでした。
理念を、もう一度掘り下げる
H先生は、医院の理念に立ち返りました。
もともと医院には「たくさんの笑顔に出会いたい」という経営理念がありました。けれど、理念があることと、その理念が日々の仕事の中で生きていることは違います。
ドラッカーは、ミッションについてこう述べています。
明確かつ焦点の定まった共通の使命だけが、組織を一体とし、成果を上げさせる。
そのミッションは組織を一体化させるか p.44
(ポスト資本主義社会 p.72)
ミッションからスタートしなければ、いかなる成果も上げられない。ミッションが上げるべき成果を規定する。
成果の定義①ミッションからスタートするp.94
(非営利組織の経営 p.121)
ミッションは、きれいな文章として掲げるためのものではありません。組織を一体にするためのもの。そして、自分たちが何をもって成果とするのかを明らかにするためのものです。
ミッションがあいまいなら、成果もあいまいになる。成果があいまいなら、日々の仕事は目の前の作業に流されていく。
H先生が70周年後に経験したのは、まさにそのことでした。
「たくさんの笑顔に出会いたい」を、ただの標語で終わらせない。
たくさんの笑顔とは、何から生まれるのか。
治療が終わった瞬間だけのものなのか。
それとも、患者さんの生活や人生がよりよくなっていく中に生まれるものなのか。
そして、その笑顔を支えるスタッフ自身は、自分の仕事に誇りを持てているのか。
H先生はご主人とともに理念を練り直し、新しいものへと刷新していきました。
スタッフルームに置いた「戻る場所」
理念を見直したあと、H先生たちはスタッフルームにリマインドボードを掲げました。
毎日、スタッフが目にする場所。
出勤したとき、休憩するとき、ふと顔を上げたときに目に入る場所。
医院のシンボルカラーであるミストグリーンを使い、「自分たちはこれに向かってやっている」と立ち返れるものとして作ったのです。
もちろん、ボードを掲げたからといって、すぐに組織が変わるわけではありません。
けれども、忙しい日々の中で人はすぐに目の前の作業に追われます。
予約の管理、診療の準備、患者さんへの対応、事務作業――仕事は次々に流れていく。
だからこそ、立ち返るものが必要でした。
私たちは何のためにこの仕事をしているのか。
患者さんにどんな変化を届けたいのか。
リマインドボードは、その問いに戻るための小さな装置でした。
五つの能力を、一つずつ現場に
H先生は、理念の見直しだけで終わりませんでした。
『経営者の条件』に書かれている「成果をあげるための五つの能力」――
①時間を管理すること
②貢献に焦点を合わせること
③強みを活かすこと
④重要なことに集中すること
⑤成果につながる意思決定を行うこと
――を、まず自分自身の実践として一つずつ取り組み始めます。
自分の時間は何に使われているのか。
本当に果たすべき貢献は何か。
逆に、抱え込みすぎているものは何か。
そして、その問いを少しずつチームにも広げていきました。
アポイントの見直し。
理念に沿った行動ができているかの確認。
日々の業務が、自分たちの目指す成果につながっているかの点検。
特別な改革というよりも、毎日の仕事の「見方」を少しずつ変えていく取り組みでした。
少しずつ戻ってきた活気
こうした実践を3〜4年続ける中で、医院には少しずつ活気が戻ってきました。
一度崩れたものを、すぐに戻すことはできません。
スタッフが辞めたあとの不安。
新しいメンバーとの関係づくり。以前のやり方を見直す痛み。
それでも、理念を見直し、成果を問い直し、日々の仕事を一つずつ点検していく。その積み重ねが、医院の空気を少しずつ変えていきました。
以前のような活気が戻ってきた――H先生がそう感じ始めたころ、社会全体を揺るがす出来事が起こります。
【今日の問い】
Q:あなたの組織の理念は、日々の仕事の中で「立ち返る場所」になっていますか?
理念は、掲げてあるだけでは力を持ちません。忙しいとき、迷ったとき、判断に悩んだときに、そこへ立ち返れるかどうかが大切です。
「私たちは何のためにこの仕事をしているのか」
「誰に、どんな変化を届けたいのか」
理念が日々の行動や判断につながっているかを見直すことが、チームを一つにする第一歩になるのかもしれません。
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