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実践するドラッカー 実践編 第2話:理系後継者が試したマネジメントの体系的実践②(全6話)

事例1-2 [思考編]の実践~自分らしく成果をあげる

祖父が創業したAA建設グループを承継するため、故郷に戻ったAさん。

Aさんのマネジメントの学び方は、それまで自分が成果をあげてきた方法と同じく、いわば「実証研究」でした。

1年に取り組むのは、一つの領域だけ。

今の検証が終わるまで、次の仮説設定には進まない。
複数の改革プロジェクトを同時に走らせず、思いついたものから着手することもしない。

一つずつ学び、試し、成果を確かめてから次へ進む。

そう決めたAさんが、1年目に選んだのが、
『実践するドラッカー』シリーズ1冊目の[思考編]でした。

テーマは、組織でも事業でもありません。

自分自身のマネジメントです。

セルフマネジメントというと、
自分を律したり、弱みを克服したりすることを思い浮かべるかもしれません。

Aさんも、最初はそんなイメージを持っていました。

しかし、ドラッカーのマネジメントを貫く価値観の一つは、
「人の強みを生かす」
というものです。

だとすれば、自分の弱いところを一つずつ矯正し、
理想とする別の人格につくり変えていくことは、
むしろ逆の方向に進んでしまいます。

ここでいう「自分らしく」とは、
好きなように振る舞うことでも、
苦手なことから逃げることでもありません。

自分が本来持っている強みを知り、
その強みを成果につながる形で使うこと。

Aさんにとって、そのためにまず必要だったのは、
「父親のような経営者にならなければならない」という思い込みから離れることでした。


■父親が「経営者の標準形」だった

Aさんの父親は、AA社の経営者でした。

技術者としても一流。
経営戦略も自ら描く。
現場も分かる。
資金繰りも読める。

戦略と技術の両方を高い水準でこなす、
いわば万能型の経営者です。

会社をここまで育ててきたのも、父親の力量でした。

だからこそAさんは、知らず知らずのうちに、
父親を「経営者の標準形」にしていました。

「経営者である以上、これくらいはできなければならない」

父親にできたことは、自分にもできなければならない。

現場のことも分からなければならない。
技術的な議論にも入れなければならない。
細かな数字も、自分で確認できなければならない。

一つできるようになっても、
また別のできていないところが目につきます。

何かを人に任せようとすると、

「自分にできないから逃げているのではないか」

という思いもよぎります。

父親という基準が高ければ高いほど、
Aさんの目には、自分に足りないところばかりが映るようになっていきました。

周囲から見れば、十分に仕事をしている。
経営者として責任も果たしている。

それでも本人の中には、
「まだ経営者として足りていない」
という感覚が残り続けます。

父親を尊敬しているからこそ、
その姿から離れることも難しい。

いつの間にかAさんは、
「自分の強みをどう生かすか」
ではなく、
「父親のようになれない自分を、どう作り変えるか」
を考えるようになっていたのです。

けれど、どれだけ父親に近づこうとしても、
父親そのものにはなれません。

それでは、せいぜい
父親の縮小版コピー、あるいは劣化版コピー
にしかなれない。

Aさんが[思考編]を通して向き合うことになったのは、
まさにこの問題でした。


■自分自身を成果のために使う

『実践するドラッカー[思考編]』は、

第1章「知識労働者として働く」
第2章「成長するために」
第3章「貢献なくして成果なし」
第4章「強みを生かす」
第5章「集中する力」

という順番で構成されています。

この流れは、
セルフマネジメントの道筋そのものともいえます。

現代の多くの仕事では、
単純な作業量よりも、

何をするか。
何を優先するか。
どこに時間を使うか。

といった判断の質が、成果を左右します。

設計士やデザイナーなどの専門家。
管理職や経営者などのマネジャー。

こうした人たちに、

「もっと良いアイデアを出せ」
「本気で考えろ」
「成長しろ」

と命令したところで、
質の高い仕事が生まれるわけではありません。

知識労働者の成果は、
外から強制することで生み出せるものではないからです。

だからこそ、
自分自身をマネジメントする必要があります。

何に貢献するのかを考える。
その実践を通して成長する。
成果が出るところから、自分の強みを知る。
そして、強みが最も生きるところへ時間や意識を集中していく。

「知識労働者」「成長」「貢献」「強み」「集中」。

これらは別々のテーマではなく、
自分という一人の人間を、成果のあがる方向へ使っていくための一つの流れ
だったのです。

Aさんにとって、ここは大きな転換でした。

経営に関わり始めた頃に考えていたのは、
「どうすればベテラン社員たちを動かせるのか」
ということでした。

しかし、その前に考えるべきことがありました。
「自分は、自分の強みを使って何に貢献するのか」
社員をどう動かすかではなく、
まず自分自身をどう使うのか。

そこでAさんは、
自分の仕事を一つずつ棚卸ししていきました。


■手放しにくかった「できなくはない仕事」

棚卸しをしてみると、
比較的簡単に手放せる仕事がありました。

たとえば、

  • 高度な現場技術の最終判断

  • 経験に基づく瞬時の対応

  • 施工現場での細かな調整

社内には、自分より経験があり、
はるかに上手にできる人がいます。

「自分より得意な人に任せた方が、成果は上がる」

そう考えれば、任せることができます。

難しかったのは、その先でした。

Aさんがなかなか手放せなかったのは、
苦手な仕事ではありません。

「できなくはない仕事」でした。

積算の細かなチェック。
個別案件の原価精査。
現場との技術的な議論。

父親ほどではない。
専門家ほどでもない。

それでも、
時間をかければ平均以上にはできます。

だからこそ、

「これくらい社長ならできなければ」
「自分でやった方が早い」

と抱え続けていました。

苦手な仕事なら、
「自分には向いていない」と認めやすい。

むしろ厄介なのは、
そこそこできてしまう仕事
だったのです。


■「山あるところに谷がある」

そんなときAさんが出会ったのが、
強みと弱みに関するドラッカーの言葉でした。

大きな強みを持つ者はほとんど常に大きな弱みを持つ。あらゆる分野で強みを持つ人はいない。山あるところに谷がある。しかもあらゆる分野で強みをもつ人はいない。人の知識、経験、能力の全領域からすれば、偉大な天才も落第生である。

『実践するドラッカー 思考編』第4章「強みを生かす」
「強みと弱み」p.165
(『経営者の条件』p.103)

「山あるところに谷がある」

この言葉は、
Aさんにとって数式のように明快でした。

すべての谷を埋めようとすれば、
山を高くするための時間まで失ってしまいます。

そしてAさんは気づきました。

自分が埋めようとしていたのは、
単なる弱みではありません。

父親を基準にしたときに見える、自分の足りないところだったのです。

そこでAさんは、一つの問いを自分に投げかけました。

「もし自分が社長でなかったら、この仕事を任され続けるだろうか?」

もっと得意な人がいる。
その人に任せた方が速く、精度も高い。

ならば、自分は別の仕事に時間を使った方が、
組織全体として成果をあげられます。

そう考えると、

「社長なのだから、これくらいできなければならない」

という思い込みが、少しずつ外れていきました。

父は父です。
自分は自分です。

父親と同じ強みを持つ必要はなかったのです。


■自分の「山」が見えてきた

「できなくはない仕事」を脇に置いてみると、
逆にAさん自身の強みが見えてきました。

  • 複雑な問題を構造化する

  • 長期視点で仮説を立てる

  • 役割と責任を明確にする

  • 問いを立て、議論を整理する

父親が「現場一体型」の経営者だったとすれば、
Aさんは「構造設計型」の経営者でした。

どちらが優れているという話ではありません。

強みの形が違うのです。

セルフマネジメントとは、
その違いをなくすことではありません。

自分の強みを知り、
その強みが貢献につながる場所を見つけ、
そこに時間と力を集中していくことです。

Aさんにとって1年目の実践は、
新しい自分になるための1年ではありませんでした。

自分ではない誰かになろうとすることをやめ、
自分の強みで成果をあげる方法を見つける1年だったのです。

父は、父の強みで会社を経営した。

ならばAさんは、
Aさん自身の強みで経営すればいい。

「自分らしく成果をあげる」とは、
自分を甘やかすことでも、
できることだけを選ぶことでもありません。

自分という人間を、成果のために最もよく使うこと。

そこからAさんの経営は、
「父親から受け継いだ経営」から、
「自分自身の経営」へ
少しずつ変わり始めました。


【今日の問い】

Q:「平均的な」成果しかあげられないのに、自分で続けている仕事は何でしょうか?

苦手な仕事は、意外と手放せます。
「これは自分には向いていない」
と認めやすいからです。

むしろ手放しにくいのは、

時間をかければできる。
周囲から見ても問題はない。
でも、自分の強みではない。

そんな仕事なのかもしれません。

「社長だから」
「部長だから」
「ベテランだから」

その肩書きが、
自分の強みではない仕事まで抱える理由になっていないでしょうか。

強みを生かすためには、
何かを増やすだけでなく、
自分がやらなくてもよい仕事を手放すこと
から始める必要があるのかもしれません。

本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。

~次回予告~

次回は[行動編]です。
自分の強みと、なすべき貢献が見えてきたAさん。
次に向き合ったのは、
その強みを使うために、自分の時間と行動の主導権をどう取り戻すか
という問題でした。
その入口となったのが、
「簡単な判断に時間を使いすぎている」という気づきでした。


この一連の物語の第1話はこちらから。


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