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勝てない場所で比べてた私が、都合よく生きてみようと思えた理由

人は事実では動かない。
自分が選んだ解釈で、止まりもすれば、前にも進む。

昨夜、布団に入る直前に、1通のメルマガを読みました。
行動は変わっていません。収益も実績も、まだ1つもありません。

それでも、読み終えたあと、頭の中だけが少し落ち着かなくなりました。
なぜかというと、そのメルマガには「もっと頑張れ」も「努力が足りない」も書かれていなかったからです。

書かれていたのは、もっと手前の話でした。
人が苦しくなる原因は、能力不足でも、環境の差でもない。
自分の中にある「解釈の癖」だ、という話です。

読み終えたあと、自然と問いが浮かびました。
私はこれまで、何を根拠に、自分を責めてきたんだろう。
その厳しさは、本当に必要だったんだろうか。

私はまだ、何も成し遂げていません。
昨夜メルマガを読んだだけの、これから挑戦する人です。
だからこそ、この問いを、いまの自分の言葉で書き残してみようと思いました。




【第1部】苦しさは、事実そのものからは生まれない

事実は中立。
人を刺すのは、あとから貼り付けた意味。

人が苦しくなる瞬間には、共通する場面があります。
何かを失ったときではありません。

誰かと自分を比べたときです。

SNSを開いた瞬間。
知り合いの近況を耳にしたとき。
自分より先に進んでいるように見える誰かを、ふと見つけたとき。

胸の奥が、少しだけきゅっと縮む感覚。
理由のはっきりしない焦り。
言葉にならないけれど、確かにある、置いていかれた感じ。

このとき起きている「事実」は、実はとてもシンプルです。

相手が何かをしている。
自分は、まだ途中にいる。
それだけです。

問題は、その直後に、頭の中で勝手に始まる解釈でした。

私は遅れている。
私は足りていない。
私は劣っている。

でも、よく考えてみると、これらは事実ではありません。
すべて、解釈です。

昨夜読んだメルマガの中で、著者は、こんなことを書いていました。

都合よく解釈していい。
それは逃げではなく、選択だ。

正直に言うと、最初は少し戸惑いました。
都合よく考えることは、甘えだと思い込んでいたからです。
自分に厳しくすることこそが、前に進む条件だと信じていたからです。

ただ、落ち着いて考えてみると、今の私は、まだ走り出してもいません。
スタートラインにも立っていない人間が、なぜここまで自分を追い込んでいるんだろう。

そんな疑問が、静かに浮かびました。

さらに、メルマガには、こんな一文もありました。

あなたが羨むものを、相手は持っている。
相手が羨むものを、あなたは持っている。

当たり前の話です。
でも、普段は、なぜか見えなくなります。

人は、自分に「ないもの」だけを、無意識に大きく見てしまうからです。
その一方で、すでに持っているものは、驚くほど簡単に無視してしまいます。

私は、まだ稼いでいません。
目に見える結果も、ありません。

ただ、その代わりに、時間があります。
失敗しても、やり直せる余白があります。

それなのに、完成形に見える誰かと自分を並べて、勝手に落ち込んでいました。

苦しさの正体は、ここにあったんだと思います。

比較そのものが、悪いわけではありません。
問題なのは、「勝てない場所」で、自分を裁き続けてしまうことです。
それを続けている限り、どれだけ情報を集めても、心は前に進みません。

では、どこで比べればいいのか。
どこでは、比べなくてもいいのか。

まだ、はっきりした答えは出ていません。
ただ1つだけ、確かに言えることがあります。
少なくとも、昨夜までの私は、比べる場所を完全に間違えていました。

その事実に気づけただけでも、今は十分だと思っています。
次は、「比べ方のルール」をどう作るか。
その話を、【第2部】で考えていきます。



【第2部】比べた瞬間に、心がざわついた本当の理由

比べていたのは他人じゃない。
自分の未来だった。

メルマガを読み終えたあと、私はスマホを机に置きました。
すぐに読み返す気にもならず、何かを書き留める気にもなりませんでした。
ただ、胸の奥が、少しだけ落ち着かない感じが残っていました。

焦っているわけでもありません。
不安が強まったわけでもありません。
ただ、何かを見透かされたような、そんな感覚でした。

私は、そのまま、これまでの自分を思い返していました。

SNSを開いたときのこと。
誰かの成果を目にしたときのこと。
自分より前に進んでいるように見える人を見つけた瞬間のこと。

そのたびに、心の中で同じ言葉が浮かんでいました。

自分は遅れている。
まだ何もできていない。
このままで大丈夫なんだろうか。

でも昨夜は、少しだけ違いました。
その感情を、そのまま流さずに、立ち止まって考えてみたんです。

私は、本当にその人と比べていたんだろうか。

考えてみると、答えは違いました。
比べていたのは、その人の今と、自分の今ではありませんでした。
その人の「もう形になっている未来」と、自分の「まだ何も形になっていない未来」を、勝手に並べていただけでした。

ここで、メルマガに書かれていた言葉を思い出しました。

人は他人を見て落ち込んでいるようで、実は、自分の理想と現実の差を見ているだけだ。

この言葉を頭の中でなぞったとき、胸のざわつきの理由が、すっと見えてきました。

私は、誰かに負けた気がしていたわけではありませんでした。
自分が思い描いていた未来に、まだ辿り着いていないことに、勝手にがっかりしていただけでした。

そのがっかりした気持ちを、私はずっと、外に向けていました。

あの人がすごいから。
あの人が先に進んでいるから。
そう考えたほうが、楽だったからです。

でも本当は、違いました。
私は、自分の未来を、まだ信じ切れていなかったんです。
形になっていない可能性を、途中のまま、見切りをつけていました。

このことに気づいた瞬間、感情が少し揺れました。

悔しさもありました。
同時に、ほっとした気持ちもありました。

他人は変えられません。
でも、自分の解釈なら、変えられます。

まだ稼いでいない。
まだ結果も出ていない。
それは事実です。

ただ、それを「ダメな状態」と決める必要はありません。
「準備中」と呼んでもいい。
「途中」と呼んでもいい。

そう思えたとき、心の重さが、ほんの少しだけ軽くなりました。
人生が変わった感覚はありません。劇的な変化も起きていません。

ただ、比べる向きが、少しだけ変わった。
それだけです。

でも今の私には、その小さな変化が、十分でした。
次は、どこで比べるかではなく、
どこでは比べないと決めるか。

その線を、もう少しはっきりさせてみたいと思います。
その話を、【第3部】で続けます。



【第3部】比べないと決めた瞬間に、心の置き場所が変わった

勝てない場所では、比べなくていい。
比べる場所は、自分で選んでいい。

【第2部】を書き終えたあとも、私はしばらく考えていました。
比べて苦しくなる理由は、もう分かりました。
では、この先どうすればいいのか。

頭ではわかってるのに、感情が追いつかない。
そんな状態でした。

正直に言うと、「比べない」という選択に、少し抵抗がありました。
逃げている気がしていたからです。
現実から目を逸らしているような、そんな感覚。

でも、昨夜読んだメルマガを思い返して、考えが少し変わりました。

比べないというのは、何もしないことではありません。
比べる場所を、自分で選ぶということなんです。

私はこれまで、無意識のうちに戦っていました。
しかも、自分が勝てない場所ばかりを選んで。

実績がある人。
すでに結果を出している人。
長い時間をかけて積み上げてきた人。

そんな人たちと、今の自分を並べる。
苦しくなるのは、当たり前でした。

ここで、あの一文が頭に浮かびました。

自分が勝てない場所で、自分を否定する必要はない。

この言葉を思い返した瞬間、胸の奥が少し緩みました。
私は、ただ負けに行っていただけだったんです。
勝負の場所を間違えたまま、結果だけを見て、落ち込んでいた。

そのことに気づいたとき、感情が静かに揺れました。

悔しさ。
恥ずかしさ。
それと同時に、ほっとした気持ち。

私は、まだ何も成し遂げていません。
稼いでもいません。
結果も出ていません。

なら、比べる相手は、過去の自分でいい。
昨日の自分。1週間前の自分。

それだけで、十分なんだと思えました。

ただし、1つだけ大事なことがあります。
比べないからといって、学ばないわけではないということ。
ここは、はき違えたくありません。

勝てない場所では、比べない。
その代わり、徹底的に学ぶ。

あの人は、なぜそこまで行けたのか。
どんな選択をしてきたのか。
どんな時間の使い方をしてきたのか。

この視点に切り替えたとき、感情の質が変わりました。
嫉妬が、観察に変わった。
羨ましさが、教材に変わった。

同じ相手を見ているのに、心がすり減らない。
むしろ、少し前向きになれる。
そんな不思議な感覚。

私はまだ、挑戦の途中です。
スタートラインに立ったばかりかもしれません。
でも、学べる立場にいる。

それは、悪い状態ではありません。
むしろ、身軽な状態。

比べる場所を間違えなければ、心は折れません。
自分のペースを、取り戻せます。

次は、「都合よく生きる」という言葉について考えてみます。
なぜそれが甘えではなく、前に進むための選択なのか。
その話を、【第4部】で続けます。



【第4部】都合よく生きると決めたら、体が少しだけ動いた

自分の心の中くらい、都合よく解釈していい。
それで誰かが困るわけじゃない。

ここまで書いてきて、正直に言うと、私の中で一番ひっかかっていた言葉があります。

それが、「都合よく生きる」という表現でした。

最初にこの言葉を見たとき、少しだけ身構えました。

都合よく生きるなんて、甘えじゃないか。
現実から目を背けているだけじゃないか。
そんなふうに感じていたんです。

でも、メルマガを読み返しながら、自分の気持ちをゆっくり追いかけてみました。

すると、少しずつ、言葉の意味が変わっていきました。

都合よく生きるというのは、事実をねじ曲げることではありません。
できていないことを、できていると言い張ることでもありません。
ただ、自分の心を、必要以上に追い詰めない選び方なんだと思えたんです。

私は、まだ稼いでいません。結果も出ていません。
この事実は、変わりません。

ただ、それを理由に、自分を責め続ける必要はない。

自分には向いていない。
才能がない。
どうせ無理だ。

そんな言葉を、毎日、自分に投げ続けなくていい。
そう思えた瞬間、胸の奥が少しだけ緩みました。

ここで、またあの一文が頭に浮かびました。

都合悪く解釈することで、自分で自分の首を絞めなくていい。

この言葉を、私は何度か心の中で繰り返しました。

比べる場所を選ぶ。
勝てない場所では、比べない。
比べない代わりに、学ぶ。

その延長線に、「都合よく生きる」があるんだと思います。

完璧じゃなくていい。
進むスピードが遅くてもいい。
途中で立ち止まってもいい。

そうやって自分に許可を出したとき、不思議な変化がありました。

急にやる気が湧いたわけではありません。
人生が大きく変わった感覚もありません。

ただ、体が少しだけ動いたんです。
ほんの一歩。それだけ。

SNSを開いたときも、見え方が変わりました。
誰かの成果を見て、落ち込む前に、こう考えられるようになりました。

この人は、この段階まで来た。
私は、今、ここにいる。

それだけの違い。優劣ではありません。

この記事をここまで読んでくれたあなたも、たぶん同じ場所に立っています。

まだ途中。
まだ未完成。

だからこそ、できることがあります。
今日、1つだけでいいので、自分に都合よく解釈してみてください。
昨日より少し前に進んだ点を、1つ探してみてください。

大きな一歩じゃなくて大丈夫です。
小さな行動で十分です。

自分の心の中だけは、味方でいていい。
そう思えたら、明日も、ほんの少しだけ動けるはずです。

私は、そう信じて、今日もここに文章を書いています。




最後までお読みいただき、
ありがとうございました。

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