実践するドラッカー 実践編 第26話:スタッフからアイデアが泉のように湧き出るお店④(全10話)
事例6-4 継続学習:成長が、選択肢を生む~働きがいの条件❸
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
前回の記事では、働きがいを持つための3つの条件の中の2つ目、
「②フィードバック情報」について考えました。
アウトプット指標の「きまあ指数」と
インプット指標の「FF体験表」という2つの仕組みが生まれ、
何を測定するかを決めることで、スタッフの意識と行動が変わり始めました。
数字が上がれば嬉しい。
工夫したことが結果に出る。
それがまた次の工夫につながる
——仕事がゲームのように楽しくなっていきました。
今回は、3つ目の条件「③継続学習」について考えていきます。
そしてこの条件が、「①生産的な仕事」「②フィードバック情報」とどのようにつながり、循環しているのかも見えてくるはずです。
■優秀なスタッフほど、辞めていく
美容業界には、こんな現実があります。
入社して数年が経ち、技術も接客もひと通り身につけた頃、優秀なスタッフほど、転職を考え始める——。
他の美容室から美容室FFに転職してきたあるスタッフが、前の職場についてこう話してくれました。
毎日同じことの繰り返しで、1年前の自分と今の自分が、何も変わっていない気がしていました。このまま10年経ったとき、自分はどうなっているんだろうって、不安になってきて・・。
技術は一定のレベルに達していた。
売上も悪くはありません。
でも、成長している実感がありません。
そして気づいたとき、こう思ったそうです。
「このまま歳を重ねても、選択肢が増えていく気がしなかった」と。
優秀だからこそ、その不安は深かったのです。
ドラッカーはこう言っています。
知識労働者は生計の資だけの仕事では満足できない。彼らの意欲と自負は、知識人としての専門家のものである。彼らは、知識をもって何事かを成し遂げることを欲する。したがって知識労働者には挑戦の機会を与えることが不可欠である。
/働く動機 p.18
(断絶の時代 p.206)
美容師は、知識と技術を持つ専門家です。
彼らが求めているのは、給料だけではありません。
自分の知識と技術を使って、何かを成し遂げること。
そして、成長し続けること。
その機会が与えられなければ、たとえ待遇が良くても、心は離れていきます。
■成長とは、選択肢を増やすことだ
ここで少し立ち止まって考えてみます。
「成長する」とは、どういうことでしょうか。
よく「スキルアップ」という言葉が使われますが、Fさんが大切にしてきた「成長」の意味は、もう少し広いものです。
成長するとは、自分やチームの「選べる未来」が増えることです。
できなかったことができるようになる。
知らなかったことを知る。
新しいアプローチを試せるようになる。
その積み重ねが、仕事の中での選択肢を広げていく。
そしてこれは、第2回で描いた「①生産的な仕事」と深くつながっていくのです。
お客様に本当に価値を届けられる「生産的な仕事」をするためには、そのための引き出しが必要です。知識も、技術も、提案の幅も。
それらは、継続的に学び、成長することでしか増えていきません。
逆に言えば——
成長が止まれば、選択肢は増えません。
選択肢が増えなければ、
「①生産的な仕事」が十分に満たされていなくても、
同じことを繰り返すしかなくなります。
「このやり方しか知らないから、これでいくしかない」
という閉塞感の中で、仕事を続けることになるのです。
「毎日同じことの繰り返しで、成長している実感がない」
——先ほどの転職スタッフの言葉は、まさにこの状態を指していました。
■成長の実感が、動機づけになる
一方、美容室FFで働くスタッフたちは、こう言います。
去年の自分と今の自分を比べると、できることが全然違う。お客様との会話の仕方も、提案の仕方も、自分でも驚くくらい変わった気がします。
成長を実感できること。
それが「このお店で働き続けたい」という気持ちに直結していました。
成長の実感は、外から与えられる報酬とは違います。
給料が上がっても、褒められても、「自分が変わった」という内側からの実感には及びません。
その実感こそが、次の挑戦への動機づけになるのです。
働きがいを与えるには、仕事そのものに責任を持たせなければならない。そのためには、①生産的な仕事、②フィードバック情報、③継続学習が不可欠である。
/誰もが働きがいを必要とする p.44
(マネジメント エッセンシャル版 p.74)
では、美容室FFは「継続学習」をどのように実現してきたのでしょうか。
■朝礼は「確認の場」ではなく「成長の場」
毎朝の朝礼は、多くのお店では連絡事項を伝えるだけの場になりがちです。
しかし美容室FFの朝礼は、違います。
まず全員で、美容室FFのミッション——「お客様に笑顔と元気をもたらす」——と、理想の顧客像、自分たちが提供しているものの定義を唱和します。
毎朝これを繰り返すことで、全員が目指すものの「イメージ」を一つにしていきます。
さらに朝礼の前に、一人ひとりが『ワクワク表』というシートに記入するのです。そこに書くのは、次の4項目です。
・この一週間で私が貢献する目標
・昨日私が活動したこと
・その成果
・今日自分が活動すべきこと
この4項目を書いて、スタッフ同士で交換します。
毎日「昨日自分がやったこと」と「その成果」を言語化することで、自分の成長が少しずつ見えてくるのです。
また、他のスタッフのシートを読むことで、「あの人はこんな工夫をしているのか」という気づきも生まれます。
興味深いのは、このシートはもともとFさんが用意した枠組みでしたが、スタッフたちのアイデアによって記入する項目が次第に変化し、増えていったことです。
自分たちが作った「われわれの仕組み」として、お店と共に育っていきました。
■「FF塾」——学びを深める場
また、月に一回、「FF塾」という勉強会を開きます。
この日は営業を早く切り上げ、午後3時から夜まで、お店づくりについてじっくり話し合うのです。
来店客が増え続けている中で、営業時間を短くすることには勇気が必要だったはずです。
しかしFさんとスタッフたちは話し合い、「お店を開けることよりもこの学びの方が重要なことだ」と全員で決めたのです。
この場では、Fさんはもっぱら聞き役に徹します。
聞け、話すな。
~コミュニケーションと会議運営 p.186
(経営者の条件 p.15)
Fさんは、そのための自己暗示を考えました。
「僕は耳たぶをつまむと、“聞くスイッチ”が入るようにしているんです。だから、ここをつまんでいるときは、僕は話の腰を折ったりはできないんです。」
リーダーが聞き役に徹することで、スタッフは
「自分の考えが承認され、それを膨らませ、よりよいものにしてカタチにしていける場がある」
と感じられます。
その安心感が、自由な発想と積極的な発言を生み出すのです。
■新人たちの「仮想店舗」——実践の中で成長する
学ぶ場が整ったとき、Fさんはさらに一歩踏み込んだ仕組みを導入しました。
毎年入社する一年生を3チームに分け、それぞれが店内に「仮想店舗」を立ち上げるというものです。
仮想店舗の店名も自分たちで考えます。
そして「どうすればお客様に喜んでいただけるか」を、自分たちのチームで考えて実行します。
ノルマは一切ありません。
「何人集客しなさい」という指示も、
「ここがダメだったんじゃない?」という評価もありません。
うまくいっているチームがあれば、
「どうやってうまくいったの?」と自分たちで聞きに行くのです。
情報も自分たちで取りに行きます。
その結果、一年生の3チームで、1ヶ月に50名のお客様を集客するまでになりました。入社したばかりの新人が、です。
なぜこれほどの成果が出たのか。
答えは明快です。
「学ぶこと」と「実践すること」が、最初から一体になっていたからです。
かつての美容業界の教育は、入社して2〜3年間はアシスタントとしてスタイリストの手伝いに徹するのが当たり前でした。
技術のテストに合格することが目標になり、
気づけば「練習のための練習」になっていきます。
お客様に直接喜んでいただける機会がないまま、やりがいを失っていくスタッフが後を絶ちませんでした。
美容室FFの仮想店舗は、その構造をまるごと変えました。
入社初日から「お客様に笑顔と元気をもたらす」という成果に向けて、自分たちで考えて動く。
技術を習得することは、「お客様を喜ばせるための武器を手に入れること」であり、その武器を使ってお客様に喜んでいただくことが目標なのです。
「入社したばかりの子でも、お客様に『ありがとう』とか『また来るね』とか『きれいになった』『気持ちよかった』っていう言葉をいただける数が増えれば増えるほど、やりがい&いきがいを感じるんで、いまのところ離職がないですね」
とFさん。
成長の実感が、定着につながっていました。
■夢実現マップ——仕事と人生をつなぐ
お店のバックヤードには、スタッフ一人ひとりの「夢実現マップ」が貼り出されています。
海外旅行、車、結婚——それぞれの夢を想起する写真が貼られた一枚の紙です。
「他のスタッフは、その実現について協力できるものは協力し、実現したときには共に喜びます」とFさんは言います。
これは誰かに管理される目標ではありません。
自分が本当に望むものに向かう自己目標管理であり、
方向感を確認する工夫です。
ここでは、仕事上の成長目標と、人生の夢が、同じ場所に並んで貼り出されています。
その光景が、美容室FFという組織の文化を静かに物語っていました。
働きがいとは、仕事の中だけで完結するものではありません。
「この仕事を続けることで、自分の人生が豊かになっていく」という実感があってこそ、本当の意味で「働きがい」になるのです。
■3つの条件は、循環している
ここで、この3回にわたって見てきた「働きがいの3つの条件」を振り返ってみます。
①生産的な仕事
——お客様が本当に求めているものに向けて、価値を届けられる仕事ができるように仕事を設計しなおすことです。
②フィードバック情報
——自分の工夫が成果に結びついているかどうかを、自分自身で確認できるようにすることです。
③継続学習
——成長することで、自分や自分たちが選択できることが増えていくようにすることです。
この3つは、独立した条件ではありません。互いに支え合い、循環しているのです。
成長することで選択肢が増え(③)、
より多くのお客様に価値を届けられるようになり(①)、
その成果がフィードバックされることでさらに工夫が生まれ(②)、
また成長につながる(③)。
逆に、この循環は、3つのどれかが欠けると止まり始めます。
成長が止まれば(③がない)、選択肢は増えない。
選択肢が増えなければ、「生産的な仕事」が十分に満たされていなくても、同じことを繰り返すしかなくなる(①が満たされない)。
そしてその状態では、どれだけフィードバックされても、改善の手立てが見つからなくなっていく(②が機能しない)。
「毎日同じことの繰り返しで、成長している実感がない」
という、転職してきたスタッフのあの言葉は、この循環が止まったお店で起きていたことでした。
美容室FFが大切にしてきたのは、この3つの循環を止めないことです。
地味で、愚直で、すぐには結果が出ない取り組みを「アホほど集中して」続けてきた結果として、スタッフのアイデアが泉のように湧き出るお店が生まれてたのです。
■継続学習が「採用力」を生む
この「継続学習」の文化が、思わぬ効果をもたらしていた。
この地域の美容業界では
「スタッフが集まらない」
「すぐに辞めてしまう」
という声をよく耳にしていました。
しかし美容室FFでは、既存のスタッフが後輩を誘って連れてくるのです。
「うちのお店、すごく成長できるよ。一緒に来ない?」
このお誘いが成り立つのは、3つの条件が循環しているからです。
・既存のスタッフが自分の職場と仕事を好ましく思っていること。
・その後輩から「充実した仕事をしている先輩」として認識されていること。
そして、
・組織が成長していて、新しいスタッフと既存のスタッフが一緒に成長できると感じられること。
「継続学習」の文化が根付いたお店は、そこで働くこと自体が「魅力」になるのです。
採用に困らないお店は、外に向けて求人を出すのではなく、中にいるスタッフが自然と外に発信し始めるお店なのです。
■次回予告
次回は、「捨てることで、組織は強くなる」について。
3つの働きがいの条件が循環し始めたとき、次に訪れた問題とは何だったのか。アイデアが溢れ出すことで、逆にスタッフが「いっぱいいっぱい」になってしまったとき、Fさんはどんな決断をしたのか。
「廃棄」という考え方が、組織にどんな変化をもたらしたかを見ていきます。
【今日の問い】
Q:あなたの組織では、「学んだこと」を実際に試せる機会がありますか?
人は、ただ情報を集めただけでは、成長を実感できません。
学んだことを実際にやってみる。
工夫してみる。
失敗してみる。
そして、その結果を振り返る。
その循環があって初めて、「以前の自分とは違う」という実感が生まれていきます。これこそが「情報」が「知識」に変わる瞬間です。
美容室FFでも、女性誌研究や「きまあ指数」、仮想店舗などの仕組みは、単なる勉強や研修ではありませんでした。
「学ぶ → 試す → 振り返る → また工夫する」
この循環を、日常の仕事の中で回し続けるための仕組みだったのです。
■この続きの物語はこちらから
このFさんとFF美容室の物語の第①話は
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