エッセイ・宿題の山【風まかせ文芸部】
風まかせ文芸部さんのお題に参加しました。
1,200文字くらいです。
学生さんは明日は夏期授業日で登校かな?
そんなわけで、久しぶりのエッセイです!
よろしくお願いします🙇
私が小学3年生の時の話である。
私の通っていた学校は私の学年は5人、姉の学年は9人しかいない小さな学校だった。
そして、3・4年生が同じクラスになる複式学級で、年子の姉と私は同じ教室で学んでいた。
その年の夏休みに出た宿題の山の1つに「自由ノート100ページ」というものがあった。
先生から100ページあるノートを手渡されて、何の教科のでもいいから勉強したことをこのノートに書いてきてください、というものだった。
クラスにいた子全員が、え~!!と驚きつつも、皆、1冊ずつノートを持ち帰った。
夏休み当初は「1日3~4ページ、漢字の書き取りか、算数計算でもしとけば大丈夫だろう」と思っていたのだが、私は全くの計画性のあるコツコツ型ではない。
尻に火がついて、熱いよ~と泣きながらでないとやらないタイプなので、当然、自由ノート100ページは最後の最後まで残った。
始業式の前日、朝から自由ノートに取り掛かる。
漢字の書き取りは、ゲシュタルト崩壊して1ページでやめた。
いろんな名作の、冒頭部分を書くというのもしたが、これも面白くなくなって1ページでやめた。
植物の絵とその植物についての説明を書こうとしたが、絵を描くのに夢中になり、異常に時間がかかったのでやめた。
あの手この手で、なんとかページを埋めるために、最終的には割り切れない割り算を解くことで、なんとか100ページすべてを埋め尽くすことができたのだった。
休憩しつつだったが、日付は変わっていたと思う。
姉も自由ノート100ページに苦戦していたが、なんとか埋め尽くし、終わった時には2人で固い握手を交わして眠りについた。
始業式の日。
先生から宿題の提出を求められたところ、なんと、自由ノート100ページをやり遂げてきたのは、姉と私だけだった。
他の子は誰もできずに先生に「できませんでした」と言うのだ。
出来なかった子たちはずらりと並ばされて、今のご時世だと体罰といわれるであろう、げんこつをくらっていた。
しかし、やってきたのは姉と私のみなので、先生も最後の方の子のげんこつは小突く程度だった。
正直、今でもあの時に宿題をやり遂げたことを、どうにも素直に喜べないでいる。
姉と私は、あれだけ苦労してやったのだ。
日付が変わるまでかかって、どうにか100ページを埋めたのだ。
それなのに、やってきたのは私たちだけだった。
「なんでみんなやってこなかったんだろう」という気持ちは、今でも残っている。
100ページやり遂げたことを褒めてほしいわけではないのだ。
あの苦労を、私たちだけがしたことに、いまだに納得していないのである。
それまでの私には、「宿題はやるもの」だった。
ところがあの日、初めて知った。
「宿題って、やらんという選択肢もあるんや……」
そして今でも、姉とこの話になることがある。
「うちらしか、やらんかったよな」
「そうそう。なんなん、あの宿題!」
「100ページって、意味あったん!?」
何十年経っても、私たち姉妹は、あの宿題に納得していない。
100ページもやったのに!!
おしまい。
