実践するドラッカー 実践編 第5話:理系後継者が試したマネジメントの体系的実践⑤(全6話)
事例1-5[事業編]の実践~自社の強みは地域の歴史の中にあった
本記事は、実際の企業事例をもとに、人物名、社名、地域、時期、数値などを一部変更・再構成しています。
三代目としてAA建設グループを承継するために故郷に戻ったAさん。
三代目になった当初は孤立した感があったものの、一年に1領域(1冊)をとことん試行錯誤しながら検証するという、自分なりのマネジメント習得スタイルが少しずつ形になってきました。
1年目の[思考編]では、自分の強みを見つめ直す。
2年目の[行動編]では、未来のために何に時間を使うかを決める。
3年目の[チーム編]では、仕事を分解し、目的と成果を定義することで、人の強みに応じて任せられることを学びました。
社内の設計は、少しずつ整ってきました。
そして4年目。
『実践するドラッカー』シリーズ4冊目の[事業編]で、Aさんが次に向き合ったのは、事業そのものでした。
ところが、組織が整い、地域での評判も高まるほど、今度は別の問題が起き始めます。
「できそうなこと」が増えるほど、「何をやる会社なのか」が分からなくなっていったのです。
■評判が高まるほど増える「魅力的な話」
この頃、AA建設グループには自然と仕事が集まるようになっていました。
品質が高い。
対応が早い。
安全面でも安心できる。
「この会社なら任せられる」
そんな評価が広がると、仕事だけでなく、新しい事業の話も持ち込まれるようになります。
隣接領域への進出。
新しい工法や設備への投資。
他業種との共同事業。
地域課題を入口にした新しいサービス。
一つひとつを見ると、どれも悪い話ではありません。
むしろ魅力的です。
「これもできそうだ」
「こちらにも広げられそうだ」
会社に力がつくほど、選択肢も増えていきました。
しかしAさんは、次第に違和感を覚えます。
すでにいくつかの隣接事業への展開も始まっていましたが、
「これは、本当に伸ばすべき事業なのか」
「たまたま今、利益が出ているだけなのか」
となると、判断する基準がありません。
「せっかく話が来たのだから、やるべきだ」
「本業ではないから、やめた方がいい」
その都度議論し、その都度判断する。
Aさんは気づきました。
「何ができるか」だけを基準にすると、会社は簡単に漂流する。
■多角化より先に、自社の強みを知る
多角化そのものが悪いわけではありません。
新しい市場へ進むことも、新しいサービスをつくることも必要です。
問題は、自社の強みを明確にしないまま、目の前の機会に反応してしまうことでした。
ドラッカーは、イノベーションについて次のように述べています。
イノベーションは強みを基盤としなければならない。イノベーションに成功する者はあらゆる機会を検討する。自分たちに最も適した機会はどれか、自分たちの組織に適した機会はどれか、自分たちが得意とし実績のある能力を生かしてくれる機会はどれかを考える。
/時代の要請に合わせて強みを磨く p.202
(『イノベーションと起業家精神』p.162)
この言葉を前に、Aさんは問いを一つに絞りました。
「うちの軸足となる強みは何だろう」
そこでAさんが始めたのは、新しい市場を調べることではありませんでした。
会社の創業時期を、改めて調べ始めたのです。
自社の知識を把握するための知識分析の最善の方法は、自社が成功してきたものと失敗してきたものを調べることである。
自社の知識や強みを棚卸する p.204
(創造する経営者 p.149)
古い社史や写真、取引の記録をたどりながら、
創業者はどんな仕事から始めたのか。
誰から、何を頼られてきたのか。
なぜ、この会社は生き残ってきたのか。
を調べていきました。
■地域の暮らしから生まれた「土木」
調べていくと、自社だけを見ていたのでは分からなかったことが見えてきました。
それは、この地域そのものの歴史です。
昔、この地域では、多くの家が農業を営んでいました。
ただし、農業だけをしていたわけではありません。
家を建てるのが得意な人は、大工仕事を多く頼まれる。
料理をたくさんおいしく作れる人は、食事を出すようになり、やがて食堂を営む。
道具を直すのが得意な人、ものを運ぶのが得意な人も、それぞれの仕事を担うようになる。
もともとは農業を基盤に暮らしていた人たちの中から、
「この仕事なら人より得意だ」
「これなら周囲から頼られる」
という仕事が少しずつ専門化し、地域の中で事業として分かれていったのです。
AA建設グループも、その延長線上にありました。
農業を続けるためには、水を引き、土をならし、排水を整え、道を通さなければなりません。
そうした仕事を上手にできる人。
段取りよく人を動かせる人。
難しい現場をまとめられる人。
その人たちが次第に「土木」を主な仕事として担い、AA建設グループも《農業土木》を通じて地域から頼られながら発展してきました。
創業の歴史は、単なる昔話ではありませんでした。
地域の中で、自分たちは何を得意とし、何を任されてきたのか。
そこに、現在の事業の原点がありました。
■「土木工事ができる会社」ではなかった
創業からの仕事をたどると、繰り返し求められてきた力にも共通点がありました。
困った現場に入る。
複雑な条件を整理する。
限られた時間の中で段取りを組む。
多くの関係者をまとめ、成果が出る状態まで持っていく。
農業土木も、まさにそうした仕事です。
水や土地、道路、天候、周囲との調整。
多くの条件を読みながら現場を成立させるには、一人の優秀な職人だけでは足りません。
条件を読む人。
段取りを組む人。
現場を動かす人。
関係者を調整する人。
異なる人の強みを組み合わせる必要があります。
そこでAさんは、3年目の[チーム編]とのつながりにも気づきました。
自分たちの強みとは、優秀な人がいることではない。
異なる強みを組み合わせ、複雑な条件を成果へ変えることなのではないか。
AA建設グループが長年蓄積してきたのは、
「土木工事ができること」ではなく、複雑で厄介な現場を整理し、成果が出る状態へ設計する力
だったのです。
それは、一つの工法でも、一人の能力でもありません。
長い歴史の中で、組織に蓄積されてきた知識の組み合わせでした。
■強みが分かると、「やらないこと」を選べる
この言葉ができると、新しい事業を見る目が変わりました。
「儲かりそうか」
「できそうか」
「本業かどうか」
だけではなく、
「この事業では、私たちの強みが生きるのか」
と問えるようになったのです。
今の土木とは違う領域でも、複雑な条件を整理し、多くの人を動かし、成果につなげる力が必要な仕事なら、自社の強みを生かせるかもしれません。
反対に、売上にはなりそうでも、自社の強みをほとんど必要としない仕事もあります。
そこでAさんは、強みが生きない事業をむやみに広げず、強みが生きる領域に人、時間、資金を優先して配分するようになりました。
[思考編]で、自分自身の「できなくはない仕事」を手放したのと同じです。
今度は会社として、
「できなくはない事業」を手放す。
その必要がありました。
■「できること」を増やすより、「強みが生きる場所」を選ぶ
会社に力がつけば、できることは増えます。
評判が高まれば、魅力的な話も増えます。
しかし、そのすべてに手を広げれば、人も時間も資金も薄く配られていきます。
経営資源に余裕がなくなると、現場で考えられることも変わります。
「どうすれば、もっと自社の強みを生かせるか」ではなく、
「今ある人と時間で、どう効率よく回すか」
ばかりを考えざるを得なくなる。
効率化はもちろん必要です。
けれど、効率化だけに追われる状態では、自社ならではの強みを磨くことも、その強みを新しい成果へつなげることも難しくなります。
だからこそ、事業には選択が必要でした。
Aさんにとって[事業編]は、新しい事業を増やすための学びではありませんでした。
自分たちが何者なのかを知り、限られた経営資源を、その強みが最も成果につながる場所へ集中するための学びだったのです。
「何ができるか」ではなく、
「何に、自社の強みを生かすのか」。
その問いが、AA建設グループの事業の輪郭を少しずつ明確にしていきました。
【今日の問い】
Q:あなたの会社が、他社よりも苦労や失敗を重ねながら磨いてきたことは何でしょうか?
「強み」というと、成功したことや得意なことから探したくなります。
しかし、組織の強みは、それだけではありません。
何度も失敗した。
何度も難しい案件に対応した。
そのたびに工夫し、学び、やり方を変えてきた。
そうした経験の中にも、他社には簡単にまねできない知識が蓄積されています。
どんな場面で、顧客から頼られてきたでしょうか。
どんな仕事なら、
「大変だけれど、うちなら何とかできる」
と言えるでしょうか。
そしてもう一つ。
会社の評判が高まり、仕事が増えるほど、その強みから遠ざかってはいないでしょうか。
強みを知るということは、やるべきことを増やすことではありません。
何を選び、何を選ばないかを決めることでもあります。
~次回予告~
次回は5年目[利益編]。
自社の強みと事業の軸が見えてきたAさんは、最後に「利益とは何か」を問い直します。
利益は会社の目的なのでしょうか。
それとも、
ミッションを果たし続けるために、残しておかなければならない「種もみ」なのでしょうか。
この一連の物語の第①話はこちらからどうぞ。
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